第8話 町の住人


 町に来て、7日目。

 私は、今、重大な決断を下そうとしている。

 目の前には、小さな男の子が横たわる。

 小さいと言っても小学校には入っていそうな年頃だろうか。

 1年生か2年生辺りに見える。

 この子が、今にも死にそうだ。

 そう、今にも。

 町外れの水路の両側に盛られた土手の影に横たわる少年。

 腹を両手で抑え、苦しそうに顔を歪めていた。

 腹からは赤い血が滲んでいる。

 きっと怪我でもいているのだろう。

 呻き声もやがて小さくなり、浅くて早い呼吸しか聞こえてこない。

 それさえ、いつ途絶えるか分からない状態。

 不思議とリフェルの時のような衝動はない。

 けれど、この体のサイズなら、私でも行けそうな気がする。

 如何わしい詩吟は詠まないけど。

 町に住むなら好都合。

 けど、所詮は子供な訳だし、色々と不自由しそうだと予測はつく。

 悩む。

 けれど、悩んでいられる時間はそれほど残されてないだろう。

 この子を吸収すべきかどうか。

 私は、決めかねていた。

 

「………。」


 小鳥の姿からスライムになり、私はその子の体を覆い地面に同化して隠した。

 悩んでいても仕方ない。

 近くにネズミがこちらの様子を伺っているのを見つけてしまった。

 この子を狙っているのは私だけではないのだと、気付いたから。

 子供の体を1日かけて吸収した。

 翌日、男の子の姿になり、私はムクリと体を起こした。

 やはり、裸だった。

 目の前に落ちている服を手に取り、いそいそと身に付ける。

 下着もシャツもお腹の辺りについた血が乾いてガビガビになっていた。

 シャツの上には袖無しのベストも着ている。

 決して貧しい身なりではない。

 ここ数日、町を見て過ごしていたので、大体の察しはついた。

 とは言え、特別身分が高い訳でもないだろう。

 普通は大人がついているとか、一人で歩いているにしても、近所が関の山だ。

 居なくなれば、すぐに誰かが探しに来るはずだと思う。

 町中をフラフラしてる子はもっと粗末な格好だったり、親子して貧乏そうな身なりだったりしている。

 この子を吸収している間、誰も探しに来る事もなかった。

 となると、この子は訳アリなのか。

 誘拐されて、遺棄されたとか。

 そもそもこの町の子ではないとか。

 ズボンやシャツのポッケには何も入ってなかった。

 当然、名前も分からない。

 とりあえず、街中へ繰りだそう。

 人の姿になって初めての町を歩く。

 いかんせん、身長が足りないから、視点は高くない。

 どれも大人は見上げるように大きい。

 新鮮な光景だった。

 人とぶつからないように歩くのに苦労した。

 キョロキョロと見回しながら通りを歩いていると、声を掛けられた。


「坊主、まだうろついてたのか?」


 獣人の男は、知り合いなのか、こちらを見下ろすようにしている。


「腹、減ってないか? 何か食べてくか? 」


「……。」


 男の腰には剣が下がっていた。

 親切そうに声を掛けてくるが、目的が何だか分からない。

 果たして親切心だけで言っているのか怪しい気がする。

 私は立ち止まったものの、またすぐ歩き出した。

 人の流れにのり、なるべく男から遠ざかる。

 途中、何度か振り返りながら。

 男は追って来なかった。

 子供を見ると声を掛けているのだろうか。

 それとも、先回りしてるとか。

 と、私はあの屋台の前に来てることが分かり、つばを飲み込んだ。

 

 目の前に立つ男は串焼きをかじっている。

 屋台の奥で忙しそうに焼いているのは、おばちゃんだ。

 私に、一瞥をくれるも、声はかけない。

 子供だからだろうか。

 串焼きを買う金など子供が持ってるはずも………、いや、ある。

 私は金を持っていた。

 リフェルの金の入った小袋を思い出した。

 金貨も何十枚か荷物に入っている。

 ここで収納から取り出すのは、宜しくないことぐらい私にも分かる。

 屋台から離れて、近くの建物の影に入って、腹の辺りから小袋を取り出した。

 銀貨2枚を取り出して掌に握る。 

 小袋は収納に戻しておいた。


「………。」


 屋台の近くで客とおばちゃんの遣り取りを何度か観察する。

 遣り取りしてるのは銀貨ではなくて、金貨よりもっと赤黒いコインだ。

 金、銀と続くならきっと銅貨辺りだろうか。

 

「おばちゃん、これで買える? 」


 タイミングを見て、おばちゃんの脇まで行って聞いてみた。

 掌に銀貨一枚載せて。


「いやだよ、 坊や、お釣りが無いよ、せめて大銅貨にしてくれるかい? それとも50本も買ってくれるのかい? 」


 1本で2タロと言っていたものが50本となると100タロになる。

 銀貨は100タロと言う事らしい。

 100タロで2タロを買うとお釣りは98タロ。

 銅貨98枚のお釣りを渡されても困る。

 銀貨と銅貨の間に大銅貨と言うものがあるらしい。


「うん……」


 分かったような分からないような返事をして、その場から離れた。

 意外とリフェルは、金持ちだった。

 この分だと金貨は一万タロあたりになりそう。

 串焼きが異常に安いとかでなければ、私は結構な額を持っている事になる。

 銀貨を両替するか、それとも、何かを買うか。

 どちらにしても子供が大金を持っているのだから、相手によっては、良からぬ反応を誘いそうで怖い。

 町には食堂のような店もある。

 さすがにそこへ子供独りで行くのは躊躇われる。

 なぜか何かを食べる事に執着してしまう自分に気付いた。

 子供を吸収して、お腹が減っている訳ではないのに。

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