第1話 一夜漬け勇者の誕生
――越境者の顕在化。敵はゴブリン。これも予測通りだ。
正直、私の知識の上では雑魚と呼ばれる種族ではあるが、今この街に現れたら大騒ぎだろう。昼間の人通りが多い街中にでも現れていたら、死人も多数出るに違いない。
尖った耳、ニヤリと笑った醜悪な表情、薄汚れた鎧。
そしてこぶのついた棍棒…。
「ゴブリンよ!アサト!行けそう?」
「おう、もちろん。行くぜ」
アサトは素早く敵に近づき、剣を抜き斜めに振り下ろす。
昨晩何度も素振りしたのだろう。ゴブリンの肩口から腹部にかけて綺麗に斬撃を当てた。
「グワアッ」
ダメージを負って、後ろによろめきつつもゴブリンが反撃の棍棒を横なぎに振るう。
彼はそれを綺麗に避け……なかった。地面に飛び込みゴロゴロと転がって攻撃を回避したのだ。
「え!?あの、完璧に倒してくれるんじゃ…」
「いや、限られた時間しかない時は優先順位だ。今回は時間がなかったからうまい回避は全部捨てた!ヒットアンドアウェイでいく。うまく避けたところで相手にダメージは与えられないしな!!」
一流の勇者が棍棒を剣や盾で防ぎ、ゴブリンを圧倒的な力で倒してくれるという私のイメージはがらがらと崩れ去った。
ひ、一晩で準備したんだからか仕方ないか…。
不安を他所に、土塗れになったアサトは確実にゴブリンに対してダメージを重ねていった。
ゴブリンはあまり知能が高くない。ヒットアンドアウェイは、ゴブリンには珍しい戦術らしく、対応ができていない。
いける。
そう思った矢先。
――ガギッ。
振り下ろした剣が棍棒に受け止められて不快な金属音がする。
「知能が低いはずのゴブリンがもう対応できている!?あ!!あなたまさか!!」
「ああ」
苦虫を噛むような顔で彼は答えた。
そう。彼は。いや、こいつは。
――剣での攻撃を2パターンしか覚えていないのだ。そりゃ止められて当然だわ!!
「0時くらいから貰った教科書みながら始めて、1パターンに2時間くらいかかった」
ということは、それだけでもう4時。ゴブリンの出現は4時半だから…。
「なるほど。じ、じゃあ仕方ないわね」
……とは私は思えず、口にはしたものの少し顔が引きつった。
斜めから振り下ろす。横なぎに斬りつける。
たしかに素振りを重ねただけあって攻撃は綺麗だがパターンが少なすぎる。
防御され、反撃が受ける回数が徐々に増えていった。
決定的なダメージはまだ受けていないが押されているのは間違い無いだろう。
ダメかもしれない。
私が思いかけた時、アサトは距離を取って剣を両手から片手へ持ち替えた。
掌をゴブリンに向け、軽く言い放つ。
「切り札使うか」
まさか魔法!?
そして詠唱を始める。
「我………求……氷…刃………………。略式氷雪嵐(ブリザード)発動」
詠唱…を…していない?何これ。りゃ、略式?
歪な氷の刃が無数に空間に現れ、ゴブリンを切り裂いて倒した。
え?えええええええええ!?
なんで!?なんで呪文の詠唱もなしにこいつは魔法を撃てるの!?
「勝ったな。帰って寝るわ」
ゴブリンが塵にになって風に溶けていくのを眺めながら、アサトはさも当然そうに言ったのだった。
「ちょ、ちょっと待って!!」
私はアサトの腕を掴んで帰宅をしようとするのを引き止めた。
魔法というのは一説によると吟遊詩人の詩が始まりだという。
彼らの詩、そして詠う言葉のリズムに魅せられて精霊(エレメント)たちが踊ったのが物理現象を超えた超自然の力となったという。
彼らが残した詩を、後に学問として研究し、体系化して形にしていったのが魔術師やら魔法使いと言った職業だったのだ。
だから、基本的に発動の鍵となる呪文は略したりはしない。
常識では……。
「つまり、あなたがやっていたのは大魔導師とか偉大な研究者とか、歴史に名を残すレベルのことってこと!」
アサトの反応はあくまで薄い。
「うーん、そんな大したことじゃねえよ。実は初めて魔法の説明を受けたときに気になっていたんだ。そもそも呪文の詠唱は加点方式なのか減点方式なのかってね。」
「え?どういうこと?」
「だからさ、滑舌とかリズムとか100%完璧に詠唱できる人なんて少ないと思ったんだよ。ということは、多分一定の基準さえ満たせば魔法は発動すると思ったんだ。で、昨日の夜その法則を探してたってこと」
彼は続ける。
「それで気づいた。キーワードさえ入れて、詠唱時間さえ大体守れば多少歪であっても発動はするんだって。」
「あなたって…凄すぎる」
私はあまりの驚きに息を飲んだ。これが、勇者級の旅人の資質……。
「ざーすとか言ってもありがとうございましたって聞こえるのとかと同じじゃん?」
「やる気ないバイトと呪文の詠唱一緒にすんなああああああ!!!!」
早朝の街に響いた私の怒声に、カラスたちが一斉に羽ばたいていった。
本当に感心して損をした気分だ。
再び家に向かって歩き出したアサトに私は声をかける。
「はあ……でもなんで最後まで隠していたのよ。すごい威力だったじゃない」
「いや、練習詰め込みでやってたらMPなくなってな……」
「ギリギリ勝利じゃねえか!!」
「赤点じゃないなら勝ちは勝ちだ」
見下したような笑いを浮かべる。
皮肉っぽい笑い。これがなければ結構かっこいい部類なのだろう。
ため息をついた後に私はふと気づく。
「そもそも!私が越境者の襲来を知らせたのは1週間前のはず」
「勝ったんだからいいだろ」
投げやりな返答に、私は彼を睨み付ける。
彼は何も言わずに気まずい顔をしてさっさと先に歩いていってしまった。
「私は。そんなの、認めない……」
私は思わず自分の手を握り締めてしまったのだった。
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