第18話 ピコッタ



「えー! 大人なの!? こんなチビなのに? 」


 私はゲレンザ族で、既に15歳だと言うと大袈裟に驚いていた。

 それ以降、呼び名が "お兄ちゃん" になった。

 並ぶと背が同じ位しかないから、兄妹に見えるかもしれない。

 串焼きを食べている間に事情を聞いたら、貧民地区の廃屋に身を寄せていたら、変態な男に追いかけられて捕まりそうになったから、逃げてきたのだとか。

 怖くて帰れないと訴える。

 貧民地区は、魔法の練習にいいと、何度か行っていたけど、子供だと思われて、ちびっこ達に囲まれ、カツアゲされそうになった事もあった。

 それ以来、行ってない。

 変態男が出たとしても何ら不思議はない。

 逆に、貧民地区ならその手の男が真っ先に行きそうに思えた。


 猫を相手に呪文を繰返してテイムの魔法の練習をする。

 ピコッタは私の後で静かにしている。

 追っ払うには忍びない気がした。

 歳を聞いたら7歳だった。

 気を遣い、邪魔にならないよう静かにしている。

 

 リリシャンは影に注意を向けるよう言っていた。

 呪文を唱えながら、影を見詰めるも、何も変化はなかった。

 影に手を触れながら、腕に魔力の巡りを感じながら、色々試してみても、結局、その日は進展なしで終わった。 


「帰るの? 」


 いや、そんなに悲しそうな目を向けられても困る。ピコッタは追い払われるのを心配しているのだろう。あれだけ食べたのに、もう腹の虫か鳴いているし。

 夕方、宿屋に帰る時間。


「来る? 」


 ピコッタが満面の笑みで頷いた。

 

 こうなるのは、仕方ない。

 他にも道端に寝ている人や、みすぼらしい格好をした親子が座り込んでいたりする町で、ピコッタは珍しくも何ともない。

 追い払っても良かったのだけど。

 良かったのだけど……。


 連れて帰る事にしたが、それは簡単に済む事ではなかった。

 服は下着から一式、靴も履いてないから、全て買ってやるしかない。

 庶民が、利用する服屋は当たり前のように中古しかない。

 その分、手直ししたり、駄目になった服同士を切り貼りして、奇抜な服も置いていたりする。

 靴なんか、似たような物であれば、サイズ違いを平然と並べていたりするのだから。

 全て買う側が注意すべきことで、買ってから騙されたと文句を言っても後の祭りだ。

 ノークーム、ノーリターンの厳しい世界だ。


 服屋にピコッタを、連れて行く。

 嫌な顔もしないで、店主のおばちゃんは、迎えてくれた。

 下着から一式、買うと言うと選ぶのを手伝ってくれた。

 靴もある物から選ばせた。

 買った服を着て帰ると言うと、店の奥で着替えさせてくれた。

 

「あの子、生理が来てるようだから、替えの下着も付けとくかい? 赤い布はサービスしとくよ? 」


「お願いします…… 」


 獣人は7歳で生理が、あるのだろうか。

 確かに下着の替えは必要だ。

 赤い布とは、ナプキン代わりに使うのだろう。

 奴隷には見えなくなったピコッタが、店の奥から姿を現した。

 ご機嫌な様子で足取りも軽い。


「お兄ちゃん、ありがとー 」


「はい、じゃ、行くよ…… 」


 服がちゃんとすると、ボサボサに乱れた髪が気になってくる。

 宿屋までの道すがらにあった雑貨屋で、ブラシと、髪につける油も買った。

 使い方も知っていると言うので、ムダ毛処理用の小さなナイフも。

 ミリンガと同室だったので、この世界の女性が何を使うのか、知っている。

 ピコッタに私物を入れる布袋を買い与えて、それに全て入れさせた。

 嬉しそうなピコッタを連れて、宿屋に戻った。

 一人増えるが、部屋はそのままと伝えたら、割増しは、食事代だけでいいそうだ。

 子供の兄妹が一人部屋に住むような受け止められ方をしたような。

 ピコッタは湯浴みも一人で行けた。

 食事も子供のようなマナーのない食べ方はしなかった。

 腹はへっていたようで、食べるのだけは早かったが。

 部屋に戻るとピコッタは、下着の洗濯もすると申し出た。

 見放されては大変と思ったのか、出来る事は何でもすると言う。

 今のところ、金の心配はないけれど、いつまでもこのままと言う訳にはいかない。

 午前中は、魔法の練習をするとして、午後は森に行って、魔物を狩るようにしよう。

 サーヴァントの魔法の練習にもなるだろう。

 大人サイズのベッドなので、子供2人が寝ても何ら支障はない。

 おねしょをされては困るので、寝る前にピコッタをトイレに行かせてから、横になった。

 寝付きのいいピコッタ。

 すぐに寝息が聞こえてきた。

 なぜ、彼女を連れて来てしまったのだろう。

 ろうそくの火も消して真っ暗な闇のなか、部屋の天井を見詰めて考えた。

 この町にも、孤児院はあるのだろうか。

 教会あたりがやってそうな気がする。

 奴隷が存在する世界だから、子供も奴隷に売られてしまったりするのだろうか。

 ピコッタは逃げてきたから奴隷ではないと言った。

 逃げなかったら奴隷にされていたと言う事だろうか。

 奴隷の扱いは酷いものだと聞く。

 両親が奴隷になっても、子供が一人で逃げてくる位なのだから、よほど、嫌なのだろう。

 子を育てるような余裕はないのに、余計な事をしてしまった。

 早く体を大きくして、リフェルの姿になるべきだ。

 今の体はそれまでのツナギでしかない。

 魔法を覚えるもの必要だし。

 

 なにひとつ、考えが纏まらないまま、いつしか寝てしまった。


「お兄ちゃん、起きて…… 」


 グラグラと体を揺すられて目が覚めた。

 ピコッタはすでに着替えも済ませていた。


「ん……、おはよ…… 」


 大あくびを1つつして、身を起こす。

 備え付けの棚には、昨夜干した下着が畳んで置いてあった。

 昨日、買ったブラシで寝癖の髪を梳かしてくれるピコッタ。

 よく見ると昨日とは別人のように、ピコッタは身だしなみが整っている。

 顔や腕は色が白かった。

 黒ずんだ手先も、キレイになっている。

 肩まであった髪も、薄茶色だ。

 昨日はもっと暗い色に見えたのに。

 柔らかな手のひらに、ちょっとドキッした。

 7歳の女の子を意識してしまうとは思わなかった。

 表情も、あどけない子供のそれとは思い難い。

 

「お兄ちゃん、早く食堂、行こう 」


 ピコッタは、腹が空いているらしい。

 会った時から食欲だけは旺盛だ。

 そこだけは揺るぎない。


 そう言えば、語尾に "ニャ" をつけたりしない のに気がついた。

 本来、耳があるべきところは髪が生えていたし、夜寝る時に気付いたが、尻から尻尾もはえていた。

 スカートの中に隠しているらしくて、分からなかった。

 聞いたら、良くイタズラされるから、隠しておくそうだ。

 確かに、見たら触りたくなる気持ちは分かる。

 

 

 

 

 


 

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