第20話 高級魔法


 翌朝、 いつも通りに起きて、いつも通りの朝食をとり、いつも通りに路地裏へと向かった。

 猫を相手にダークテイムを掛けると、すんなり成功した。

 よく見ると、猫は目が死んでいて、完全にモノに成り下がった感じ。

 魔法を解くと、我に返ったように何処かへ行ってしまった。

 人には使えないと聞いたから、ピコッタで試すのはやめよう。

 昨日、行けなかった肉屋へフォレストウルフを売って、捌くのを待って毛皮と代金を貰い受ける。

 毛皮は、大きな商館で買い取ってくれる。

 まあ、何もかも無駄にしないのは良い事だと思った。

 ギルドで素材や魔石を、肉屋で肉を、商館で毛皮を売ると、フォレストウルフ一匹で、銀貨5枚ちょっとになる計算だ。

 思ったより割がいい。

 ただ、ミリンガみたく、防具も武器も金をかけようと思ったら、かなり頑張らないと無理だ。

 この前みたいに怪我でもしたら、途端にお先真っ暗になる。

 宿屋も高い所もあれば、安い所もある。

 金をかけようと思ったらきりがない。

 一人で毎日、フォレストウルフ一匹ずつ倒せるのなら悪くないが、金が貯まった頃に武器がダメになり、防具もヤレてくる。

 そして、大枚はたいてそれらを新調すると、また懐が寂しくなる。

 その繰り返しのような気がしてならない。

 

 ピコッタは宿屋の部屋でお留守番にした。

 お昼に串焼きを2本買ってあげたら、素直に従ってくれた。

 その足でリリシャンのところへと向かう。


 門番の大男がジロリとこちらを睨む。

 "こんにちわ" と声をかけるも無言。

 相変わらず愛想は1mmもない。


「魔法の事でリリシャン様にお取次ぎを 」


「待て 」


 一言残して大男は門の向こうへと姿を消す。

 暫くして、大男が出てきた。


「入れ 」


 門を少しだけ開て通してくれる。

 

「勝手に行け 」


 そう言うとガタン、と門は閉じられた。

 前庭を通り、屋敷に向かうと、メイドの "ルリャーニ" さんが、扉の前で待っていた。


「ソルム、良く聞きなさい 」


「はい…… 」


「お館様は只今、血に飢えていらっしゃいます。 もし、血を吸われても抵抗せず、献上するつもりで、従うのですよ、いいですね? 」


 いや、普通は抵抗するでしょう。

 私の体に血が流れていたらの話だけど。

 生憎と血の流れてない体なので、吸われても何も吸えないと思う。

 それでも吸うとしたら、ヌルヌルの体液しかない。それほ、流石に遠慮したい。

 どちらにしろ、ヴァンパイアのお好みに沿えるとは思えないので、特に心配せず、部屋へと入った。


「うっ…… 」


 いきなり、リリシャンと目が合った。

 "スー、ハー" と荒い鼻息が、聞こえてくるよう。

 片肘をテーブルについて、頬杖ついてこちらを見ているが、鼻の穴が膨らんでいて、興奮状態なのが、分かる。

 ピコッタを連れて来なくて本当に良かったと、思った。


「ソルムか…… 今日は特別に、隣りに座る許可をくれてやろう…… 」


 あー、やっぱり、血を吸う気なんだと思った。

 いつもは、向かいの席を勧めてくる癖に、今日に限って横とは。


「ダークテイムが…… 」


 椅子に上がって、報告しようと口を開いたら、"あむっ" と噛みつかれた。

 首筋にチクリと牙が立てられる。

 彼女の香水の甘い香りがした。

 鼻息が首に当たってくすぐったい。


「おげえぇぇ……! なんちゅう、不味い…… ぺっ、ぺっ! 」


 信じられないと目を丸くしたリリシャンの顔がすぐ近くにあった。

 顔を歪めてえずいている。

 高貴な身分なのに、唾を吐くのは如何なものだろうか。


「お前は、なぜ…… それで生きてる? 」


 口をの端にヨダレが残る顔でリリシャンが尋ねる。


「……人の姿をしてますけど、人ではないので…… 」


「だろうな…… ルリャーニ! 酒! お酒持ってきて! 」


 床を拭いていたメイドは、なぜか私を睨みつけながら、部屋の奥へと行き、酒の入ったコップを持って来た。

 お館様の前に静かに置く。


「今月も奴隷は、買えないのか? 」


「お館様、申し訳ございません…… 」


「幾ら足りない? 」


「あと、金貨2枚ほど…… 」


 リリシャンがジロリとこちらに向き直った。


「ソルム、お前、来月分は…… 」


「ダークテイム、出来るようになりました。ついては、高級魔法を教えてくれる人、知らないですか? 」


「出来たのか…… 」


 がっかりした顔になるリリシャン。

 が、閃いたのか、すぐ立ち直る。


「し、紹介料がかかるわよ? 」


「金貨2枚までなら…… 」


 これ幸いと、ぼられたら堪らない。

 必要最低限で、我慢して貰おう。

 "話の分かる男は、好きだ" とリリシャンに褒められた。

 さっきは、"よく生きてる"、みたいに云われた気がするけれど。


 金貨2枚と交換でリリシャンの書いた紹介状を受け取った。

 相手は "ホレウリア" と言う人。

 ハズガズの町にいると聞いた。


「因みに、遠いですか? 」


「隣国だから、近くはないわね…… 」


「隣国って? 」


「エルフの国、ジェネルゲアです、アグラメセア王国よりは、魔法では上に御座います…… 」


 メイドさんが口を挟んだ。

 下らない事をお館様に聞くなと、言う意味らしい。

 行き方はメイドさんが教えてくれるそうだ。

 と、言うか、メイドさんは足が外を向いていた。

 奴隷を買いに行くところらしい。

 殴り書きした紙を渡され、追い出すように部屋から出される。


「お館様は、血に飢えていらっしゃいます。 一刻の猶予も御座いません。私は奴隷商に行くので、お前はひとりで帰りなさい 」


 金を貰ったら、用済みと言う事らしい。

 現金な事で。

 さっさと、ピコッタの待つ宿屋へ帰ろう。

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