第五話「金曜の夜に、苦手な娘と過ごす」

「真央さん、JR?」

「京王線」


「駅まで送るよ」


金曜日の夜の新宿は、多くの人でごった返していた。


二人は、人混みをかき分け駅に向かう。


(せっかく新宿に来たんだし、この娘を送ったら、チーママたちに挨拶だけして帰ろう・・・)


「ひらめくん。まだ、時間ある?」

「まあ、あるっちゃある」


「ちょっと付き合ってよ」

「え? うん。いいけど、どこ行く?」

「まかせる」


「ちょっと行きたい店があるから、そこでいい?」

「うん」


カウンターのみ、ママとチーママが二人で切り盛りをしている小さなお店。ひらめは、学生時代から通っている。

ひらめたちが、暖簾のれんをくぐると顔見知りの親父たち二人が、先客として飲んでいた。


ひらめが手をあげて、あいさつをする。


「あれっ? ひらめ! ひさしぶり!! ママ、ひらめ!」

「ひらめ、元気だった?」

「うん。とりあえずビール」


常連の親父たちの興味は、顔見知りのひらめから一緒にいる真央に移る。


「ひらめ、相変わらず手が早いな。彼女か?」

「違う違う。会社の同期」

「真央です。よろしくお願いします!」

「ひらめ、お前そっち。真央ちゃんの席はココ」


真央は嫌な顔もせず、酔っ払った親父たちに笑顔を振りまく。

ひらめは、チーママから受け取った瓶ビールを二つのグラスに注ぐ。


(そう言えば、この娘は飲めないんだった・・・)


「真央さん、ビールで大丈夫?」

「うん」


「「就職、おめでとう!」」

「ありがと」


真央は、親父たちのハイテンションに合わせ、楽しそうに飲んでいる。


ひらめは、ママとチーママに近況を報告。昔話に花が咲く。


「真央さん、帰ろう」


常連の親父たちも帰る時間になり、ひらめたちも店を後にする。


「真央さん、飲めるじゃん」

「私『飲めない』って言った? 『飲まない』とは言ったけど」


真央が、悪戯いたずらがバレた子供のような笑顔で振り返る。


(かわいい・・・)


「ひらめくん。ちょっと話がしたいんだけど、まだ大丈夫?」

「大丈夫だよ」


ひらめは、真央に誘われるがまま、重厚な扉のショットバーについて行く。薄暗い店内は、さっきのお店のテンションとは違い、大人の雰囲気が漂っていた。


真央は、何度か来たことがあるらしく、カウンターに座り、バーテンダーさんと談笑だんしょうしている。


ひらめは、居心地が悪そうに真央の隣に座り、キョロキョロと店内を観察する。


「ひらめくん、ちょっと良い?」

「うん。何?」


「夢は、なんだね?」

「へ?」


想像もしていなかった質問にあせる。


「・・・世界征服?」

「真面目な話。何がしたい?」


「いま?」

「そう、いま」


「真央さんとエッチなことがしたい・・・」

「・・・」


(ごめんなさい。睨まないでください)


「私は真剣な話をしてるの」


ひらめは、真剣な話が苦手だ。テキトーなうわべだけの話でいい。


「やりたいことなんてないよ」

「そんなことないでしょ? 何かあるでしょ?」


「仲の良い仲間と好きなことだけをするみたいな」

「好きなことって?」


「酒飲んだり、ダベったり、そんな感じ?」

「そんな人生で後悔しない?」


(ああ、面倒くさい・・・)


本心なんて話す必要がない。テキトーに誤魔化して生きていけば良い。


深入りするな。薄っぺらい関係でいい。本音を語り合うなんてガキくさい関係はいらない。


「いいんだよ。今が楽しけりゃどうでもいい」

「嘘つき・・・」


真央から漏れた言葉に驚く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る