第一話「社会人になって、はじめて普通を知った」
同期の新入社員が集められ、研修が行われることになっていた。同じような格好をして、同じように緊張した面持ちの人間が集められた。
お互いを
ひらめは、周りからの視線を感じている。気づいているが、知らない顔をして、落書きに没頭する。
「社会人として相手に不快な思いをさせないような服装、髪型を心がけましょう」
金髪頭は、社会人のマナーを知らない新入社員でも分かる『間違い探し』状態だ。
研修室中の視線が一点に集まる。
(この研修は、俺に対する当て付けだね。間違いない・・・)
「え〜と、中井くん? かな?」
「はい。分かってます。頭っすよね? 信じて貰えないと思いますが、朝起きたら、こんな色になっていたんです。マジな話。故意ではなく事故なんです。社会人としてのプレッシャーというか、慣れない事ばかりで・・・。繊細な僕は・・・」
「社会人として、恥ずかしくないようにしましょうね」
「別に恥ずかしくないし・・・」
「何か言いました?」
「何も言ってません」
ひらめは社会人になり、自分が普通だと思っていたことが、普通じゃなかったことを知った。
これまでの人生で形成された価値観である『目立つことが正義』という生き方は普通ではなかった。目立たないように生きる人間が普通で、目立つ人間は、
「次は一分間で自己紹介をしましょう。相手に覚えて貰えるような印象的なスピーチをしましょう」
順番に自己紹介が始まる。同じような人間が同じような自己紹介をする。
順番になり、ひらめが
前髪の隙間からマジマジと同期を観察をする。同じような格好をしてる人たちを見て、ウンザリする。
「・・・中井です。配属はシステム部です。午前中も指摘された通り、社会人としての自覚が足りていません。ですが、これからは社会人として地に足をつけ、真面目に、堅実に生きていこうと考えています・・・。えー。後は・・・。僕は高校、大学時代は、誰からも名前で呼ばれたことがありません。ずっとあだ名の『ひらめ』と呼ばれていました。社会人になり『ひらめ』と呼ばれることがなくなったことで、徐々に学生気分が抜ける気がしてます。これから、よろしくお願いします。以上です」
席に戻ると前席の女子が振り返り、声をかけてくる。
「・・・ねえ。中井くん」
「なに?」
「私、鈴木恭子。よろしく」
「うん。よろしく」
「なんで『ひらめ』なの?」
「話すと長くなる。後で教えるよ」
「うん」
研修の休憩時間、ひらめは喫煙所に向かう。
庭の端にある喫煙所では、何人かの男子がタバコを吸っていた。
ひらめは、髪の毛をかき分けながら、周りの人に視線を送るが誰も目を合わせてこない。
(俺のサラリーマン人生は終わったな。このまま友達なんて、出来ないんだ・・・)
ひとりで、
「ひらめくん! 探したよ」
「ああ、恭子ちゃんだっけ?」
「うん。よろしく! なんで『ひらめ』なのさ?」
「『じゃりんこチエ』のヒラメちゃん」
「どういうこと?」
ひらめは『ひらめ』の由来を恭子たちに説明しながら研修室に戻る。
静かだった研修室に恭子たちの笑い声が響く。
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