第7話 その名は "リフェル"


 上半身が終わると下半身に取り掛かる。

 私は2日かけて、人を消化吸収していった。

 終わるまでのあいだ "これで人になれる" そんな思いに取り憑かれていた。

 主を失った服と装備の転がる脇で、吸収したばかりの人の姿になれと念じる。

 もちろん、中身は中空で構わない。


「んっ? 」


 目を開くと、視界の端に女性の胸が見えた。

 人の手が2本動くのが見える。

 

「人になれた!」


 女性の声がする、私の声だ。

 目の前に掲げた手を握り開きする。

 女性らしい白くて柔らかな手だ。

 先ほどから見えてる胸が気になるが。

 防具の下で分からなかったが、この女性は見た目より立派なモノをお持ちだったらしい。

 と、手が不自然に地面に引っ掛かるので、不思議に思い足元を覗き込んだ。


「あ………」


 私に下半身は無かった。

 すぐそこに地面が見える。

 中を中空にしても下半身までは足りなかったらしい。

 おヘソすらない。

 肘が地面についてしまう程の身長しかなかった。

 これでは、上半身だけで生きる化け物にしか見えないだろう。

 失敗だ。

 落ち着いて考えてみれば、分りそうなもの。

 自分の体の大きさから言って、いきなり人の姿になれるはずがないのに。

 出来ても精々、犬程度が限度だと思う。

 今は、上半身だけでも成れたのだから、喜ぶべきだ。

 

 抜け殻になった服を漁ると、首輪らしきものに金属片がついた物があった。

 金属片は軍隊のドッグタグみたいに刻印がされている。

 "リフェル 銀" と読めた。

 いや、この世界の言葉も文字全然分からなかったのに、その字はちゃんと読めた。

 体と一緒に知識も吸収したのだろうか。

 

「……。」


 記憶を辿ろうと思い出すものの、何も覚えてはいない。

 リフェルと言う名前だけでも分かっただけ良しとしよう。

 首輪の他にに金貨銀貨の入った小袋も見つけた。

 お腹の辺にある "収納" へとそれを納めた。

 ヤマアラシもどきは有袋類で、お腹にある袋は子を納める穴の他にもう一つ底のない穴につながっていた。

 子の居ない時期は餌の貯蔵庫に使っているらしくて、幾らでも貯えられそうだった。

 後からこれは、"収納" と言う能力スキルではないかと気がついた。

 服や靴、防具など一式持って行く事にした。

 いつかこの体を全て再現できた暁には必要になるだろうから。


 他の遺体は一部、食い荒らされていたり、既に持ち去られ見えなくなっていた。

 男達が置いてった荷物も物色する。

 布地に干し肉などの食材に食器は分かるが、見るからに怪しそうな小瓶が幾つか出てきた。

 色付きのガラス球のような物と、不思議な模様の描かれた紙なども丸めて納まっている。

 それなりの数の金貨に使い方の分からない道具類。持ち運ぶ為なのかどれも小型な物ばかり。

 大きな物は入れた事がないので、入るか試してみたら、背負子ごと全て収納に納まってしまった。

 

 人の存在が急に身近になって、私の気持ちも落ち着かない。

 具体的に何をはじめるとかではないけど、早く大きくなって人の姿になりたい思いが強くなった。

 自然と脚はリフェルが来た方向を遡るように向いていた。


「………。」


 数日かけて、とうとう森の端まで来てしまった。

 額に角を生やしたウサギの姿で、広がる草原を見詰めている。

 遠くに建物の影が見えた。

 きっとリフェル達は、あの町から来たに違いない。

 行ってみたくて仕方がない気持ちと、人の姿になれないのに行ってどうするのかと気持ちが同時に湧き上がる。

 夢にまで見た人の住む町だ。

 行かない手はない。

 住めるなんて思ってない。

 今は、見るだけでいい。

 いつか人の姿になって住めるようになれる、その日まで、色々と準備したらいい。

 その為にも町を見て来たい。

 今では小鳥の姿になっても、サイズが既に小鳥ではなくなってきている。

 アンバランスに大きい小鳥は最早、小鳥とは呼べないだろう。

 "空から覗くだけ"

 そう自分に言い訳するように、私は小鳥の姿なって、空へと舞い上がっていた。

 結局、町の魅力に抗えなかった。

 パタパタパタと翼をはためかせ、町へと一直線に飛んで行く。

 飛びながら、どんどん大きくなっていく町並みを目にしながら、森に戻る気など微塵もなくなっていた。

 

ーーーチチチチチチッ!


 中世ヨーロッパ風の町並みが見えた。

 そこには、想像通りの異世界の町があった。

 獣人もいれば、エルフもいる。

 もちろん、人もいるし、やたら背が低いのはドワーフだろうか。

 興奮してさえずりまくってしまった。

 オーバーサイズの小鳥は目立つかもしれないのに。

 建物の屋根に降りると、スライムの姿になって、屋根に同化して隠れた。

 建物は平屋が多いが、二階建て、三階建もないわけではない。

 町中を通る道は、土の道。

 人通りは、それなりにあった。 

 誰も私に気づいていないよう。

 小鳥になって、屋根から屋根へと町のあちこちを見て回る。

 人々の喋る言葉も分かる。

 縁日の屋台みたいなものが道端でいい匂いをさせて食べ物を売っている。

 串焼きっぽいそれは、見るからに美味しそう。

 

「はい、2タロだよ」


 貨幣と交換に串焼きを手渡した。

 客の獣人の男は、その場で串焼きにかぶりつく。

 これは、いつか食べたいリスト入り確定で。 


 日が傾いてきているので、夕食の準備をする時間なのだろうか、町のあちこちから料理のいい匂いがしていた。

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