第15話 最強の敵の襲来予報
「ドラゴン……」
スマホの画面には確かに、緑色の翼竜の画像と共にその単語が記されている。
「アサトにすぐ電話しなきゃ……」
コール数回でアサトが電話に出た。眠そうな声が聞こえる。
「寝てたわ。どーした?」
「緊急です。今から大丈夫ですか」
「ああ、いつものファミレスにいく」
アサトはそう手短に答え電話を切った。
準備をしてファミレスに行き、店員の案内でいつもの対面のソファ席に案内される。アサトは既に山盛りポテトを注文し食べていた。
「おう」
「すいません。朝戦ったばかりなのに」
「大丈夫だ、で、次の敵は何だ?強敵なんだろ?」
「ええ…それが」
私はスマホの画面を見せる。
「ドラゴン?」
アサトはいつものポテトを思わず取り落とした。
「ちょっと待った、それはさすがに」
「ええ。やば過ぎます」
先程まで落ち着いた表情だったアサトの顔が青ざめている。もちろん私もだ。
言うまでもなくドラゴンは、物語にも多く出てきていて、この稼業をしていないものにもよく知られている。そして物語において彼らが弱く描かれることはない。知能や魔力、強さ、どれをとっても絶対的な強者として君臨しているのだ。
だが、アサトだってこの数カ月で歴戦とは言わなくても経験を積んでいる。強敵が出てきてもその度アイデアで越境者を圧倒してきた。何か秘策を思いつくかもしれない。アサトに聞く。
「どうです?勝てそうでしょうか」
「想像していたドラゴンそのまんまだな……。今までで一番強いレベルだったのは……、夢魔だよな」
「ええ。そうですね。そしてそれを遥かに超える位置にいるのがドラゴンです」
だよな、とつぶやいてからアサトは続ける。
「夢魔の時は直感でいける気がしたが、今回に至っては全くそういう希望すら湧いてこないな。とにかくミニサイズであることに賭けるしかねえ。人間大くらいのサイズならいける気がする」
青ざめた顔でジョークを飛ばす。
「その可能性は限りなく低いでしょうね」
「……だよな」
「たとえ大きさが小さくても……強さにそんなに変わりはない気がします」
「漫画だと人間に変身するドラゴンとかもいるもんな……くそっ」
しばらく黙ったあと、アサトが言う。
「助けを求めるっていうのはどうだ?」
「助け……」
「この近隣には唯一級の実力者たちが住んでいるんだろ?もし距離が離れているとしても県内ならそう遠くないはずだ。だったら、そいつらと協力するか、そいつらに代わりに戦ってもらうか」
たしかにもうこうなると私たちの問題だけではない。千葉県が壊滅、とはいかないまでも街のいくつかが焦土になってもおかしくはない。
「わかりました。先生に連絡先を聞いてみます」
スマホのメッセージアプリを呼び出し通話をかける。が。
「つ、繋がりません」
「そうか。お得意の嫌がらせか?」
焦ったように顔を歪めてアサトが言う。
「わかりません、が、やけにいろんなことを見透かしているような方なので、公私は混同しないような気がします、この緊急事態に意地悪で電話に出ないことはないような……」
「わかった、明日道具屋に行ってみるか。今日は何らかの準備等で不在なのかも」
「ええ」
返答した瞬間に通知が鳴る。先生からだ。私は通話ボタンを押し、スピーカーにしてファミレスの机の上に置いた。ポテトの皿は脇にどかす。
「どーした?旅行者よ。次の敵は強敵なのかな」
先生の快活な声が響いた。
「ああ。助けが欲しい。千葉県に散らばった強力な旅行者たちの連絡先を教えてくれ」
「それはできない」
「なぜ」
「個人情報だからだ」
「今そういうボケはいらない。緊急事態なんだ」
スマホから笑い声が聞こえる。
「はは、焦ってるねえ。だが、私が人を繋いであげるのは無理だ。強い力を持った者同士は自然と引き寄せられる。人為的に私が影響を与えるものではない。君が今彼らと出会っていないならば、それは君が彼らと出会う器でないからだ。そして別の視点から言うと、彼らは私が頼んだからって動いてくれるような連中でもない」
「ああ、そうかい。要するにお前に旅行者に対する影響力はなく、肝心な時に役に立たないってことな」
「ははは、そういわないでくれよ。まあ今回の越境者は割と広く通知されている。数人は集まるかもな。君レベルくらいの旅行者なら」
苛立つアサト。貧乏ゆすりをしている。私はテーブルの上に置いたスマホに呼びかける。
「先生。どうか、助けてください」
「いくら私でもそれはできない」
アサトがちょっと考えるそぶりをした後で言った。
「お前が俺を助けないのは何故だ?」
「いいところに気付いたな。それは旅行者君。お前の格が下がるからだ。今回はボス戦だ。ボス戦は自分の格を上げるためか、それを維持するために行われる。証明したまえ。君の資質を。ちなみにだ。勇者級、唯一級の動きは凡百の者とは違う。そういう意味で、私なぞに助けを求めようとしている君の行動は才能級にも劣るかもな」
「だとっ!!」
「君が一番得意なことをしたまえ。それが道を開くだろう」
その言葉と共に通話が切れて、スマホがホーム画面に戻った。
「自分が一番得意なこと……か」
アサトが呟く。
いつものファミレスで毒にも薬にもならないような音楽が流れている。
冷静な顔になったアサトが私に問いかける。
「なあ、ヒカリ」
「はい」
「ドラゴンにも倒す方法はあるはずだ。それを探そう」
「……ええ」
顔は冷静だが、やはり少し震えている。だが私も同じだけの恐怖を抱えていて、それを肩代わりしてあげるだけの余裕はないのだ。
アサトがスーパーで購入した自由帳。アイデアなどを書き留めるのに使用している。何やらいろいろと書いている途中でアサトが呟く。
「そういえばたしか……あのゲームにも。待てよ。次はウィキで……」
中空を見上げて何か喋ったと思ったら、自らのスマホを取り出して調べだす。
「これならいけるかもな」
「え、アサト?何か思いついたんですか」
「まあな。ヒカリ。人間というのは、強大な力に対抗するため、色々なものを作ってきた。それはドラゴンに対しても同様。考えて抗すること。これが人間の真骨頂だ。ドラゴンキラー。竜殺し。あらゆる文献には竜を殺すための何らかの手段があることを示している」
「あらゆるってあなた、それさっきの独り言から推測するにウィキとかゲームの話で……」
「技なのか武器なのかはわからない。だが、まずはそれを探すのはどうだろうか」
「……ええ。それしかないって感じでしょうか」
「あとは。今まで旅行者でドラゴンと戦った例ってあるのか?」
「あると思います。調べますか?」
「ああ。テスト勉強は過去問から解くのが基本だからな」
アサトの得意なこと。それはテスト勉強。たとえ一夜漬けでも突貫でも構わない。それで越境者を倒せるなら。信じるしかない。アサトの、勇者のスキルを。
「明日、文献検索してみますね」
「ああ、ありがとう。今はできることをしよう。んじゃ、とりあえず今日はこれで終わりにするか」
「ええ」
いつの間にか21時を回っていて、お客さんもまばらだ。私たちは、ペイで支払いを終えて、ファミレスの階段を下りた。夕方に振った雨は止んでいたが、生温い空気が気持ち悪い。無言で歩いて、私のマンションの前で、アサトと向かい合った。
「アサト、私たち、勝てますよね……?」
「ああ。任せろ」
アサトは笑顔で言ったが、その笑顔は少し歪に見えたのだった。
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