第2話 これまでのあん・なろ

「一晩全力を振り絞ったら次の日は何もできなくなるんだ」

 彼は自宅マンションのエントランスでそう言い残して奥へと消えていってしまった。


 一夜漬けというやつの副作用らしい。

 高度に質的に濃縮した時間を過ごすことによって短時間での物事の習得を可能にする、とかなんとか言っていたが、これをスキルというのか怠惰というのかは私にはわからなかった。


 そもそも私はなんでこんなやつを指名してしまったんだろう……。

 資質で選びすぎたのだろうか。


「だいたい!!アサトは私の次元世界の講義も寝てるし、かと思えば前日に越境者の特徴だけ聞きに来るし!!あー効率がいいのは認めるけど、そんなんじゃ生き残れないんだから……」


 そんなことを呟きながら歩いているうちに、私は自分のアパートの前に立っていた。サポートのためにわざわざアサトの家の近くに借りた物件だ。

 元いた世界で日本での暮らしや文化は習ったとはいえ、知らない国で家を借りる諸手続きはそれなりに大変だった。私は故郷の魔法通訳者学校を主席で卒業したというのに、この世界に来てからまだ何も上手くいっていないような気がする。

「はあ」

 自然とため息が漏れた。

 3月の終わりの早朝。日に日に暖かくなってきたとはいえ、吐く息はまだ白い。

 本当にこんなんで大丈夫かな……。



 ぼんやりと暗い気持ちで思い出す。ちょうど1週間前のことだった。

 日本に来て、私とパートナーになって一緒に越境者を倒してくれる相棒を探していた時に私はアサトに出会ったのだ。

 日本国千葉県の某所。

 なぜ私が千葉県に相棒を探しに来たか。それは、この世界の、この国の、この辺りの地域に、強い資質を持った人間がよく生まれるという情報があったからだ。

 西船のサキュバス、津田沼の魔術師——。

 引退して隠居したものもいるようだが、恐ろしいほどの力を持った強者たちのどこかしら場末感が漂う異名は記録としてまだ残っている。


 私は日本で若者に一番信用される職業といわれる人たちの格好を真似て、千葉県の人々の勧誘を始めた。そこで偶然出会ったのが彼だった。というか、足を止めて話を聞いてくれたのが彼しかいなかったのだ。


 私は、モンスターが【越境者】となって次元や平行世界の境を越えて世界のバランスを崩すこと。私たちは次元を越えた様々な世界の現地人と交流するための【通訳者】という職業で、サポート魔法を使えること。

 各世界で資質がある現世の若者を指名し、その彼らがレベルを上げて、この世界と次元世界を【旅行者】として行き来してバランスを保っていることなどをアサトに伝えたのだった。


「と、言うわけで私は別次元からやってきた【通訳者】っていうことなんです。魔力やその他色々な資質が、勇者級にありそうなあなたに協力をお願いしたいんだですが……」

「ああ、いいよ」

 出会ったアサトは恐ろしく呑み込みが早く。私の話を全て受け入れてくれたのだった。



 ――そして。

「ちょっと気持ち悪いから吐いてきていいか?」

 直後に全てを吐き出しに行ったのだった。


 数分後。

「あーやっとすっきりしてきた。さっきの話まじ?」

「大マジ。本当です」

「さっきは酔ってたから話がすっと入ってきたけどにわかには信じられないな」

「酔ってたからあんなに素直に話きいてくれてたんですね……」

「吐く寸前で歩くのも気持ち悪くて足を止めてた」

「ひどすぎる……」

「お前……道端に机と水晶おいて変なロングコートにフードかぶって、話聞いてもらえると思う方がおかしいだろ……、や、俺聞いちゃってたけど……」

「この世界で最も信頼される魔法職は占い師だと聞いたんですが」

「当たらずも遠からずというか……、まあいいや。酔ってたとはいえ話聞いちゃったからな。引き受けるよ。俺、アサト。よろしくな」

「あ、ありがとう!本当に助かります!私はヒカリです!!」

「でも、もうすぐ大学の前期課程始まるし、異次元なんて突然いけねーぞ」

「大丈夫!しばらくはこの辺りに出てくる越境者を倒して戦い方を覚えましょう」

「おーけー!!なんか弱い敵から頼むわ」

「この辺りは多分強そうな越境者が来た記録はないから大丈夫ですよ」

「ところでなんでおれを?もっと強そうな人が沢山いる気がするけど」

 アサトは周りを見渡す。視線の先にはジム帰りだろう、ガタイがいい男が歩いているのが見えた。

「うーん。彼ですか。彼の資質は才能級といったところでしょうか。アサトの方が高いですね。勇者級ですから」

 アサトの方が確実に資質に恵まれている。まあ、仮に彼に資質があっても声をかけたところで足も止めてくれないだろう、という感もあるが……。

「さっきから勇者級とか才能級とかって言ってるけどそれなんなの」

「ああ。資質のランク分けですよ」

「ふーん、じゃ俺とあいつが殴り合ったら勝てるってこと?」

「いえ、普通に殴り合ったら負けるかもしれませんが」

「負けるのかよ」

「でも、旅行者は体の大きさだけじゃないんです。魔法と身体能力、資質の掛け合わせです。あなたの資質は異常値と言っていいレベルで高い。あとは!!」

「な、なに?」

「聞きました!!日本の大学生という職業は人生で時間を一番持て余し、旅行がだいすきだと!!」

「……おれの大学医療系だしわりと忙しいんだけど」



 唯一話を聞いてくれたのがアサトだけで、越境者との戦いも了承してくれた。だからその時はとても嬉しかったし感謝していた。

 だが、それにしても一晩の準備で戦いに臨むというのはやる気がなさすぎるのではないだろうか。次元世界のバランスが崩れたら、自分達にも災いが降りかかってくるというのに。

 この世界を助けに来たんだから、救世主のように迎え入れられるのかと思ったがそんなことは全然なく道行く人にも怪しい勧誘扱い……。



「学校を卒業したらすぐに世界のために格好よく働けると思っていたのに。いい仲間ができて沢山戦いながら世界を救って、それでカッコいい相棒に恋をして……」

 今の自分はどうだろう。仲間を見つけるのにも苦労して、やっとできた仲間は、資質は高そうなくせにやる気もなくて。何なら自分の足すら引っ張ってきそうで。

「はあ」


 理想と現実の違いに、私はまたしても大きなため息をついてしまうのだった。

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