第11話 魔法屋
翌朝、目が覚めて1番に思った事は、この体は男だと、言うこと。
隆起した寝間着の下半身は元気もりもりに猛っている。
自然現象なのだから仕方がない。
しかし、ミリンガの前でも堂々としていられるかと言えば、それはちょっと怪しい。
そそくさと部屋に干してある服を取り込んで着た。
縫って貰った下着とシャツの穴はきれいに塞がっていた。
「魔法屋に行くとかいってたわよね? あたしらは森に入るんだけど、二手に別れても大丈夫かしら? 」
きっと、ゲッツ達が何かしらしてくると心配しているのだろう。行動を共にすると昨日は言われていたし。
朝食のあと、私にはウルさんがつき、ミリンガはアベさんと共に森に入る事になった。
腰に剣を下げたウルさんが道案内してくれる。
はじめて会った時から態度は変わらず無口なままだ。
魔法屋は言われなけば通り過ぎてしまいそうな何の特徴もない建物だった。
看板はローブ姿の人に杖があしらわれた意匠のもの。
ちなみに冒険者ギルドは二本の剣がクロスしたものだった。
「いらっしゃい…… 」
扉を開けるとカラコロと呼び鈴が鳴る。
カウンターの向こうから女性の鋭い視線が迎えてくれた。
黒いローブのフードを目深に被り、俯くと顔は見えなくなってしまう。
カウンターの奥の棚には杖やローブ、本などが並べてあるのが見える。
客はカウンター越しにそれを見る事しかできないようだ。
一切、商品を触らせないで売るシステムとかだろうか。
ウルさんが一歩、脇に下がる。
お前が主役だとでも言うかのように。
「あの〜、 」
私は背伸びをしてもカウンターの上に、かろうじて目が出る程度だった。
「なんだい、坊や、お遣いかい? 」
歳を取っているのか若いのか分からない女性が椅子から身を乗り出してきた。
「魔法の適性があるって言われて、魔法を使うには魔導書が必要だと、聞いたんですけど…… 」
「あ……、あんた、ゲレンザ族かい? それで魔法は何だい? 」
「闇魔法です 」
「そうかい、ゲレンザ族は魔族だからね…… 」
"よっこらしょ" と立ち上がると背後の棚から本を手に取り戻ってくる女性。どうも若くはなさそう。
「魔導書があれば、魔法は使えるだろうさ、本人の素質とやる気次第によっちゃあ、初級で終わる者もいるし、中には賢者級の大魔法までこなせる者もいる…… 」
何が言いたいのかと思えば、魔導書だけ見れば魔法は使えるようなものではなく、誰かに師事するよう勧める話だった。
「ちなみに、幾らかかりますか? 」
「魔導書が金貨10枚、指導料が月、金貨1枚、1年分まとめて先払いなら金貨8枚だよ 」
年は12ヶ月じゃないのかとウルさんに聞いたら、1年は9ヶ月、ひと月は40日だと教えられた。
ちなみに週は10日。
先払いなら金貨1枚分お得になる計算だ。
合わせて金貨18枚は安くない。
"杖やローブも勧められるぞ" と珍しくウルさんが指摘してくれる。
言うなれば、カモ扱いされていると言う事だろうか。
トイレを借りて、そこで収納から金貨を取り出した。
「じゃ、魔導書だけで…… 」
戻るなり支払いを申し出る。
金貨10枚をカウンターの上に置いた。
「そうかい、独りで頑張るってんなら、やってみなよ、 いつでも指導は受け付けてるからさ…… ところで、杖はどうする? 」
杖もローブも断った。
ウルさんの言う通りだった。
宿屋に戻り、部屋で魔導書を開く。
書かれている字が読めて良かった。
魔導書は、闇魔法の歴史から記されていた。
ルイジャンスーヤと言う人が闇魔法を纏めあげた偉人であると説かれている。
長い名前だと思った。
感想はそれくらい。
魔導書は全て写本であり、不要になったら、魔法屋で買い取ってくれるそうだ。
なので、取り扱いは丁寧にと注意された。
表紙はぶ厚い革の装丁で、刻印でプレスされて作られたような重厚さだ。
中のページもペラペラの紙ではなくて、厚紙ほどある革に書かれていた。
これでは、湿気に強くなさそうな。
カビたり、臭ったりしそうで、保管は収納以外に考えられない。
"全ての種族は神が世界を作る際に使われた道具である。混沌の入った釜をかき混ぜる匙が魔法人、突いて穴を空ける棒がエルフ、叩いてならす槌がドワーフに、汗を拭う布切れが獣人に、土くれで作った人形が人となった。"
"闇とは、光と対をなす世界を司る偉大なるものの1つである。昼の後には必ず夜が訪れるように、光が世界に満たすなら、闇もまた世界に満ちるのは道理と、言えよう。"
叙情詩的な言葉がページを満たし、本題にはなかなか入らない。
魔族はかつて、魔法人族と呼ばれ、魔法が使える者は、全て魔法人族の子孫であり、魔法人族の血が流れていなければ、魔法は使えないそうだ。
魔族への賛辞が鼻につく。
これを見たら他の種族は面白くないのではないか。
闇魔法の魔導書を見るのは魔族だけとは限らないだろうに。知らないけど。
"闇魔法とは際限なく広がる世界の如く、無限の広がりを持つ、それを他の魔法のように型に嵌め、可能性を閉ざし満足する愚か者には、決して微笑まないだろう"
そう、意味深な一文で前文を締め括っていた。
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