平成サバイブ

ひらめ

第〇話「プロローグ」

もし「どうしてサラリーマンになるの?」と聞かれたら、答えられる自信がない。


学校を卒業したら就職し、入った会社で与えられた一生懸命仕事をする。その会社でキャリアを積み、それなりに出世、定年退職を迎える。その間に恋愛、結婚して家を買い、子育てに苦戦をしながらも、慎つつましく幸せな生活を送る。


そんな誰かに聞いた幸せが思い込んでいた。


特にやりたいことなどなく、何も考えていなかったから、サラリーマンになることが当たり前で他の選択肢はなかった。だけど、本当は自由に生きたかった。夢を追いかけて、フリーターになった仲間のように生きたかった。


自分には、夢を追いかけ、不安定な生活を送る勇気と根性がなかった。だから、サラリーマンという生き方を選んだ。


つまり、自分は夢をあきらめた『負け組』だ。


(俺の人生は終わったな・・・。社会人になったら楽しみなんてなく、ただただ老けていくんだ・・・)


二〇〇〇年四月。

就職氷河期と呼ばれていた時代。


ひらめは、入社式が行われる会場近くの喫煙所でタバコを吸いながら、続々と集まる人間を観察していた。


すでに社会人としての常識を身につけている同期の人間を見ていると、金髪頭、緩んだネクタイ、腰履きのスーツ・・・全てがガキくさい。


自分が恥ずかしく、みじめに感じる。だけど、それを他人に悟られるのは、もっとカッコ悪い。


そんな葛藤かっとうをひた隠し、自分に自信を持っているフリをする。


会場に入る人間を眺めていると黒のパンツスーツで身を固めたショートカットの娘がいた。


(かわいい・・・)


その娘は女子たちと談笑をしながら歩いている。男の視線に気づいたのか、ショートカットの娘は、足を止めて大きな目で睨み返す。


その娘の眼力に負け、男は思わず視線をそらしてしまう。


何食わぬ顔でタバコを揉み消し、ネクタイを締め直し入社式の会場に入場する。


(東京のオンナは怖い・・・)


ーーー


ひらめの新しい生活が始まった。比較的、自由な時間があり、大きな責任もなく、ただただ楽しんでいた学生生活に別れを告げ、サラリーマンとして社会人の生活。


社会人らしからぬ金髪。前髪は顔の半分を覆っている。かろうじて、髪の分け目から左目が見える。軽くかけたパーマでボリュームを加えている。本人も薄々気づいていたが、サラリーマンらしくない姿をしている。


人事部のお姉さんに、これから働くことになる職場に他の新人と一緒に案内された。


「おはようございます。今日から配属された中井です。よろしくお願いします・・・」

「おう、派手なのが来たなっ! 頑張れよ」


新人一同は朝礼で挨拶をし、指定された席につく。


「中井くん、これ、参加だって」


「なんすか?」


「社会人としてのマナー研修。その頭・・・。恰好かっこう餌食えじきだね」


「・・・」


ひらめは、教育係の先輩から、明日より行われる『新人マナー研修』の案内を受け取る。


(う〜。憂鬱ゆううつでしかない・・・)

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