第12話 これはアダルトショップですか?いいえ、道具屋です。

「次の敵は。夢魔です」

「おう」

 いつものファミレスでいつもの山盛りポテトにケチャップをつけながらアサトが答える。

 もう返答に全く危なげがないな、と私は思う。

 焦りの色も、恐怖も混ざらない、いつもの調子である。


 ハーピーとの戦いから2ヵ月弱が過ぎた。

 あれから何度か越境者が来たが、私たちはそれを全て撃退していた。一週間前には越境者の出現予報が来るため、予定を合わせてファミレスで作戦会議をし、前日にアサトが作戦内容に合った一夜漬け修行をするという流れで進んでいる。

 私は前日の修行に付き合ったり、付き合わず、出現予定地に魔法陣を作成したりといった感じだ。

「慣れてみるとこれが日常になり始めるのすごいよな」

「アサトの順応性が高いのには感謝しかありません」

 実際、ハーピーとの戦いのように危ない場面というのは何度もあるのだが、その都度アサトはちゃんと切り抜けていた。これが勇者級の素質ってやつなのだろうか。


「で、夢魔とはどうやって戦うんだ」

 アサトが話を戻す。

「うーん。出会うと眠らされて精神世界に引きずり込まれてそこで戦うようですが……魔力とか魔法がものをいうんですかね」

「精神世界に剣って持っていけるのか?」

「多分厳しいですよね。私も入ったことがないのでわかりませんが」

 うーん。と考えた後、私は思いついた。そういえば。

「買いにいきますか?マジックアイテム。魔法の力を付与された武器を売る店があるようです、多分思念体とかになっても持てるアイテムとかもあるはず」

「え!?売ってんのか?そんなの」

「ええ。電車で15分くらいのところの街に道具屋があると数日前に連絡が」

「いや、最初から教えてくれよ」

 アサトは呆れた調子だ。だが。

「最初からマジックアイテムは渡せませんよ。特別な力を有していますからね。そのまま逃げて犯罪者などになったら手が付けられませんし。旅行者としての実績を積んで信用値が上がると、徐々に近隣施設のことを教えてくれるようになるようです。過去にそういう犯罪者がいたとか。この世界の話ではないですが」

 最強の武器を最初から持たせてくれたら楽なのによ、と愚痴った後でアサトは納得したように言う。

「なるほどな。RPGのマップ解放形式な」

「で、行きます?」

「行く。それで戦いが楽になるならな」

「わかりました。じゃあ、今日は早めに切り上げますか」

「ああ。その精神世界に持ち込めるアイテムとやらを見てから作戦決めるか。明日土曜だしな」





 ――そして次の日。私たちは

 昼過ぎに最寄り駅で待ち合わせた。私は真っ白いワンピースを着た。アサトは黒いTシャツを着ている。5月にしては暑い日だ。一緒にコンビニに行って水を買う。そして電車に乗って着いた先は千葉県某駅。街の中には駅が二つあり、そのうち一つはJRが通っている。大きなペデストリアンデッキがあり、駅の近くにはデパートがいくつかある。サラリーマンや学生が行き交う街だ。

「サイバーシティ……か」

「え?」

「いや。こっちの話」

「いいから行きますよ」

 線路沿いを歩いて美味しそうなタコス屋さんを通り過ぎる。私たちは雑居ビルの前に立ち止まった。

「……ここ、らしいですね」

「ああ……」

 地下への階段には格安ビデオショップと記載されている。中が想像できるだけに入るのが嫌すぎる。

 はあ……。私たちはため息をついて階段を下りる。

 地下は思った通りピンク色の世界。壁に【マジックアイテムこの先】という文字とともに矢印が記載された張り紙がある。その先には真っ黒な暖簾が。最低の趣味過ぎる……。気まずさに耐え兼ねたようにアサトが言う。

「やっぱ……引き返すか?」

「……いや。行きましょう」

 いくら嫌でも、次の戦いに勝つためなのだ。行くしかない。

 暖簾をくぐる。



「やあ!!お疲れ様」

 暖簾の先にはレジカウンターと、赤い巻き毛の女性が手を挙げて待っていた。その女性とは。

「せ、先生……」

「先生?」

 アサトの反応も無理はない。だって。

「アサト君、いつもヒカリをありがとう。私は彼女の学校時代の担当教員さ」

 と、いうことなのだ。

「なんでここに!!」

「担当になったんだよ、この街のね。ヒカリの事が心配で心配で」

「ひっ」

「どーした?ヒカリいい先生じゃないか。心配でここまで来たんだってよ」


 初対面のアサトから見るとただの元気のいい美人教師だ。だが、私は学生時代の数多くの嫌な思い出が蘇ってくる。私だけ超難問のテストにすり替えられたり、廊下に油を敷いて私を派手にずっこけさせたり、小学生並みのいたずらをされたことを。 

 おそらくこの地下店舗も彼女が担当になってから大急ぎでピンクショップにしたのだろう。私を困らせるためだけに、だ。

「い、いや、アサト。この先生は」

 その後は先生が引き継いだ。

「そう。アサトくん。私は、学年一位の秀才美人のヒカリが困っているところを見るのが大好きなんだ」

 アサトの顔がさすがにヒクついた。

「さあ。自己紹介は終わりだよ」

 バンッとレジカウンターを叩いて赤毛の悪魔が言う。

「マジックアイテムの話をしようじゃないか、諸君」

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