第2話 ちっぽけなもの、空を飛ぶ


 それは、夕方のことだった。

 木の実を食べて空腹を紛らわしたあと、私は枝に同化して休んでいた。


ーーーんっ!?


 いきなり、体を掴まれる。

 驚いて仰ぎ見ると、それは、シマエナガのような愛くるしい姿をした小鳥だった。

 サイズ的には私と殆ど変わらない。

 もっと大きな鳥だったなら、掴んで空へ連れて行かれてしまうところだ。


 "チチッ!"


 小鳥の鳴き声が森に響く。

 私は、食べる気などなかったのだけど、この小鳥、ちょっといい匂いがして我慢出来なかった。

 お腹が満足してないせいもあるかもしれない。

 体を掴む小鳥は足からズブズブと私の体の中へ沈みはじめた。

 羽ばたいて逃げようとするが既に遅い。

 追い打ちをかけるように私は小鳥を体で覆い包んだ。

 本能的な衝動が私を突き動かした。

 小鳥はすぐに息絶えて動かなくなる。

 時間をかけ、その体を消化吸収する私。

 その間、小鳥を抱えた私の体は、まるで木の枝にできたコブのように見えていた事だろう。

 約1日かけて小鳥の全てが私の栄養となった。

 はじめて味わう満腹感。

 お腹いっぱいとはこういう事かと思い出したほど。

 ただ、あの可愛らしい小鳥を食べてしまったという罪悪感がない訳ではない。

 仕方ないとか、生きる為とか、無理やり肯定するつもりはないけれど、ご免なさいと謝罪する気持ちが私を支配していた。

 2度と繰り返さない事の方が大事だとさえ思った。

 前世では、当たり前のように鶏肉、豚肉、牛肉、魚に卵と、生あるものを食べていたけれど、生きてる丸のままを直食いするなんて事は一度もなかったから。

 それができてしまうのだから、たちが悪い。

 別にベジタリアン主義を掲げるつもりはないけれど、生き物を殺めるのは精神衛生上、宜しいわけがない。

 周りからどう思われようと、躊躇われる事を進んでする気にはなれない。

 なので、違う木に渡って、また木の実でも探そうと思う矢先のことだった。


ーーーわわっ!


 行く手を塞ぐ者がいた。

 枝の元に鎌首を少し持ち上げた姿はヘビのよう。

 チョロチョロと長い舌を出してはこちらを凝視している。

 木に同化しているはずなのに、おかしいなと思ったけれど、確かヘビはサーモグラフィーのように温度が見えるとかではなかったか。

 まずい、私、狙われている?


ーーーわあっ!


 的確に私の核を狙って噛み付いてきた。

 反射的に核を移動させ、それを避ける。

 スライムなんて食べる気なのか、と言っても間違いなく狙ってきているのだから、仕留める気、満々なのだろう。

 バネのように体を折り畳んで、次の一撃を加えようとしているヘビ。

 ひょっとして、私は絶体絶命なのかも?

 はじめて、明らかな殺意を向けられて、戸惑うしかない。

 無機質なヘビの目が私の核を狙う。

 スライムにとって、核は大事、とても大切。

 たぶん急所、きっと噛まれたら殺られそうな気がする。


ーーーわ、わわ、 ……わーっ!


 二度目の襲撃で、私は核を遠ざけようと大きく身を乗り出した。

 たぶん、私が大きな個体ならヘビも狙って来なかったかもしれない。

 私のサイズが小さいから、食べてやろうとしたのかも。

 枝から身を乗り出した私の体は、核こそヘビの襲撃から逃れたものの、そのまま枝から逸れてしまった。

 浮遊感など一切なくて、絶望的な自由落下が私を襲う。

 "どうしたらいい? どうしたらいい?"

 パニックで頭の中を疑問符が駆け巡る。

 身を固くして衝撃に備えたほうがいいか、それとも出来るだけ広げて抵抗を増やした方がいいか。

 どっちでも結果は同じ気がする。

 落ちていくスライムに明日は来なさそうな。


 小鳥を食べた罰が当ったのか、あのヘビは小鳥を横取りされたのを知って私を狙ったのか、取り留めのない事が脳裏をよぎった。

 あの小鳥みたく、飛べたなら……。

 終いには支離滅裂な事まで考えだした。

 きっと無力でちっぽけなスライムは結局、何も出来ずに地面に叩きつけられ、べちょりと死んでしまうのだろう。


「チチチチチッ! 」


 パタパタと羽音をたてる音がした。

 それまでの落下する感覚がふいに消えた。

 恐る恐る目を開くと、私は飛んでいた。

 正確にはユラユラとホバリングするように宙に浮いていた。

 訳が分からない。

 分からないけど、羽ばたく両手を止めるのだけは、しないでおこう。

 

「チチチチチッ」(どうなってるの?)


 声が出るのが嬉しい。

 呼吸ができる。

 今、生きている手応えみたいなものを凄く感じる。

 向かいたい方へ意識を向けると体が勝手に動くような感じで空を飛べた。

 ひっきりなしに両手を動かして羽ばたく必要はあるものの、それは水泳にも通じるような感覚に似ていた。

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