第6話 〇〇志野の老舗中華料理屋にて
「お、どーしたんだよヒカリちゃん」
「あ、ショータローさん」
私は、夕飯の買い物をしてヘイ!ユ―というスーパーから出たところで声をかけられたのだった。まさしくスーパーの名の通りである。
「偶然だねえ、俺バイト帰りなんだけど。飯付き合ってくれない?」
「え……。ま、まあいいですけど」
スーパーから出てきたことからもわかるように、今日は自炊の予定だったが、アサトと喧嘩をして、絶賛落ち込み中の私は断るのすら面倒で、ショータローさんに押されて、彼のお勧めという中華料理屋に入ってしまう。中華五千番というお店。中華といえば五十番と昔日本の授業で習ったような気がしたが……。
「じゃ、おれ炒飯と餃子!!ビールもいいかな」
「え、ショータローさんって二十歳超えてるんですか?」
「おお。よくぞ聞いてくれました。そうよ、一回浪人して大学はいってその後留年してるからな!!」
「一留して一浪…とてつもないクズですね…」
「一流の一浪ってな」
「漢字を変えるな」
「はいはい、選んで選んで、ここは俺が奢るからさ」
メニューを見たショータローさんが即決したのに対し、私は数分迷ってショータローさんお勧めの味噌ラーメンを注文する。
数分後、運ばれてきた炒飯を口に運びながらショータローさんが言った。
「ヒカリちゃんは随分暗い顔してんだなっ。もうアサトとの関係に悩んでんのか?」
「ええ。まあ。ちなみに付き合ってはいませんからね」
「知ってるよ、俺にもまだチャンスがあることはさ」
決め顔で言ってきたので食い気味に否定する。
「いや、ない。絶対」
「あははは、元気出てきたじゃん」
全力で否定されても笑って流せる彼のメンタルが少し羨ましくもある。私は味噌ラーメンをすする。
「あ、甘めの味噌で美味しい」
「ここの味噌、旨いよな。濃厚な甘めの味噌で人気メニューなんだ」
しばらく夢中で麺をすする。温かい食べ物がお腹に入ってくると少し心が和らぐ。そのタイミングを見計らったかのようにショータローさんが言う。
「アサトに大事な仕事を頼んでるんだろ。わかるよ」
「なんで、それを」
「あいつはそういうの頼みたくなる奴だからな。やってくれるんじゃないかっていう期待をしたくなる」
「え、まあ…はい、確かに。でもアサトは全然不真面目で、私の話も聞いてくれなくて、この前は、仕事は何とかなったけど、一歩間違えたら大変なことになりそうで。本当に大事な仕事なのに」
いつの間にか今までため込んでいた不安が口をついて出てきてしまう。涙目になってしまい視界がぼやける。
「大丈夫だよ、あいつは責任感の塊だからさ」
「でも」
「あいつが怠惰なのは知ってる。俺も同類だからね。何なら俺の方がひどいまであるよ。でも、あいつは怠惰な自分と戦って生きてる。だからさ、絶望的な状況でもあきらめないんだ。責任から逃げない。それがあいつが勇者と呼ばれる所以じゃないかな」
勇者?ショータローさんの口から驚きの単語が出てきた。
「え、勇者?アサトは勇者と呼ばれているんですか?」
「ああ。俺らの中ではそう呼ばれてる。あいつはドゥームズデイを生き残ってるからな」
「え?審判の日?もしかしてアサトはもう何度か世界を救って?」
日本、千葉県では大きな資質を持ったものが多い。私が仲間を探しに来たのもそれが理由だ。過去に破滅的な事件が起きているとしたら、この地域に強者が集中しているのも十分納得がいく。災厄は勇者を呼び寄せる引力があるものだ。
一瞬考え込んで視線をショータローさんに戻すと、彼はキョトンとした顔をしている。
「世界?いやだから1年生後期課程のテストが全教科激ムズでよ」
「テストの話かい!!」
シ、シリアスになって完全に損した……。私が思っているより、日本という国は平和だったのだ。
「そっか、ヒカリちゃん転入生だから知らないんだもんな、ラッキーだったよそれは。俺と一緒にもう一度一年生やることになってたかも」
「そんな世界線は絶対ありませんが」
「まあまあ聞いてくれよ。もともと一年の後期は地獄の季節って呼ばれててな、バス一台分くらいの人数が留年するんだが」
テストが地獄なんて、越境者との戦いに命を懸けているこちらとしては温い話である。だが、話を促すために私は何も言わなかった。
「やばい4人教授がいてよ。再試の日にその4教科が被っててな。だから魔王と4連戦みたいな感じなんだが」
誇張しすぎである。別の次元世界には魔王は本当にいるのだ。だが、話を促すために私は何も言わなかった。
「あいつは生き残ったんだ。2単位は落ちたみたいだが。ちなみにうちの学校は医療系だからほぼすべての科目が必修で、8単位落とすと留年になる。だからその日で留年が決まるやつもいるんだ。それを生き残った。あの夜一緒に一夜漬けしていたメンツはみんな落ちたんだがな」
「いや、コツコツ勉強せい!!」
遂に口を出してしまう。笑いながらショータローさんが言う。
「はははは、正論正論。まあその通り行かないのが現実なのよ。で、俺らグループは全滅したんだけど、アサトだけは進級したのよ。それで、必ずストレートで俺は卒業する、後ろから着いてくるお前らの面倒は絶対見るって泣きながら宣言してよ」
要領がいいだけで、人を舐めきっている人かと思っていたけど……。そんな一面もあるのか。
「ま、だからさ、あいつは責任からは逃げないし、必ずやり遂げてくれる。そこは信頼してやりなよ」
「……はい」
まだ納得はできないが、それでも何となくアサトをもう少しフラットな目線で見てみなければいけない気がしたのだった。
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