第26話 ラントピア3
「ソルム! あれ? 」
湖面に顔を出したルドアは、舟に向けて声をかけた。
が、あるはずの人影はなく、舟はユラユラと揺れるだけだった。
槍2本の援護もあり、ルドアは宿敵ラントピアを仕留めるに至った。
あとは、縄でその死骸を穂先に結び、岸まで引いて帰るだけだ。
が、魔道士の姿はなかった。
もしやと思い、慌てて水面に顔をつける。
少し離れた湖底では、砂煙が上がり、何かが暴れているようだ。
あれは、駄目だ。
銛漁師が禁忌として口伝してきた光景そのものだった。
"底まで降りたら、上がれなくなる"
魚の魔物に上を取られたら、人は上がれなくなり、呼吸すらできずに殺られるしかない。
そう警告する言葉であると、誰にでも分かるはずだ、漁に携わる者なら。
魔道士にそれを期待するのは、酷だろう。
恐らく、聞いたとしても、意味すら分からないのではないか。
あの、砂煙の中で何が起こっているのか、聞かなくても分かる。
最初に2匹いたラントピアがいつの間にか一匹になっていたのも、道理だ。
あの魔道士が対峙していたのだろう。
お陰で、こちらは上手く仕留める事が出来た。
しかし、眼下に広がる光景を見ていると、そんな嬉しさは、泡のように消えてなくなった。
事務的に、ラントピアの死骸に縄を回し、舟の穂先に縛り付けた。
舟に上がると宙に浮く槍2本も、ついて来た。
魔道士の魔法が、未だに効力が切れてないと言う事は、まだ生きているという証だ。
しかし、彼を追って湖底に降りるつもりはない。
妹ミレンや、母が家で待っている。
魔道士の連れのピコッタという少女は、どうするか。
引き取って家で育ててやろうか。
せめてもの恩返しには、なるだろう。
しかしやがて、残ったラントピアも、いずれ仕留めなければ、ならない日は来る。
その時はどうするか。
銛漁師は既に、彼のほかにあと2人しかいない。
しかも、いずれも高齢で、いつ引退してもおかしくない歳だ。
彼のような魔道士を呼べば、また今日のように……。
なら、魔法の切れてない、今のうちなら、倒せるのではないか。
銛漁師の禁忌を破る考えが、頭裏をよぎる。
槍使いが3人もいるのだから、息の続くうちに、どうにか出来ないか……。
一度は置いた槍を手繰り寄せた。
グイとそれを握る手に力を入れた。
「一緒に行ってくれるか? 」
宙に浮く槍2本にそう声をかける。
"そうと決まれば、すぐに行け"
亡き父の声がした、そんな気がした。
「ん、………。」
飛び込もうとした湖面に浮かんでくるものがあった。
黒黒とした肌。
ラントピアを見間違う訳が無い。
「ふう…… 死ぬかと思った…… 」
魔道士が湖面に顔を出した。
「お前が、殺ったのか?」
「かなり、手強かった…… 」
「すげぇな…… 」
ルドアは思わず声を漏らした。
魔道士がどんな魔法で仕留めたのかは、分からない。
けれど、強力な魔法に違いない。
2匹目のラントピアは、体に幾つもの穴が空いていた。
どれほど、すごい魔法でやられたのか、考えつかない。
2匹目のラントピアを引いて、重くなった櫓を、ルドアは漕いでいく。
服を途中で失くしたと言う魔道士は布地を腰に巻いて、仰向けにひっくり返っている。
よほど疲れたらしい。
それはそうだ、相手が悪過ぎた。
"ぎい、きい、" と櫓を漕ぐ音だけが水面に聞こえていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「お兄ちゃん、これ、美味しいね 」
エビの串焼きは、香ばしく、身もプリプリで最高だ。
ラントピアは一体につき金貨3枚の報酬が貰えた。
報酬はルドアと山分け。
岸に舟を、つけると、漁師仲間が水揚げを手伝ってくれた。
ギルド知らせてくれたらしく、職員が荷車を手配して引き取りに来てくれた。
ラントピア退治は、何十年振りの快挙らしい。
また何十年か後には現れるらしいが。
それでも、その間は安心して漁が出来るのだから、恩恵は少なくない。
また、銛漁師が増えるだろうとルドアは言っていた。
滞在費や、かさんだ旅費の足しになった。
高そうで遠慮していたエビ串もめでたく味わえた。
ルドアの家族に見送られながら、乗り合い馬車に揺られて町を出た。
ピコッタは、せっかくできた友達と別れを惜しんだが、町を出てしまえば、意外とサバサバしたものだ。
口にするのは、食べ物の事ばかり、アレが美味しかった、コレが美味しかったと、そんな話ばかり。
ラントピアとの戦いで、私に足りないのは、魔法の連射だとハッキリ分かった。
攻撃前に時間が、かかり過ぎる。
若しくはある程度の範囲を一度に攻撃出来たなら、代わりになるかもしれない。
ラントピアを仕留めるのに魔法は諦めて、私はヤマアラシモドキの姿になった。
背中に生えた針を飛ばして対抗した。
針攻撃は、魔法ではない。
一度に数本は飛ばせるし、放射状に放つ事も出来る。
2~3度なら、連続して飛ばす事も出来た。
体が成長したからか、記憶していた針より、もっと太くて長い針を飛ばせた。
接近戦になると、ヤマアラシモドキは強い。
何とか勝てたが、いつの間にか着ていた服は流されて、何処かへ行ってしまった。
舟に上がるときには全裸だったが、同性同士だから、気にしないようにした。
人の姿から魔物の姿になるのは久しぶりだったが、攻撃力も上がってて、意外と頼りになると思った。
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