第14話 VS夢魔


 早朝。私たちは装備を整えて越境者を待つ。アサトは先日買った魔剣を構えている。

 そして、いつもの黒い靄。それが像を結ぶ。紫色のオーラをたたえた浮遊する骸骨。手には鎌を持っている。夢魔だ。そして。夢魔の出現と同時に意識が途切れた。



 気が付くと、今までいた街中から、古びた木できたような不気味で大きな部屋の中に私たちは移動している。体育館ほどの大きさだろうか。

 夢魔の世界に引きずり込まれたようだ。床は足を置くたびに嫌な音を発するし、壁には大小さまざまな工具が飾ってあり、拷問部屋を思わせる不快な空間だ。こんな場所に居る悪夢を見たら、普通だったら早く目覚めてと願いつつ座り込んでしまうだろう。だが、アサトはフィールドの変化に驚きつつも、冷静に言う。

「移動してるな」

「ええ」

「鎌持ってたけどアレが死神なのか?」

「いえ、夢魔と死神は別ですね。死神が敵になったら終わりだと考えてください。夢魔はもっとずっと低級です。それでも、今まで戦った越境者の比ではありませんが」

「ふーん。で、これって俺らの肉体、街中にあるんだよな」

「ええ、そのはずです。出現と共に眠らされたのかと」

「朝方とは言え交通事故とか大丈夫なんだろうか」

「嫌な想像しますね。こういう場合はさすがに肉体の保護は先生が何とかしてくれていると信じたいですが」

「信じたいって」

「まあ信用できるかというと疑問符がつくので」

「ああ。たしかに。まあ、俺も今回は全力で漬けてきたわ。さっさと勝負を終わらせよう」

「漬けてきたって……」

 一夜漬けのことを漬ける、というのか。私はまたダメ言語を学んでしまった。

「どうせ寝かせられるなら寝る必要ねーからな」

「すごい理論」

 いや、本当にすごい理論である。

「お、出るぞ」

 紫色の煙が部屋の一点に立ち上ったかと思うと、先ほど現実世界にで確認したのと比べ数倍大きい夢魔が出現した。現実世界では人間大だったのに……。今は象などの巨大な生物さえも超えるほどの大きさだ。

「お、大きい…こんなのと私たちは戦うの?」

「なるほど。やっぱりな」

 アサトが何かに納得した後に言う。

「いくぜ」

 いつもの調子だが、今までの敵とは明らかにレベルが違う。

「ちょちょっとアサト……」

「ヒカリ、防御しとけ。我……天……光……炎を戴き……」

 また謎の呪文を唱え始めた。そして。

「略式太陽炎(フレア)」

 金色に染まった朱が辺りを埋め尽くした。渦のように周囲を巻き込んでそれが爆ぜ、衝撃としか感じられないような音を放つ。明らかにこの空間のキャパシティを超えるようなエネルギーの膨張と破裂が起こった。私は押し寄せた熱せられた空気を吸い込んでしまい、思わず咳込んでいると、足元の夢魔の空間が砂のように消えていく。


 気づくと朝方の街に私たちは戻っていた。黒い靄が解けていくのが見える。夢魔だろう。体を起こして周囲を見回すと、すぐ隣にはアサトがいて、すでに目覚めて靄が解けた方向を見つめていた。


「戻ってきたか。楽勝だったな」

「何ですか。今の魔法。え、一瞬……で。太陽炎なんて魔法……。たしかに私の渡した教本に記載はあったけど……アレを使える人がいるって話は聞いたことが……。次の改訂で消える予定らしいし。何にせよあなたは大魔導士レベルの魔法を一晩で覚えたってこと?」

 驚きが大きすぎたのか、精神世界から戻ってきたからか、めまいがする。

「いや、現実世界では使えないと思うけど」

 アサトはこともなげに言う。

「なんか今回の敵ってフィールド変わった瞬間デカくなったりでメンタルバトルみたいな側面あったじゃん。だから俺もめちゃくちゃ勝つ気で戦ったんだよな」

「いや、それで最上級の魔法なんて」

「あーあれは、強そうな魔法を一晩本気で勉強しただけ」

「な」

「結局一夜漬けした後って、テストの時よりそのあと昼寝ででてくる夢の方が頭いいんだよな。知識の奔流というか、漬けた知識の夢を見るから。限界まで詰め込めばいけるかなって。ただ、理解がほぼほぼ出来なくて上辺だけなぞったような感じだったから威力としては弱めだったっぽいな」


「というかあんなことができるならわざわざ魔剣を買った意味」

「俺の推測通りの展開になるかわからなかったからな。賭けに負けたら普通に戦って勝つしかない。だから保険さ」



 遠くで電車が動き出す音がする。始発だろうか。

「さ。帰ろうぜ、実質2、3分しか寝てねーんだろうな俺」

「え、ええ。魔力も大量に使っているし、疲れているはずですね、帰ったらゆっくり寝てください」

「ああ。そーだな、ふああ」

 欠伸をずっと続けるアサトと別れ、私は家に帰宅する。

 私も少し眠ることにした。夏が近づくにつれて朝の光もまぶしくなる。部屋のカーテンを隙間なく閉じ、光を遮断した。アイマスクをつけて目を閉じる。



 目を覚ますとアイマスクはもう取れている。夕方になっているのか薄暗い。何となく部屋全体が湿気ているような気がして、おそらく雨が降っているのだろう。しとしとと音も聞こえる気がする。スマホに通知が来ている。

「もう次の越境者が来るんだ……、でも今のアサトなら大体何と戦っても……」

 画面には次の越境者のデータが表示されていた。

「え、これって……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る