第5話 脱兎の如く



ーーーもう、これでいいや!


 私は木の幹から離れて角付きウサギの上に覆い被さるように落ちた。

 別に体全体を包まなくても頭だけ狙えば窒息死には持っていけるはず、そう算段した結果だ。


ーーーうわっっ!


 ビュンッ! と突然、頭を包んだ角付きウサギが飛び出した。

 その勢いたるや、尋常ではなくて、危うく取り逃がしそうになる。

 呼吸は不可。

 視界だって、滲んでぼやけているはず。

 それでも "脱兎の如く" の言葉通り、異常な速さで飛び出して逃れようとするウサギ。

 それは、2度ほど続いたが、3度目の突進の前に遂にウサギは苦しみだして、すぐに事切れた。

 近くの草木の影に隠れて、私はウサギをゆっくり消化しはじめる。


 可哀想なウサギには、お悔やみ申し上げるしかない。

 サイズからして成獣に達していないのかも知れない。

 それにしても、あのダッシュには驚いた。

 角付きだから、角から魔法でも放つのかなと心配したけど、そんな事はなかった。

 出来たとしても、頭に張り付いていたから、しなかっただけかも、しれないけど。

 どちらにしろ、私はウサギを吸収して満腹となった。

 小鳥になった時と同じのように、ウサギになりたいと念じてみる。

 

ーーーうん、うん、


 視界の隅に自分の前脚が見えた。

 仰ぎ見ると茶色の毛皮が自分の背中だと分かる。

 短い尻尾は見えないけれど、長くて強靭な後ろ脚もある。

 寄り目で見れば頭から生えた角もかろうじて見えた。

 ご機嫌で森を闊歩していたら、雲行きが怪しくなってきた。

 ほどなくして雨が降り出した。


ーーー…………。


 恨めしそうに空を見上げる。

 木の枝に乗り、同化して雨をしのいだ。

 風も出てきた。

 こんなに荒れた天気になるのは久し振りかもしれない。

 風雨は夜中まで続き、翌朝の明け方には嘘のようにおさまった。

 何もかも濡れていた。

 朝日がのぼると水滴が光を反射して眩しい。

 世界の全てを水で洗ったのかのように、空気さえも澄んで感じられた。

 清々しい朝。

 人ではないし、家に住んでいるわけでもないから、朝食なんて誰も用意してくれないけれど。

 2日振りの食事は、瑞瑞しい草にした。

 ウサギの姿になると、美味しそうな草が分かるようになった。

 見た目だけじゃなくて、何と言うか雰囲気の違う草の見分けが出来た。

 モグモグと念入りに咀嚼する。

 食べごたえという点では不満が残るが、手軽さでこれより右に出るものはない。

 この体は幼体なのか、はじめから小型の種なのか知らないが、頭に生えた角が誇らしい。

 今まで武器らしい武器を持たない個体だったから、角があるというだけで心持ちが違ってくる。

 積極的に戦いを挑むような事はしないけど、相手にとっても脅威となる武器を持つのは心強い。

 逃げる以外の選択肢がある余裕と言うか、いざとなった時の備えがあるか、無いかの違いは大きい。

 もちろん、いざと言う時のために角を使って攻撃する練習もしておくべきだと思う。

 けど、それはもう少し食事をしてからでも。


ーーーモグモグモグモグ……


 日に照らされて潤いを得た森はムッとする湿度が徐々に和らいでいく。

 他の動物など生き物の活動も活発になる。

 雨でおあずけにされた食事を再開するものもいれば、その草食動物を狙う肉食動物も動きはじめるだろう。


ーーーんっ?


 虫のしらせのような、第六感とでも言おうか、何か脅威が近づいてくるような焦燥感に狩られる。

 私は、すぐにスライムに姿を変え、その場の草木に擬態した。

 通り過ぎたのは頭を低くして明らかに獲物を狙う狐のような四つ足の生き物の姿だった。

 体の大きさからしてウサギの数倍はあった。

 あんなのに狙われたら、いくら角があっても敵わなそうな……。


 小鳥の姿でいた頃から、最初にいた場所より、だいぶ移動していると思う。

 テイマーが向かって行ったのと逆方向に来ているはず。

 なぜか?

 飽くまでも予想だけど、テイマーは強い生き物がいる方に向かって行ったのではないかと、私は予想している。

 強い生き物がいるのは森の更に奥だろうと。

 逆に向かえば森の終わりに近づくような気がしていた。

 若しくは、人の住む町みたいなものが見つけられたらいいな、と淡い期待を抱いていた。

 順調に成長して体は大きくなりつつあるし、犬は無理でも、猫ぐらいにはには成れるはずだから、人の町に住めたらいいなと、その夢は未だに捨ててないから。

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