十二月五日   そうだん 中

「空木先生」


 朝礼前の廊下で名前を呼ばれた空木は振り返った。

 井野川 いのかわ辰次たつじ、空木の組の生徒だ。父親は邏卒らそつ(警察官)でこの近辺の派出所に勤めている。


「人の帳面を勝手に読んだら、すっごい怒らせたみたいなんだ。……どうしたら、いいと思う?」

「ちゃんと謝りましたか」


 空木の指摘に辰次は首を振る。


「謝りたくても、逃げられる」


 避けられるではなく、逃げられる。怒っているのに、逃げるなんて人はとても少ない。自分が原因でないのなら、なおさらだ。


「もしかして、鈴宮さんのことですか」


 空木の質問に小さな頭が縦に首を振る。

 空木は苦笑いを浮かべて、彼の背を押して教室に向かった。


✎﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏


空木先生へ


 私も空木先生とおはなしを続けたいです。空木先生の言葉はとてもあたたかいです。

 私は悲しいことを言うぐらいなら、放っておいてほしいです。

 お父ちゃんも、兄ちゃんも、お母ちゃんも大好きです。お母ちゃんにこのおはなしのことを言ったら、とてもよろこんでいました。お母ちゃんも先生の笑顔が大好きだと言っていました。


✎﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏


鈴宮さんへ


 鈴宮さんも、先生と一緒の気持ちみたいでうれしいです。何でも書いてくださいね。

 放っておいてほしい、という気持ち、先生にもあります。でもね、鈴宮さん。缶けりは一人ではできません。相手が話しかけてこようとするなら、話だけでも聞いてみませんか。無理にとは言いませんが、わからなかったことがわかるようになるかもしれませんよ。おはなしを聞いてもらえる、といううれしい気持ちを相手にもあげてみませんか。

 お母さんに好きだと言ってもらえて、ますます和菓子屋に行ってみたくなりました。今度の休みに行ってもいいですか。




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