19 魔人と封印。


「おっと、いけないいけない。私としたことが。弟子と私を殺そうとしたから、つい頭に血が昇っちゃった。ごめんね。ところで、あなたは何? 創造の主はどこ? 死んだ? 殺しちゃった? あなたってどう見ても邪悪で、世界を破壊し尽くしてしまいそうだけれど、本当のところはどうなの?」


 血で塗れた口元を拭って、私は訊ねる。

 第一印象で決めつけてはいけない。

 すごく破壊の化身って感じがしてならないが、もしかしたら、攻撃してきた弟子達に自己防衛が働いただけかも。

 万が一にも、言葉が通じて、大人しくするなら。


「ウオオォオ!!!」


 肯定するような強烈な雄叫びすら、傷口をズキズキさせた。


「よくわかったわ」


 私は杖を地面に叩きつけて、魔法を展開させる。

 三年ぶりの魔法。あの時は呪文を必要としていたが、三年が経った。

 私だって成長している。


「燃やし尽くせ!! 轟音烈火炸裂!!!」


 でも三年前と変わらない決め台詞を叫んだ。

 ちょっと後悔する。

 叫んだことで、傷がズキンと痛むし、爆風で傷口開きそう。

 爆風を受けないバリア、バリアっと。

 轟音烈火炸裂魔法は、超広範囲攻撃魔法。

 世界の脅威になりかねないアレを倒すためなら、街を消し去っても大目に見てもらえるだろう。


「たぁーまやぁー、いててっ」


 三年前と同じセリフを言ってみたが、やっぱり痛む。

 目の前には黒い黒いクレーターが出来上がる。

 しかし、アレはまだいた。


「……お前……」


 つい、お前だなんて言ってしまう。

 ちょっと驚いたせいだ。


「肉体が……燃え尽きたのに……何故消滅しない?」


 それは亡霊のように、ゆらゆらと揺らめいていた。

 肉体は今の魔法で確実に消し炭にしたが、何故かまだ存在している。

 この世に、存在しているのだ。


「ちっ。不安定なものを生み出しやがって。作った奴が生きていたら殴ってやる。絶対死んでるけど」


 温厚な私が舌打ちしたくなるほどの最低な気分。

 多数の生贄を捧げたせいか。また何かまずい調合をしたのか。

 はたまた神を模った姿でも想像して誕生させたのか。

 なんにせよ、超失敗作ではあるが、手強いことに違いはない。


「ゥオオオオ!!!」


 また雄叫びを上げる。

 ゴゴゴゴゴッと禍々しい魔力が、地面を揺らした。

 岩が持ち上がる。一つなんかじゃない。いくつもの岩が持ち上がり、アレの頭上に集まった。

 ふむ。

 隕石みたいに私に降らせて、ぺしゃんこにするつもりか。

 予想通り。

 小さな島のようなサイズの岩の塊が、降ってきた。

 私は転移魔法で、アレの背後へ移動する。

 ゴォオオンッ。

 私がついさっきまでいた場所に岩が落ちたが、誰もいないので気に掛ける必要はないだろう。

 私は後ろにいるのに、アレは気付かない。

 頭はよろしくないようだ。

 歩み寄ってみれば、気持ち悪くなった。

 禍々しい魔力のせいではない。

 アレの存在そのものに、だ。

 揺らめく身体から悲鳴が聞こえる。実体のないそれが、ゆらゆらしながらも、苦痛の叫びを上げていた。

 それは恐らく、犠牲になった人々の声。

 すごくおぞましく、すごく不愉快で、すごく頭にきた。

 ぐりんっと、ようやく私が後ろにいることに気付いたアレが振り返る。

 私は光属性の魔法を付与しながら、杖で顔を殴りつけた。

 右から、次は左から。

 効果あった。実体がないくせに、手応えがあったからだ。

 巨人の姿を保っていた煙は、一歩一歩下がる。


「げほっ!」


 ボッコボコにしてやりたいが、あまり動くと傷が広がってしまうか。

 また血を吐いた私は、杖で殴ることをやめた。


「”――リラ・リラーレ・テンペスタン・エエースプロジオーネ――”!!」


 閃光の魔法を放つと、浄化されるかのように、悲鳴や叫びが遠退く。

 もっと光属性の魔法がいる。

 光太郎くんと神奈ちゃんが、恋しい。

 二人の方が、光属性の魔法を得意だったな。


「”――リラーレ・ショックザ・カルド――”!」


 光の爆発を浴びせる。

 悲鳴や叫びが、また消えていく。

 ああ、だめだ。これ以上は呪文を唱えられない。

 刃の刺さったお腹に響く。

 私は杖をトントンと地面に叩きつけて、魔法陣を広げた。

 そして、そこから光属性の魔法を発動させて、アレに浴びせる。

 悲鳴や叫びが掻き消え、巨人ほどの大きさだったが、アレは縮んだ。


「……ああ、ちくしょーめ。忌々しい」


 その後も、光属性の魔法を浴びせてやったが、変化はない。

 手応えがあっても、変わらなかった。

 アレは、消滅しない。

 私の光属性の魔法が弱いせいではない。

 きっと最高の光属性の魔法を使う神奈ちゃんがいたとしても、これは消せないだろう。

 本当に、忌々しいほど不安定な存在を作った奴を、ボコボコに殴りたい。


「……哀れな魂に救済を」


 光属性の魔法の雨を降らせることをやめた。

 アレも、反撃をしない。

 まるで、魔力を切らしたかのように、静かだ。

 けれども、このままにしておくのはあまりにも危険。

 膨大で禍々しい魔力。それが人の形でいようとする。

 ゆらゆらしながらも、人の形になりたがる。

 きっとこの世に留まる力しか残っていたのだろう。


「名前をつけてあげるなら、そうね。魔人」


 私は言いながら、魔法を展開させた。

 杖で地面を叩き、ゴーンと大きな鐘が鳴り響かせる。

 無数の黄金色の魔法陣が、周囲を囲う。


「とても酷なことをするわ。魔人。あなたを封印する。その中で、どうか安らかに眠れるように祈るわ」


 ゴーンともう一度大きな鐘の音を響かせる。

 周囲の魔法陣が、一瞬で魔人に迫った。

 そして、もう一度だけ。

 ゴーン。

 鳴り響かせた鐘の音が、黒い地面に魔人を呑み込んだ。

 残った魔法陣に、杖の先を突き付けながら、捩じる。

 いくつかの魔法陣の歯車をカチカチと回して、鍵を閉めた。

 封印は、これで完了だ。

 この地に、魔人を封印した。

 禍々しさは残ってしまっているが、ここに封印されている証だ。


「ふー……いたぁっ」


 息を深く吐いただけなのに、酷く痛む。

 もういい。刃を抜こう。

 自分に突き刺さったものを引き抜くなんて、恐ろしい。

 神奈ちゃんがいてくれたら、どんなに癒されることか。

 光太郎くんは今までこんな痛みに耐えながら戦ってくれていたのか。

 なんて、今日は二人のことをよく考えてしまうな。


「んっ! ああっ!!」


 痛みで震える身体に耐えながら、お腹に穴を空けた刃を抜く。

 つられて内臓が出てくるかと思った。

 でも血はドクドクと溢れ出る。

 真っ赤な血だ。

 震える手が、その真っ赤な血にまみれた。

 見ている場合ではないか。

 ずっと続けていた治癒に専念する。

 杖を支えにしていたけれど、よろっと倒れかけた。

 でも後ろから、ふわっと満天の星が散りばめられた藍色の煙が舞い上がってきて、受け止められる。


「リリカ様!」


 シャンテだ。

 後ろから抱き留められて、支えられた。


「来て、大丈夫なの?」


 封印したとは言え、禍々しさは残っている。


「私の心配など……! 弟子の元に運べばいいのですか? それともどこかの城の治療師に頼むべきですか?」

「あっ! 痛い! 優しくして!」

「すみませんっ」


 シャンテの大きな手が、私の傷を押さえてくれる。が、痛い。

 でもシャンテから動揺が伝わり、笑いそうになる。友がこれだ。

 弟子はもっと動揺してしまうのかも。

 このまま治癒を完了させてから弟子の元に行きたいが、時間がかかる。

 やっぱり治療師に頼むべきだろう。


「運んで、弟子のところへ。シャンテ」

「……はい、リリカ様」


 ギュッと抱き締めて、シャンテは転移魔法を使う。

 包み込む藍色の煙が消えれば、崖を見下ろす弟子達の後ろ姿を見付ける。

 すぐに弟子達は、私を振り返った。

 涙を込み上がらせて。


「リリカ師匠!!」

「師匠!!」

「おいっ! 大丈夫だよな!?」


 私に飛びつきたそうに駆け寄ったが、彼らは迂闊に触れようとしない。

 私は微笑む。


「大丈夫よ。エグジとエランとスクリタは周囲の捜索をしてくれない? 念のため、他に危険がないか、生き延びた者はいないかの確認して。危険があった場合は即時に私に報告、対応も対処もしないこと。アルテは家に残してきたアンジェリカを迎えに行って。クフリーラウス国の城に集合、わかった?」


 泣くことを堪えた様子の三人は一度黙り込んだが、頷いて「はい」と返事をした。


「じゃあ、先に行って、治療を受けてくるわ。よろしくね」

「「「はいっ、師匠」」」


 三人の弟子が返事をすると、シャンテは私の足も持ち上げる。

 いわゆる、お姫様抱っこだ。

 弟子の前でこれはちょっと恥ずかしいが、怪我人が文句言えるわけもなく、そのまま転移魔法に包まれた。

 でもイケメン魔王にお姫様抱っこされたと聞いたら、きっと神奈ちゃんが悔しがるだろうなぁ。

 なんて、また考えてしまった。

 クフリーラウス国の城は、大騒ぎになる。

 天才魔術師リリカ様が大怪我を負うほどの戦いがあった、と広まったらしい。

 デブドラ魔王以来の災厄が起こるのではないか、と不安も広がっていった。

 デブドラ魔王。勇者一行で倒した前の魔王。私がデブドラと呼んだから、それが定着したらしい。

 吹いてしまい、傷が痛み、シャンテの手を握った。

 私の血で塗れたままの大きな手。


「リリカ様……」

「んー、シャンテ。あなたの手っておっきい……」


 そろそろ、痛みが続きすぎて、頭が朦朧としてきた。

 城で一番の治療師が治癒魔法をかけてくれているが、私はシャンテの手を握ったまま、一度意識を手放す。

 ぎゅうっと握り締められる感触をずっと感じていた。

 弟子達の気配を感じた私は、目を開く。

 治療は、もう終わっていた。

 私が運ばれたベッドのそばに、弟子達が立っている。


「ふー……まだ痛い」


 ちょっとズキズキするが、しょうがない。風穴が空いていたのだ。

 それを治癒力を早めて塞いだ。後遺症が残っていても不思議はない。

 聖女の治癒魔法なら、違和感も何もないのだけれど。

 聖女は私が帰したので、文句は言えまい。


「エグジ、報告」

「異常も、生存者もいませんでした……」

「そう……」


 沈んだ声で、エグジは報告すると、涙を溢した。

 この子が泣くのは、久しぶりに見る。


「ごめんなさいっ、師匠。おれのせいでっ、怪我をっ」

「あなたのせい? 違うわよ」

「任せてと言ったのに、何も出来なくてっ、ごめんなさいっううっ!!」


 大粒の涙が、次から次へと零れ落ちた。


「オレは……弱い……」


 泣くところを見せないスクリタまで、狼耳と尻尾をぺんしゃんとしながら、涙を浮かべている。


「ごめんなさい師匠っ!! 命令を遂行できず、申し訳ございませんっ!!」


 ひくひく言いながら、アルテも大泣きした。

 しょうがない弟子達だ。


「言ったでしょう? 私の判断が甘かった。敵をろくに知りもしないで、あなた達を戦わせた私が悪いのよ。私の方こそ、許してちょうだい」


 立ち上がって、三人に言う。

 余計泣かれた。

 しょうがないので、三人まとめて、抱き締めてやる。


「あなた達が無事でよかったわ」


 泣き止むまであやしたいところだったが、クフリーラウス国の王クラウス陛下がアンジェリカを連れてやってきた。


「各国の王に緊急招集の要請を行いました、リリカ様」

「ありがとうございます、クラウス陛下」


 回復したアンジェリカと、情報を交換し合う。

 それから、緊急招集してもらった各国の王に報告をした。

 戦友だから招集に応じてくれた王達は、私が負傷したことを聞いて心底驚いた様子。

 それほどの敵だったと、すぐにわかってもらえた。

 着ているブラウスには、まだ穴が開いたままだから。

 魔導師シュバンが半分だけ書き記した私の守護獣の創造の魔法を元に、作られた存在。

 多くの命が奪われて生贄にされて、それで誕生した災厄。私は魔人と呼んだ。

 術者は、恐らく複数人。いずれも死亡しているはず。

 肉体を滅ぼしても、亡霊のようにこの世に留まっている不安定な存在だということ。

 光属性の魔法が有効だということ。

 まだどれほどの力があるかわからないこと。

 わかっていることも、わかっていないことも、全てを報告した

 魔王シャンテの関与を疑われたが、私はきっぱりと否定する。彼に世界を支配する意思も破壊する意思もない。

 逆に魔物にとっては害のある存在だと言うことを話しておいた。

 魔物も生贄にされた影響か、支配されかねないのだと。

 私が作り出した魔法のせいで、世界が危険にさらされたことを、謝罪した。

 だが、私のせいではないと言う王達。

 そして、責任はクフリーラウス国にあるとクラウス陛下は自分で告げた。

 魔人の封印の地は、厳重に守ることで償うと約束をしてくれたが、責任をとって王の座を降りるとまで言い出す。

 それについて、多少口論となってしまった。

 魔導書を盗んだ魔導師を捕まえられなったことで、多くの命が失われたのだ。

 街一つ分の民を犠牲にした罪は、あまりにも重い。クラウス陛下の意思は、もう固まっていた。

 クラウス陛下はいい王だ。民を心から愛して大切にしている。そんな王だからこそ、王の座を降りるのは……。

 私としては、認めたくなかった。

 しかし、私が覆せるわけもない。

 クラウス陛下はまた守れなかった命を思い、悲しんでいるのだ。

 守護獣の創造の魔法を使用することは、禁じる話も出た。

 私以外使いこなせる魔導師がいないし、何を生み出すか定かではない。

 他の魔導師が使うことは、禁止だと、決定が下った。

 魔導書の管理も、厳重にしなくちゃいけないわね。

 緊急で開かれた各王の緊急会議は、翌朝まで続いたのだった。



 

 

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