第25話 ラントピア2


ーーーギィ、……キィ、 ……ギィ、


 一艘の舟が湖上を進む。

 漕ぎ手はルドア。

 舟には、縄と槍が数本、そして、布地が被せられた荷物が積んであった。

 ラントピアが良く現れる湖の最奥を目指して櫓を漕ぐ。

 と、ふと櫓を漕ぐ手が止まった。

 惰性で舟はは少し流れていく。

 湖上は静かなものだ。

 風も僅かにあった。

 岸辺の緑や花の香りを運ぶ柔らかなものだった。


「これから、どうする?」


 私は聞いた。布地の下に身を潜めたままで。


「待つ、 来る時は来る…… 」


 要領を得ないルドアの返事。

 ラントピアは、わざと船の真下を通り、一度は脅すのだとルドアは言う。

 いきなり襲ってこない理由が分からない。

 森の魔物は、人を仕留める気満々で一直線に襲ってくると言うのに。

 まるで、何かを守っているとでも、言うのだろうか。

 それでもその日は結局、ラントピアは現れなかった。

 昼過ぎと夕方ごろの2度、舟を出したがどちらも空振りに終わった。

 毎度、出て来る訳ではないのが、悩ましいところ。

 翌日も、昼過ぎに舟を出した。

 ルドアには、いつも通り銛漁をして貰った。

 どうせなら、いつも通りにしていた方がいい。

 夕方、その日は2度目、都合4度目の舟を出した。

 やっと、当りが来た。


「出た! 」


 ルドアが声を上げた。

 手に持つ銛を槍に持ち替え、舟を蹴った。


ーーードボン!


 私はすぐにサーヴァント魔法を発動させ、槍2本を渡して、ルドアの後を追わせる。

 剣は未だ出さない。

 湖面を覗き込んで、ラントピアを探す。

 見つけた。

 電信柱ほどはあるかと思われる黒黒とした魚影は、巨大ウナギと呼ぶに相応しい。

 しかも、2匹だった。

 小舟ひとつに2匹は戦力的に過剰だと思う。

 ルドア達が対峙するラントピアは素早く動くが、もう一匹は少し離れて、様子を伺っているように見える。

 隙を突いて攻撃を仕掛けるような位置取りをするでもない。どちらかと言うと順番待ちでもしているような。

 主従関係でもあるのか、"お前は見てろ" とでも言われているのかしらないが、これはチャンスだ。


「闇よ…… 」


  私はダークランスを放つ。

  ゲレンザ族の剣士の影は既に呼び寄せよせておいた。

 一発目は完全に虚を突いたらしく、背中に命中。

 しかし、2発目は、敢えなく躱される。

 実戦だと、魔法の連射の遅さが歯痒くて仕方がない。

 ルドア達以外に敵がいると分かったらしく、こちらに手負いのラントピアが、向かって来た。


ーーーザバッ!


 舟のすぐ横から巨大なウナギの頭が飛び出した。

 舟は激しく波に揉まれ、私は振り落とされてしまう。

 舟を直接狙わなかったラントピアの考えは分からない。

 結果として、私は無防備で水中へ放り出されたが。


ーーー来る……


 血らしき赤いものが煙のように水中で流れる。

 手負いのラントピアは、私を狙って突進して来た。

 大口を開けて、噛みつくつもりだ。


ーーーザシュ!


 私にたどり着く前に、ラントピアの鼻っ柱を剣が薙ぎ払う。

 2本の剣は、水中でも活躍してくれた。

 "収納" から槍を出して、私も構えるが、悲しいかな、所詮は素人、ラントピアの攻撃の殆どは2本の剣がいなしてくれた。

 素人の突きなど、無意味てしかない。

 やはり、魔法か。

 何処迄も追いかけるダークボールで悔恨を晴らす。

 ランスも同じように行かないか試すも、ボールほど小回りが利かないらしく、大きく逸れると霧散してしまった。

 水面近くで戦うルドア達と違い、私と影は、ドンドン、下降して行った。

 ラントピアの作戦だと気付いた時には、既に頭上をラントピアが抑えていた。

 呼吸が出来なければ、人は死ぬことを知ってラントピアは、傷を負いながらも、下に追いやる算段をしていたのだろう。

 なるほど、確かに知性は低くないらしい。

 しかし、私も影も呼吸は必要ないとは考えが及ばなかったようだ。

 湖底に足がつくと、砂埃が舞い上がる。

 視界を奪われるのは、宜しくない。

 と、思う間もなく、ラントピアがその尾で湖底を叩いた。

 ブワッ、と砂埃が舞い上がる。


ーーーザシュ!


ーーーわわわっ!


 砂嵐が視界を塞ぐ中、ラントピアが突進して来た。

 その鋭いヒレが私の背中を大きく切りつけた。

 超痛い、 目茶苦茶痛い、痛さでエビ反るほどに。

 が、"だから何?" と言う程度の事。

 背中の傷は、すぐに塞がった。

 魔法すら必要ない。

 私はスライムなのだから。

 前に実験した事がある。

 一度、体の1部を切り離しても、核のある方が本体となり、核に引き寄せられるように離れた体は戻ってきた。

 私の体は私の体だった訳で。

 意味がアレだけど、そう言う事だった。

 なので、いくら切りつけられても痛みはあるが、ダメージは殆ど無いと言う。

 とか、調子に乗っていたら、何度も切られて、私は追い詰められていた。

 反射的に魔法を撃つなんて芸当は出来なくて、

 視界を奪われて、影も反撃に手をこまねいている始末。

 やはり、水を得た魚は馬鹿にならない。

 身を持って分からされた。

 どうして、反撃しよう。

 このままじゃ、いつまで経っても浮上がる事すら叶わない。

 人だったら、死んでるパターン。

 人でないから、"どうしよう" で済んではいるけれど。

 是は、結構な窮地だと、逡巡する私は、ラントピアのヒレに切りつけられていた。

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