第7話 理解の後で
「じゃ、お疲れ、また学校であったらよろしくな!!ヒカリちゃん」
「はい、今日はありがとうございました」
「いいっていいって~!!また飲もうぜ!!」
彼の中で飲み会をしたことになっているが、私は19歳なのでもちろんまだ飲酒はしていない。ラーメンを食べて、あとは話をしていただけだ。ショータローさん自身もあまり飲みなれていないのかもしれない。酔っぱらった顔が真っ赤になっている。
熱気があった中華五千番から出ると、涼しい風が吹いて気持ちがいい。あの後はずっと中身のないくだらない話で、時間の経過とともに内容がどんどん薄まってきたのだけれど。ただ心に重くのしかかった悩みは少しだけ軽くなったような気がした。軽い男だ、と思っていたが根はいい人なのだろう。私は彼と手を振って別れる。
「テストなんかで一喜一憂する。それってさ、すごい幸せなことなんじゃねーの?平和っていいよな。よって日本は平和で本当にいいよな。証明終了!!QED!!」
一人になって、ショータローさんが上機嫌で言った言葉を思い出す。酔っている人特有の話が大きくなるパターンそのままだが、世界のバランスを保つために戦っている私ははっとしたのだ。戦いは私の世界では常識だったが、平和な国ではそれをすること自体がありえないことだと。
私は周りを見渡す。まだ割と早い時間で、老若男女が商店街を行き交う。帯剣しているものも、杖(ロッド)を持っているものも、防具を着けているものすらいない世界。たしかに平和だ。戦闘訓練も受けていないこの世界の一般の住人を戦わせる?とても無理だろうと思う。
「それなのに私は私の事情だけ押し付けてアサトを戦わせている……」
彼の大学生活や考えを無視して、だ。
私は、アサトが話を受けてくれて実際に戦ってくれただけで感謝しなければならなかったのだ。この前の2回目のゴブリンとの戦いだって、死ぬかもしれない状況だったのに、それについては何の文句も言われなかった。それは、彼がそれを「引き受けた」からだろう。責任感が強いとはそういうことなのだ。やっと理解できた。でも。それでもまだ彼の態度に完全に納得はしていない。
「でも。だって世界が懸かっているんだよ」
次の日の大学はさすがにアサトを迎えには行かなかった。
一人で1限に間に合うように登校し、講義室の前のほうの席に一人で座る。午前の授業が始まる。アサトは11時くらいにそそくさと教室に入ってきた。
いつも通り彼は仲間たちに囲まれて、弄られたり友達のボケに突っ込んだり。彼のことを目で追う。食堂で昼食を食べ、午後の授業が始まり、それも終わり、1日が過ぎていく。
何か話しかけるべきなのだろうが、時間だけが過ぎていった。
放課後。後ろのほうの席での彼と友人の会話が聞こえる。
「アサトっ、今日飲み行こうぜ!!」
「すまんっ俺パス。今日ちょっとやることあってよ」
「付き合いわりーなー」
「ははっ、すまん。また来週行こうぜ」
「おっけ、じゃあ一旦延期にしとくわ」
またバイトだろうか。
気になったが、私は編入後の事務手続きがあったため、聞き耳をこれ以上立てず、教室を後にして教務課へ向かった。
「書類提出も大変だなあ」
書類を諸々提出し、編入にあたっての単位の扱いなどの説明を受けてるうち、一時間弱が経過したようだった。もう17時近い。
「帰ろうかな……あれ」
アサトの後ろ姿が見えた。その後ろ姿が教務課の向かいにある自習室に入っていく。
「ええええええ!?」
自習室と彼の組み合わせがありえな過ぎて、私は小声で驚愕してしまう。
な、なにをやっているのか気になる。静かに私は後をつけて自習室に入る。
自習室はボックス席が連なって並んでおり、後ろを通り過ぎてさりげなくのぞき込めば、席の主が何をやっているかはわかる。不自然とは思いつつも気づかれないよう彼の席の後ろを通り抜けて、机の上に視線を向ける。
「あ」
思わず声が出そうになってしまった。彼が開いていたのは私が渡した魔法の教本だった。正確に言うと勉強しているわけではなかったが、おそらく、流し読みしながら使えそうなページに付箋を貼っているのだろう。越境者が現れる前日に効率的に一夜漬けができるように。一心不乱に、情報の取捨選択をしている彼を私は後ろから見ていたが、私がいることに一向に気づかない。ものすごい集中力だ。
私は自習室を離れることにした。
「そっか。彼も、一晩とはいえ本気で努力しているのか」
やっとそれが府落ちした。ぼんやりしながら帰路につく。家についたら、昨日買った食材で炊き込みご飯とハンバーグを作った。明日のお弁当だ。おいしそうだ。
あえて今日は食べず、明日の昼の楽しみにすることにした。少し気が進まないことがあるときは、私はその用事を済ませた後に食べるためのお弁当をつくるのだ。
「よし明日はアサトに謝ろう。謝ってもう一回相棒として戦ってくれるかを頼んでみよう」
決意を口に出したところで、ちょうど私のスマートフォンが鳴ったのだった。
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