十二月二十三日 聖夜祭―辰次

 辰次はおおいに悩んでいた。杏に何を贈ればいいのかわからないからだ。

 辰次の杏に対する記憶はとても古い。三本の指で歳を言っていた頃、辰次はとことん杏に話しかけた。仲間に入れてやろうと思ったのに、ある日を境にぴたりと杏は話さなくなった。理由はわからない。きっと構いすぎてはいけないのだと反省して距離を取っていたが、最近になって様子が変わった。あいかわらず言葉数は少ない杏が話を聞いてくれるようになり、缶けりの誘いにも乗る。今回も理由はわからないが、辰次の心はようやく前を向いて動き出した。

 明後日はクリスマス。人の噂で神様の誕生日だと聞いた。西洋では親しい人に贈り物をするらしい。

 辰次は杏に贈り物をするには絶好の機会だと思った。冬休みが始まるので渡すのは明日になるが、遅いより早い方がいい。

 幼い頃から杏は何に対してもとろく、いつも足をひっぱるのでのけ者にされていた。下ばかり見て、誰とも遊ばずに家の使いばかりしている。

 辰次はいつもそれが気にかかって仕方がなかった。生来の生真面目さもあるが、父の影響で正義感が人一倍強いからだ。少々情けない印象を持つ父は、警邏という仕事のせいか弱者に優しく、頼られれば額に汗をにじませながら働く。怪我をしておぶってくれた、失くし物をみつけてくれた、と町の人たちにも慕われ、よく土産をもらった。父を訪ねてくる者はみんな、笑顔だ。

 辰次は杏も笑顔にしてやりたかつた。小遣いで集めた二銭を握りしめ、商店が並ぶ通りを物色する。

 通りは木造家屋の老舗や流行りのガラス張りの店がひしめき合う。

 辰次は人の間をすり抜け、一つ一つ目に入れていった。

 髪飾りに、手巾、綺麗な便箋。気恥ずかしいし、どれもぱっとしない。宝石が並んだきらびやかな店はとてもじゃないと通りすぎた。

 杏も気負いしない、手軽なものがいい。そう思うが、辰次は目ぼしいものが見つけられない。化粧や生活品を扱う店の張り紙に『女性ニオススメ』という文字が書かれていた。開かれた店の入り口を覗きこめば、紅やおしろい、あぶらとり紙が並んでいる。杏にはまだ必要ないだろうと辰次は肩を落とした。目線を落とした先に、飛び込んできたのは、小さな陶器の入れ物が山積みされたカゴだ。店の一番手前の場所に『新商品』『貴方モ輝キマセンカ』と朱入りの紙が貼られている。『輝』の漢字は読めないが、宝石によく使われている。使い方も絵で描いてあって、とてもわかりやすい。ちょうど、二銭。普段使いにもいいし、新しいものなら杏も持っていないだろう。

 緊張で、辰次の胸が高鳴る。ぎゅっと唇を噛みしめ、手に取った。店の奥に控えていた若い女に微笑まれ、顔に熱が集まる。彼女が何か言った気もするが全く耳に入ってこなかった。商品を見せ、二銭をずいっと出し、早足で店を出る。勢いに任せて、そのまま進んだ。

 辰次は通りの端で立ち止まり、周りに注意を配った。顔見知りがいないことを確認して、そぉっと掌を開く。ころりと転がるのは子供の手にも収まるどら焼きの形をした陶器だ。杏の驚く顔と笑顔を想像して浮き足立つ。

 練歯磨の入った器を強く握りしめた辰次は、明日が早く来ればいいのにと思った。






*クリスマスは神様の誕生日ではなく、神様の誕生を祝う日です。人の噂って、ころころ変わりますから……



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