18 三年後。


 思い立ったらすぐ行動がモットー。

 それは髪型も同じで、いつも掻き上げている長い髪がずいぶん伸びたものだから、切ることを思い立った。

 ずっと伸ばすために伸ばしっぱなしだったけれど、そろそろ切りそろえよう。

 いや、ここは思い切ろう。切るだけに。

 いつも見ている綺麗な髪がある。二番弟子のアルテ。

 妖精エルフのキラキラな金髪。会った日からずいぶん経つけれど、切り添えられたボブヘアは変わらない。

 美しさも長さも、だ。

 地球と違って、魔法があるからいい世界だとしみじみ思う。

 魔法でサクッと切ったあとは、金色に染める。地球の髪染めは時間がかかるし、髪は痛む。

 でも魔法ならば、魔法の薬を調合。オイルのような液体に仕上げて、髪全体に塗り込む。

 ヘアトリートメントのように。

 ただそれだけでいい。

 髪染めは完了である。


「見てー! どう? 似合う!?」


 魔法訓練広間にいた弟子三人にお披露目。

 エグジとアルテが手合わせ。そしてエランとスクリタが手合わせ中。


「アルテを真似したぁー」


 えへへっと笑って見せる。

 そんな私を見上げて、固まった弟子達。


「わ、わたしと、お揃いっ!」


 短剣を両手に握ったまま、キラッキラッと目を輝かせて大喜びしたのは、アルテ。


「綺麗です! リリカ師匠!!」


 私の胸に飛び込むのはいいけれど、短剣を持ったままは危ない。


「なんで切った!!?」


 声を荒げたのは、いつものことだけれど、スクリタだ。

 ガンギレである。


「そう、そうです! なんで切ったのですかっ? 失恋ですか!?」

「この世界でも、失恋したら髪を切るって、あるの?」


 異世界共通か。


「一体誰に!? 誰に恋した!? どこのどいつだ!!」

「誰があなたをフるんですか!? 殺してやります!!」

「落ち着け!」


 殺気立ち始めるスクリタとアルテを静かにしたのは、しっかり一番弟子の務めを果たしてくれているエグジ。

 ここ数ヶ月で、すっかり覚えた魔力の支配で、スクリタとアルテは膝をつかせた。

 エグジの魔力は、増え続けている。魔力のコントロールも、上達していた。


「リリカ師匠は、山のようにくる縁談を断り続けている。誰にも恋してない。そうですよね?」


 二人を静かにさせたあと、エグジはにこりと確認する。


「ええ、そうよ。そんな暇あった? あなた達を見てたのに」


 弟子をとってから、半年が経った。

 ずっと付きっきりだ。

 誰かに恋をしていた暇はない。

 スクリタとアルテは納得してように頷いては、落ち着いてくれたようだ。


「なんで切った?」


 魔力支配を解いてもらったあと、もう一度スクリタは理由を問う。


「思い付きだよ?」


 またか、と弟子達は呆れ顔をした。

 いつものことである。

 てへっ!


「えー? 気に入ったのは、アルテだけ?」

「伸ばせ、長い方がいい」

「おれはもう少し黄金色にした方が似合うと思います」

「このままがいいです! お揃いです!」


 再び、アルテが抱き付いてきた。

 そして、スクリタは長い方がいいと言い続け、エグジは髪染めの調合を問う。

 少しすると、ジェフがやってきた。

 私を見るなり、真っ青な顔をしてしまう。


「失恋、したのですか?」

「青ざめること?」


 誤解は解いておいた。

 後日、来た魔王シャンテも、私のイメチェンを見るなり、驚いた顔をした。

 失恋が原因かと言われるかと思ったが、失恋したら髪を切るというジンクスは知らなかったらしい。


「お似合いですね」


 そう褒めてくれた。

 それから、何度か髪型を変える。

 ある時は、炎のように真っ赤な色。

 ある時は、漆黒。

 またある時は、亜麻色。

 色々変えてみたけれど、エグジの要望通りの黄金みたいな金髪が定着した。

 煌めくラメが散りばめられたような金髪。


 それから、三年の月日が経つ。


 異世界転移してきて、三年が過ぎた。

 他種族を滅ぼそうとした前の魔王を倒して、三年が過ぎた。

 勇者光太郎くんと聖女神奈ちゃんを帰して、三年が過ぎた。

 三人の弟子をとって、三年が過ぎた。

 長いようで、短い。

 いや、やっぱり短いかしら。

 あっという間だった。

 毎日、魔法で遊び、稽古して、学ぶ日々。もちろん、弟子達と。

 時には各国の要請で、問題ごとの解決に手を貸したこともあった。

 魔導師シュバンが盗まれたという魔導書の件はすっかり忘れていたけれど、ある日、思い出すこととなる。

 昼食をとっている最中のことだ。

 藍色の夜空の満点の星のような煙をまき散らかして現れた魔王シャンテ。

 三年前に会った時と少しも変りない姿だ。

 たまにコートを変えるくらいしか変化がわからない。

 黒い長い髪で青黒い羊のような角を生やした青白い肌のイケメン。


「魔王めっ!! 何度言ったら出入りをやめる!?」


 アルテは、カッとなって声を荒げた。

 いつものことである。

 魔物嫌いは治っていない。きっとずっと敵意を持ち続けるのだろう。

 でも、成長した。飛びかかって喉を掻き切ることはなくなったのだから。


「何度言ったらわかるの? アルテ。シャンテは私の友よ。私の許可を得てる」

「リリカ様」


 シャンテは、一人ではなかった。

 脇に抱えていた者を下ろすと同時に私に跪く。


「お力をお貸しください」

「どいつもこいつも、口を開けば”リリカ様、お力を”だの”リリカ様、お知恵を”だの! 全く、たまには断れよ!」


 食べ終えた食器を片付け始めたスクリタが、文句を言う。


「シャンテが力を借りるのは珍しいわ」

「……そう言えば、初めてですね。おれが知る限り」


 蜂蜜入りのオレンジの紅茶を淹れてくれたエグジが言う通り、珍しいではなく初めてだ。

 私は紅茶を持って、蹲ったまま動かない人を覗き込む。


「あらっ! あなたは魔導師シュバンの弟子アンジェリカよね?」


 魔導師シュバンの葬式の時に、蘇生の魔法を尋ねて泣いていた弟子だ。


「なんで虫の息なの? アルテ、治療を」

「あぁっ、リリカ様っ……魔導書ですっ……」


 か細い声を出して、魔導師シュバンの弟子アンジェリカは、私のスカートを握り締めた。


「し、師匠の……魔導書が……っ、あなたの魔法がっ」


 師匠。魔導師シュバンのことだろう。

 そして私の魔法。それは守護獣の創造の魔法のこと。

 魔導師シュバンが息を引き取る前に私に謝罪した。

 守護獣の創造の魔法を半分書き記した魔導書を、盗まれたこと。

 弟子達が、追っていたと知った。


「使われましたっ……止めようと、したのですがっ……手遅れで」

「水を飲ませて。話はシャンテから聞く」


 治癒より先に、アルテに水を頼む。


「シャンテ」

「クフリーラウス国の街の一つが壊滅しました」


 壊滅。

 私の魔法と関連しているとなると、嫌な予感しかしない。


「続いている魔物の失踪を調べていた最中でした。禍々しい気配を感じたので、向かったのですが……恐らく住人は皆死亡、かろうじて逃れた彼女だけを持ってきました。リリカ様の名を出したので。それに、私めでは敵わないと判断しました。魔物である私には、あの気配は……」

「魔王であるあなたが敵わないと判断した?」


 私は笑ってしまう。


「つまり……はぁー最悪ね。準備なさい、皆行くわよ」

「はい、リリカ師匠。でも、最悪とは?」


 紅茶を飲み干して、私は指をパチンと鳴らして、ローブを纏った。


「見ればわかることよ。シャンテ、案内して」

「はい。……街の近くまで、です」


 藍色の夜空の満天の星の輝きが放たれて、私達を包み込んだ。

 青白い我が家から、燃え盛る街がよく見える崖の上に立っていた。

 赤黒く燃える火の中に、雄叫びを上げる人影を見る。

 確かに、禍々しい。

 魔王城を攻めた時と比べ物にはならなかった。

 あれとは別。

 地獄から這い出た悪霊を見ている気分にもなる。

 まさに、禍々しい。


「シャンテ。……大丈夫?」

「……いいえ、大丈夫ではありません。リリカ様。意識が持っていかれそうです。他の魔物なら、とっくにアレの支配下になっています……」

「そう、魔物に影響を及ぼすのね……魔物を材料に使った。いや、魔物も、かしら」


 シャンテは、後退りをした。


「リリカ師匠。どういうことですか?」


 エグジが問う。

 状況の説明を求めた。

 アルテもスクリタもだ。返答を待っている。

 もうエグジが抱えていられないほど、大きくなったエランの頭を撫でながら、私は教えてやった。


「察するに、魔導師シュバンが半分書き記した魔導書を元に、何かを創造した。禍々しい何かをね。アレンジしたのよ。おぞましくね」


 もう一度、私は言う。


「最悪」


 おぞましく、最悪。


「守護獣の創造の魔法には、命の種が必要。命の源、心臓。生き物に必要なものよ。それが作れないからきっと……生贄を捧げた。魔物達を材料にしたのよ。……いいえ、悲鳴が聞こえない。きっと街の住人すらも、捧げてアレを作り出した」


 燃え盛る街から悲鳴は聞こえない。

 逃げ惑う人々の姿も見えなかった。

 ただ動くのは、揺らめく赤黒い炎と、黒い人影。

 人影は、雄叫びのようなものを上げた。


「サイテーな気分」


 私の魔法を、あんなものに変えたのだ。

 盗まれた魔導書。事態を、軽く見すぎたか。


「アレは、守護獣なのですか?」


 羽根を逆立てたエランが問う。


「あなたとは違うよ、エラン。別のものよ」


 九歳になったエグジ並みに大きくなったエランの首を撫でた。


「ごめんなさいね。あなたも不愉快でしょう」

「リリカ様ほどではないです。偉大なあなた様の魔法が……あまりにも酷い」

「ええ、本当。私が作った魔法が引き起こしたことだから、私が片を付けるわ。……ん?」


 エランが私のお腹に頭を押し付けて、私を下がらせる。


「いいえ、リリカ師匠。守護獣の創造の魔法を思いついたのは、おれです。おれ達が、アレを倒します。許可をください」


 エグジとエランが、前に立ちはだかった。


「命じてください、リリカ師匠。わたし達はあなたの弟子です」


 アルテも、私の前に立ちはだかる。


「あんな胸くそ悪いもの、弟子のオレ達で十分。早く命令を下せ」


 ぶるぶると身体を震わせた巨大な狼の姿をしたスクリタが、黒い尻尾でぺしっと押して下がらせた。


「んー……頼もしい弟子がいて、私幸せ。抱き締めていい? もふもふしていい?」

「終わったらわたしを抱き締めてください! 構いません!」

「もふもふはすんな!」

「ちゅーしていい?」

「「「……!!」」」


 幸せを噛み締めつつ、私はいつもの調子で首を傾げる。

 そうしたら、エグジとスクリタは私を凝視して固まった。

 エグジの手にエランが噛み付き、スクリタの頭をアルテが引っ叩く。


「? じゃあ、師匠として命令を下すわ。三人で協力をして、アレを倒して」


 変なやり取りだと思いつつ、私は師匠として命令を下す。

「はい、リリカ師匠!」と、三人揃って声を上げた。

 三人とも、金色の煙に包まれて、ふわぁっと消える。

 燃え盛る街の前に、移動したのだろう。


「シャンテは、帰っていいよ。苦しんでしょう?」


 青白い顔が、歪んだままだ。


「あなたを残しては帰りません。……弟子達だけで、アレは倒せるのですか?」

「大丈夫よ。……いえ、どうかしら。アレがなんなのか少しはわかればいいのだけれど……街の中央に行ってみるわ」

「お一人で? あまりにも危険すぎます」

「あなたはアレに近付かないで。意識を奪われたあなたを、弟子に相手をさせたくないわ」

「っ、わかりました……リリカ様」


 シャンテはまた下がる。

 杖を振って、私は移動する。

 魔法防壁を張って、燃える黒い炎の中を歩く。

 だめだ。消し炭になってしまっていて、手掛かりはない。

 ゴウゴウと燃え盛る炎の向こう側で、爆発音が響く。

 何度も、何度も、鳴り響いた。

 いや、一つ。わかったことがある。

 この魔力の痕跡から予測するに――――。


「私の可愛い弟子が危ないわね」


 すぐに、私は爆発音が響く方へと飛んだ。

 アレが前進したであろう方へと飛んでいけば、ますます禍々しさを感じる。

 炎の街を出た。

 見える。

 でも、弟子達が戦っている上空で、ピタッと停止した。

 膨大で禍々しい魔力が、この場を支配している。

 重々しい金縛りにでもあったような、身動きが出来ない状態。

 そんな状態にいつまでもいるわけにはいかない。

 真下では、今にも可愛い弟子達が殺されかけていたからだ。

 目には目を。魔力には魔力を。

 魔力をぶつけて、支配を押し退ける。

 そして、魔法壁を手動で発動させ、左右に倒れた弟子二人に配置。

 弟子一人の前に着地した私は、こちらから攻撃を仕掛けようと魔法陣を展開させた。

 しかし、予想外の事態が起きる。

 魔法壁が壊されたのだ。

 薄っぺらいガラスのように、粉々にされた。

 そして、黒の刃が、私の身体を貫く。

 お腹に突き刺さった。


「しっ……師匠ッ!!!」


 背にしたエグジをちらりと振り返れば、彼は無事だ。

 右にいるスクリタも、左にいるアルテも、言葉を失っているが無事。

 魔法壁は壊されたが、被害を受けたのは、幸いにも私のみ。


「これはこれは……面白い」


 私はにやりと笑って、アレを見た。

 巨人のように大きな大きな身体は黒い。

 禍々しい靄もまとっている。瞳も黒い。まるで深淵。

 深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ。

 ってか。


「命令を変えるわ、エグジ。残りの弟子とともに撤退なさい」

「師匠っ! でも怪我をっ!!」

「命令よ。私の判断がまた甘かった。あなた達では敵わない。邪魔よ、撤退なさい」


 内臓が傷ついたらしい。口から血が出たが、それを隠して、私はエグジに告げる。

 はっきりと「邪魔」と言ったのだ。わかってくれただろう。

 エグジはエランに跨ると、アルテを掴み、そしてスクリタも掴み、転移魔法に包まれていなくなった。


「魔王と戦った時ですら怪我一つしなかったのに、よくも身体に穴を空けてくれたわね」


 痛くないと言ったら嘘になるが、笑わずにはいられない。


「ラスボスが楽勝すぎたから、裏ボスの登場? ウケる。神奈ちゃんがいてくれたら、こんな傷一瞬で治してもらえるんだけど……まぁ自分で治すわ」


 治癒魔法ならもう発動しているが、突き刺さった刃を抜くのはよくないだろう。

 アレを片付けてから、しっかり治そうか。


「勇者と聖女なしで裏ボス戦か、超ヘルモード」


 私はにやりと口角を上げて、杖の先をアレに突き付けてやる。


「まっ! 楽勝にクリアしてやんよ!!」


 深淵のような瞳はただこちらを覗き込んでいた。



 

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