第5話 二度目の敵もゴブリンなので予習しなくても楽勝
――そして越境者の現れる日が来たのだった。
夜の闇より濃い黒が集合し、影を形作る。越境者はゴブリン。
だが。
以前に倒したゴブリンとはレベルが違う。見ただけでわかる。身に纏う雰囲気は邪悪そのものだし、体格もこの前の奴よりひと回り大きい。
剣を構えたアサトがゴブリンに飛び掛かるが。
――ボグッ。
不吉を孕んだ鈍い音が響く。
棍棒での攻撃を避けきれなかったアサトの左手が不自然な方向に折れ曲がった。
「ぐ、ああああああああああああ」
「アサト!! 」
私は回復の祈りを捧げる。
「次元を司る聖なる神よ。彼の傷を癒したまえ」
「ああああああああああ」
アサトが叫ぶ。回復魔法の副作用だ。体のダメージ自体は瞬時に回復したが痛みはしばらく続く。これは幻肢痛の亜種と言われている。手術などで手足を切断すると、無いはずの手足が痛むという現象がまま起きるらしい。原理としては少し違うのだが、ダメージによる体の欠損を瞬時に回復すると急激な回復に脳が追いつかず痛みをしばらく感じるのだ。
「――ああああああ、チクショウ、、、、、略式氷雪嵐(ブリザード)発動」
アサトは叫びながらも瞬時に治った腕を懸命に目の前にかざし、簡略化した呪文の詠唱。魔法。だが氷の礫はどこにも現れない。
「くっそ、ダメージと焦りで呪文詠唱の間の取り方の感覚がバグってる」
そう吐き捨てたあと、アサトは慌てて剣を振りかぶってゴブリンに斬りかかる。が、あっけなく防御されてカウンターの前蹴りを喰らう。10mほど離れていた私のところにアサトが吹っ飛ばされてきた。
焦りや緊張などの精神状態の変化で魔法が出せなくなる魔術師はよくいる。ましてアサトはまともな戦闘はまだ二回目。当然なのだが、それでも私は不甲斐なさのようなものを感じてしまう。
「くっそ。強え。仕方ない!!」
彼はすぐに立ち上がり、ポケットからぐしゃぐしゃになって所々折り目ができている紙を私に渡してきた。
「これ!!間の取り方書いてあるから、この通りヒカリがカウントして手拍子で手を叩いてくれ!!」
「は?」
渡された紙には、マジックペンで、
「わ→5秒→も→6秒→ひ→2秒→や→」
と謎の暗号が書いてある。なにこれ。
「いや、な、なるほど」
最低限頭の一文字を言って、この秒数間隔を開けたら魔法は発動するということか。
とんだ魔道書だ。というかメモ書きでしょ。あと精霊たちって頭文字でも踊ってくれるんだ……。何か私のイメージと違うというかロマンが若干薄れたというか……。
そしてそれが書き殴られているのはなにかの裏紙である。さすがに戦闘中に裏を確認する余裕なんてないが、透けてみえる表面には
「軽音サークル、部員募集!一緒に青春をロックしよう!」
と書いてあり、ギターを持っているアルパカの絵が見える。戦闘中にも関わらず、さすがの痛さに私も脂汗が止まらなかった。
「ヒカリ、ぼーっとしてんな!!頼むぞ!!」
そしてこの状況になってこんなアホなことをやらせるアサトに私は心底呆れた。私のカウントに合わせてアサトは呪文の頭文字だけ叫んでいく。
「わ!1、2、3、4、5(パンッ)も!1、2、3、(以下略)」
「わ!…も!…(以下略)」
なんだこれ、と私の一瞬脳がバグるのを感じた。私は一体何をやっているのだろうか。コント?●●●教育テレビ(家で先日観た)のうたのおねえさん??
私は夕方の子供用番組のように手拍子でこの二十歳を超えた青年を導かなければいけないのか。羞恥で頬が熱くなる。こんなことのために通訳者になったわけではないのに。
「あ、出た」
アサトの掌の周りに氷の礫が顕現した。魔法の威力自体は先日よりも上がっている。大小様々な氷が渦となってゴブリンに襲い掛かった。
「ぐぎ…」
大きく跳躍して直撃は避けられたものの、ゴブリンの右半身に決して浅くはない傷ができた。棍棒も地面に取り落とす。
「おっし!!……がっ」
アサトが喜んだのも束の間、ゴブリンは落とした棍棒を蹴り飛ばしてアサトに命中させる。防御は行ったもののアサトはまた弾かれ、思わず手放した剣は数m先の地面に刺さった。
「こうなりゃ。……泥仕合だ!!」
アサトは起き上がるのと同時に手近にあった石を掴み、ゴブリンを殴りつける。頭を打って倒れ込んだゴブリンの頭部に連続して石を打ち付けたところでゴブリンはモヤになって消えた。
「はあはあはあ、勝ったぜ」
勝ったのだ。だが、この戦いは明らかにひどいものだった。前より敵が強かったのは無関係にだ。今回アサトは全く対策せず戦いに臨んだのだろう。前回打てたはずの魔法が放てなかったことが何よりの証拠。戦いが終わって弛緩しているアサトに私は思わず詰め寄ってしまう。
「あなた!!命がかかっているんですよ!!全く対策せず、昨日の晩は何をしていたんですか!?」
「テスト勉強だよ。今日13;00からテストがあるんだ」
「テスト?テストとこの世界のバランスどちらが大事なんですか!」
「どっちもだよ」
「どっちもなら戦いにリソースを割いてください!!」
「だって今回の敵はゴブリンだってお前言ってたじゃないかよ」
「油断しないで対策をと言っておいたはずです」
「くっ」
「そもそも―――」
「―――1晩で戦いの準備なんてできるわけがありません」
私たちの溝が決定的になった音がした。
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