第4話 旅人のランク分けで言うと俺はめちゃくちゃ強キャラ

 昨日は結局、かなりの時間が経ってアサトは教室に帰ってきた。

 転入直後でまだ友達もおらず、一人で席に着く私とは対照的に、アサトは何人かの同級生に囲まれて話しかけられ、楽しそうにしていたのだった。

 それを肘をついて眺める私。く、悔しい……。

 屈辱を噛みしめながら過ごす授業初日であった。


 そして今日。

 ピンポーン。

 インターホンが鳴るが反応がない。私は朝からアサトの家の前に通学のお迎えに来ていた。どうせ私が連れて行かないと学校には行かないからだ。

 呼び鈴が鳴っているのにも関わらず籠城を決め込む姿勢……やむを得ず、近所迷惑を承知でインターホンを連続で押す。

 ピンポンピンポンピンポンピンポーン。

 人差し指の連打が功を奏したようだ。扉の向こうの静謐な気配がガタッという何かが落ちる音で破られ、数十秒後、扉がゆっくりと開いてスウェット姿のだらしない大学生が顔を覗かせた。

 寝ぼけたような声で彼は言う。

「はい」

「アサト!!大学に行きますよ」

「ヒカリか。今日火曜だろ、勘弁してくれ」

 やっと私を認識したようだ。それにしても、一瞬騙されそうになったが、日本の休みは日曜である。

「いや、火曜は普通に平日ですよね」

「くそっ。知ってんのか外国人」

「日本文化については履修済みです」

「俺は週休6日がいいの。昨日学校行ったからあとはもう休むんだ」

「こ、これがこの世界の大学生…」

「まあ今日は1限休みだよ、友達が昨日言ってたわ」

 し、知らなかった……。私まだ友達がいないから……。

「……そうなんですね、教えてくれてありがとうございます。危うく空の教室に行くところでしたよ。じゃあ午前は戦いの練習を!!」

「おれ今日バイト」

 遮るような即答に気まずい空気が漂う。予測が正しければ来週にもまた越境者がやってくるのだ。アサトは、この前まで剣も持ったことのなかった一般人である。準備が必要なのになんでこんなに頑なに拒否するんだろう。バイトのシフトを移動してでも準備をするべきなのに。

 やってしまった、という表情を一瞬したアサトは、気まずい空気をごまかすように言った。

「まあ、入れよ、まだ時間あるしお茶でも入れるわ」

「……はい」

 誘われるがまま彼の家に入る。白い壁の部屋の中心に少し小さな白いテーブルと敷かれたラグ。そして部屋の隅にはベッド。ワンルームの部屋は予想に反してよく片付けられていた。

 部屋の中をきょろきょろと見まわしている間にお湯が沸いたらしい。アサトが持ってきてくれた急須からは温かな匂いがする。コップに入れてもらったお茶に口をつけて言う。


「……せっかく勇者級の素質を持っているのに」

「勇者級ってそんな高いの?何か自分に素質があるって言われてもいまいち納得いかないんだよな」

 話を逸らされた気がしないでもないが、自分の資質のすごさが分かれば、もっと協力的になってくれるかもしれない。そう思って私は詳しい説明をすることにした。

「まあ、まだ潜在能力ではありますが、実際に旅行者として戦う方のランクには、才能級、英雄級、勇者級、唯一級と4種あるんですよ」

「じゃ、俺2番目じゃん」

 すかしたような表情で言う寝ぐせだらけのスウェット男。

「まあ、そうなんですけど、唯一級は考えなくていいレベルです。才能級っていうのは、旅行者としての才能ありというランク。英雄級はそれ以上に強大な力を持つ才能。勇者級っていうのは実際に世界を救って余りあるレベル。唯一級っていうのは……出会ったことはありませんが、全ての世界の開闢から今に至るまで同じ存在は2度と現れないだろうという、まあ伝説の存在みたいなものですね」

「へー、そういえばショータローの資質ってどんなもんなの。あいつも仲間に入れれば役に立つんじゃ…」


 あくまで自分は本気を出したくないという姿に逆に敬服しないでもない。

 だが。

「彼はおそらく……趣味級ですね、才能級のさらに下です。戦闘は無理かと」

「全然ダメかよ!!というかいきなり知らないもっと下のランク出てきたし!!」

「基本はそんなものですよ。無作為抽出ではほとんどが、戦闘に誘ってすらいけない人ばかりです。だから、私の同僚の通訳者達は才能級の旅行者を仲間にしているパターンがほとんどなんですよ」

「へえ、そうなのか」

「勇者級の方は、その世界に一人か二人いるかどうかっていう比率らしいです。だからあなたの才能はすごく貴重なんですよ」

「なるほどな、なんか自信が出てきたよ、ありがとう」

 ふっと微笑んで彼は言う。よかった、じゃあ――

「はい、じゃあ次の戦いの準備を……」

「しなくていいだろ、余計に」

「えっ、えええええええ」

「俺の素質がそんなに高いなら、しばらく雑魚狩りしている分には修行不要だろ。また前日に敵の要点だけ教えてくれよ。じゃ、俺そろそろバイト行くわ。出るとき鍵はポストの中に入れておいてくれよ」

「あっ、っちょっと!!アサト!!」

 もちろん仕事なので強くは引き止められない。というか寝癖も直さず、パジャマのままでバイトに行くなんてちょっとだらしなすぎないか?

 窓から、自転車にまたがろうとしているアサトの姿を眺めながら、私はこの世界に来て、もう何度目かになるため息をつくのだった。

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