第23話 ホルオールの町2



 出てきたおかあさんは、丸顔で、頭に生えた耳も丸くて、カワウソとかオコジョとか、そっち系の獣人を連想させた。

 けど、あの青年の耳は、……帽子で気がつかなかった。


「怪我を治す、凄いお兄ちゃんを連れてきました! 」


 得意気に声だけでなく、胸も張るピコッタ。

 治癒魔法は、一度、彼女にかけて見せたことがあった。

 手荒れが酷いのに洗濯をしていたから、治してあげたら、色々と聞かれた。

 怪我も治せると教えたら、更に "お兄ちゃん" の株は上がったが。


「ええと、お嬢ちゃん達、お家を間違えてないかしら? 」


「妹さんの怪我を見せてくれませんか? 」


「家には、お代を払える余裕なんて…… 」


「お代は、美味しいお魚で大丈夫です! 」


「いえ、とても、それで間に合うはずが…… 」


 おかあさんは立派な常識人だ。

 美味しいお魚に目の眩んだ何処かの妹とはえらい違いだ。


「私は、教会に知られると宜しくない、モグリの治癒士なので、大っぴらに治療は出来ないのですが、経験を積む修行中なので、内密にして貰えると助かります…… 」


「少し、見せるだけでしたら…… 」


 なんとか、診察だけはさせて貰えることになった。

 妹さんは、床に寝かされていた。

 足には添え木がされて、布地で固定されていた。

 足は、膝当りが異常に腫れていて、そっちの足は腰から先の感覚がないとか。

 添え木がされてる時点で、骨折は間違いなさそう。

 感覚がないのなら、神経もやられている可能性が高い。

 膝だけでなく腰とかも痛めてる気がする。

 身を起こして貰い、腰と膝に手を当てて、治癒魔法を唱える。

 "ちょっと痛むかも知れません" と前置きしたので、大丈夫那と思ったが、大丈夫じゃなかった。


「いだ! いだ! 痛い! 痛い!おかあさん! 痛いよ! 痛ーい! あああっっ! 」


 本気で腕を掴まれた。

 膝と腰からジュブジュブと音がして、盛大に黒い煙も立ち上る。

 なぜか玉ねぎの腐った臭いまでしだした。

 一瞬、ガス漏れではないかと焦った。

 ガスはこの世界にはない筈だ。


「み、ミレン! 大丈夫かい! しっかりおし! ミレン! 」


 おかあさんも大慌てだ。

 とはいえ、声をかけるしか出来ないが。

 数分は続いただろうか。

 それだけ重症だったと考えるべきか。

 妹さんは、グッたりしてしまったが、色味の悪い液体を拭き取ると、膝も元通りに見える。

 感覚も戻ったようだ。

 伸び曲がりも問題なく出来るようになった。

 無理もない、ダークヒールを初めて見たら大概の人は慌てるし、その痛さにびっくりする。

 とてもとても疲れた様子の妹さんは、そのまま寝かせて、ピコッタと私はお暇した。

 おかあさんは、何度も頭を下げて見送ってくれた。


「どうして、助けてあげようと思った? 」


「お兄ちゃんなら、助けてくれると思ったから…… 」


 それだけではないだろうと思うものの、聞かないでおいた。

 あの、ひょろりとした青年が、ラントピアの情報をくれるようになると期待して、明日もあの家に行ってみよう。

 ラントピアは是非とも倒したい。

 なぜか、それは単純に、報酬が高額だから。


 翌朝、朝食後、あの家に向かった。

 すぐに、あの青年が出てきた。


「ミレン、こいつか? 」


 青年の後ろには妹もいる。

 普通に立って歩けるようで、なによりだ。


「歩けるようになったの? 良かったね! 」


「ありが、とう…… 」


 ピコッタに返す返事はちょっとぎこちない。


「あの…… 」


「勝手な事をするな! 」


 話しかけようとして、遮られる。

 そして、いきなり、怒り出した。


「お兄ちゃんは……! 」


 ピコッタが抗議の声をあげる。

 それすら、遮られた。


「誰かに頼まれたのか? 」


 これでは、仲良くなって情報を聞き出すのは無理そうだ。


「いや、 腕のたつ漁師を雇いたくて、探していた…… 」


「なに? 」


「ラントピアを仕留めるのに、情報を良く知る漁師を、雇いたいと言った 」


「それが、狙いか? 」


「そんな処かな…… 先払いしたつもりだけど、足りなかったか? 」


「……。  分かった、ラントピアを殺るなら手を貸す…… お前、治癒士じゃないのか? 」


「お兄ちゃんは大魔道士なんだからね! 」


 むふーと胸を張るピコッタ。

 一矢報いてしたり顔だ。

 なぜか、青年の妹が憧れの眼差しでそれを見ている。

 なぜ、そうなる……。



 兄はルドアと名乗った。

 妹はミレン10歳。

 千波に兄は16歳だとか。

 意外と若い。

 父が死んで2年、彼が家の大黒柱となって働いてきた。

 代々、銛漁師の家系だそうで、父も祖父も銛を持たせたら敵う者のいない腕のいい漁師だったとか。

 湖には魔物も出るので、その時は銛を槍に代えて魔物を狩る冒険者として活躍したそうだ。

 銛漁師は、冒険者でもあるらしい。

 しかし、父は、2匹掛のラントピアに攻撃され、命を落としたとか。

 恐らくあれは、番だとルドアは言った。

 確かに水中で、2匹を相手にするのは難しいと思う。

 舟の上からだと、集中攻撃を受けるから、余計に分が悪いだろう。

 それに立ち向かう気でいるルドアは、やはり、父の子と言うことだ。

 いや、情に流されてはいけない。

 仇討ちもいいが、番なら子を設けて増えてる事も考えられる。

 となれば、更に状況は厳しくなるだろう。

 

「子か…… けど、そんなラントピアを見たなんて誰も云ってないし、見るのはいつもの大きな個体だ 」


「まあ、万が一は、なってから慌てても遅いからね…… 」


 ルドアと、打ち合わせしているところへ、母親が戻って来た。

 魚を売って来たそうだ。


「まあ、お陰様でミレンはこんなに元気になりました…… お代は少しずつでも払いますんで…… 」


「かあちゃん、 金の代わりに俺が雇われる事にしたから、心配ないって 」


「あら、そうなのかい? けど、それじゃ、いくら何でも…… ねぇ? 」


 "いえいえ、それで話が纏ったんで、大丈夫ですよ" と話したら、一応、納得してくれた。

 作戦会議は、はじまったばかりだ。

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