第13話 赤毛の悪魔との会話


「で、先生」

「夢魔との戦いに持っていける剣だろ」

「ああ」

 アサトが頷く。

「そこの端にあるやつを使え。3万でいい。君の魔力の増加に際して様々な力を与えてくれるだろう」


 興味なさそうに壁にディスプレイされている水色の刀身の剣を指さした。刀身にはいくつかの複雑な模様が彫ってある。あれが魔法陣なのだろうか。私には何の効果が付与されたものかはわからなかった。

「3万……は、たけーよ」

 アサトは越境者との戦いのためバイトを減らしている。

「これでも仕入れ値だ」

 すんとした表情の先生。

「カード払い。できるか?」

 アサトが聞くが

「無理」

 と一蹴。仕方ない。アサトがバイトを減らした責任の一端は私にもある。先週は3日連続でショータローさん含めた留年組と飲み会していたみたいだけど……。本当に不本意だけど。

「私が払います」

 私は渋々言った。

 赤毛の女の顔が真っ赤になる。口の端が上に上がる。息が荒くなっている。

「少年。5000円でいいぞ」

「急になんだよそれ」

 アサトが怖がっている。それはそうだろう。

「ヒモを養うヒカリ という設定の顔が見れた。なるほどそういう表情をするんだな。私は満足だ。だから割引してやる」

「こいつっ頭おかしい」

「ええ、そうなんですよ。先生はとにかくやばいんです……」

 私は全力で同意した。先生はもちろん聞いていない。

「ヒカリに異性の友人ができたことで、これからは表情が非常にバリエーションに富むだろう。楽しみだなあああああ」

 うっとりとしている。私はもちろんげんなりとするのだった。

「はい。じゃあ5,000円」

 話を変えるために気を使ったのかアサトは財布からお金を出してレジカウンターに置く。

「毎度あり」

 お金を受け取った先生は壁にディスプレイされていた剣を鞘に納め、アサトに渡した。

「君にその剣のすべてを引き出すことはまだできないだろう。だが、少なくとも夢魔の世界にそれを持っていくことはできる」

「ああ。ありがとう」

「その辺にギターケースが落ちてる。カモフラージュのため、それに剣を入れていくといい」



 部屋の隅にいくつかのソフトカバーのギターケースがあった。アサトはその中に梱包材と共に剣を入れてしまい、それを背負った。軽音楽部の大学生に見える。

 再度アサトは先生に礼を言って、帰ろうとするが、ふと立ち止まっていう。

「先生。質問いいか」

「はい。どうぞ」

 先生は興味なさそうに言う。

「なんでヒカリにそんな絡むんだ」

「それは趣味。彼女が美人で秀才だからで、あまり大きな意味がない。君はヒカリが何かのキーになっていて、それを私が監視しに来ていると思っているのだろうが、それはただの陰謀論さ。君は特別な何かに巻き込まれたとでも思ったのかい?勇者級といえどやれることは限られている。君は少し特別な能力を持った人間として凡庸に生きる。目の届く範囲の敵を倒しながらね」

「なるほど。ならいい。ちなみに、これだけの武器があるのに何で自分で越境者を倒さない?」

 アサトは部屋にディスプレイされたいくつかの武器を見回しながら言う。ここにある武器はどれも何かの力が付与されているらしく、ただならぬ雰囲気をたたえているのだ。

「自分で というなら君だろう。私たちには本来関係ない」

「なに?」

「バランスはその世界の者。もしくは勇者級以上の旅行者が整えるべきだ。私たちの世界の住人はあくまで補助として生まれ、その役目を全うしている。だから私や、そこの秀才のお譲さんではだめだ」

「そうか。そうだな。ちなみに俺が負けるとどうなるんだ?」

「君が死ぬ。その後のことまで知りたいか?」

「ああ」

「この世界にも旅行者と通訳者は何組かいる。彼らがやってくるのが先か、越境者がさらなる数でやってくるのが先か、という勝負になるかな。越境者達が大量にこの世界に来たらカオス状態のバトルロイヤルになるだろう。大きな犠牲が出る。その後は、完全にバランスが崩れて世界の境界線が消えてこの世界はなくなる。ちなみに日本のこの地域は強力な能力者が数人いるが、彼らは個性が強すぎて私たちには動かせない。もう通訳者もついていない。彼らの方も事態を静観するだろう。何があっても生き残れる連中だから。私はしばらくここにいる。わからないことがあれば都度聞いてくれ、その時にはヒカリを連れてきてくれると助かる。顔をみたいからな」



 私たちは道具屋を後にした。お互い特に話はせずに駅のホームへ。だいぶ長居してしまったようだ。日が傾いてきている。

 電車を待って反対車線を見ながらアサトが言った。

「俺、正直お前に巻き込まれたと思ってた。でも、違うんだな。この世界を助けにきてくれてありがとう。ヒカリ。お前のサポートと魔法がなければ、俺は今まで戦ってこれなかった」

「この世界全体で言えば、私はたしかに助けにきたのかもしれませんが。アサト個人に限って言えば私が巻き込んだのは確かですよ。だから、言いっこなしです」

「ありがとな」

 アサトの穏やかな笑顔に思わず私も笑みがこぼれた。

「じゃあ、このまま作戦会議しますか」

「ああ。そうだな!!」

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