17 欲情の狼。(スクリタ視点)



 十五歳の誕生日を迎えたその夜。

 オレは、眠れなった。

 身体は火照ってムズムズする。

 何度寝返りを打っても、布団を蹴り飛ばしてみても、眠気は来ない。

 やばい。きっと、アレだ。

 こんなすぐに来るものなのか。

 獣人とは、面倒だ。

 魔族である親父は、よく言っていた。

 他種族の間に、子どもが出来る確率は、著しく低い。

 だから、オレは奇跡の子なのだと。

 十五歳になったら、きっと発情期が来る。

 思春期の獣人族に襲い掛かるものらしい。

 堪えるのは苦しいものだから。

 だから、薬の調合を教わった。

 発情期の症状を抑える薬。


「作って、飲まねーと……」


 ぼそっと口にして、オレはベッドから降りた。

 発情期なんて、冗談じゃない。


 ただでさえ、同じ屋根の下で過ごしているんだ。

 欲情してしまう、オレにとっての特別な女が。


 ヨロヨロと廊下を歩いて、研究室に向かう。

 まだ深夜だ。誰もいないはず。

 防音の魔法もかかっているから、研究室で作業していても、邪魔は入らないだろう。

 彼女の部屋が、すぐ隣にあってもだ。

 研究室に辿り着き、扉を開ければ――――彼女がいた。

 寝間着のドレスを着た彼女は、作業をしていたのだ。

 ドックン、と身体全体が脈打つのを感じた。

 逃げようと回れ右をしたが、彼女に気付かれる。


「あれ? スクリタも起きてたの?」

「……」


 このまま黙って逃げたかったが、怪しまれて勘ぐられたくない。

 オレは平然を装おって適当に会話をすることにした。


「アンタこそ、この時間帯は寝てなくちゃ肌に悪いとかって言ってなかったか?」

「まぁー、一日ぐらいい大丈夫だよ」


 なんて笑う彼女は、長い髪をバレッタで束ねている。

 オレから目を逸らして、作業する後ろ姿。

 いつもは見えない後ろ首。

 ……噛み付きたい。

 ドックン、とまた身体全体が脈を打つ。

 落ち着け。理性を保て。


「なんか、スクリタ。具合悪そうだけど大丈夫?」


 ギクッとしても、オレは誤魔化す。


「ハッ! なんのことだか……。それより、真夜中なんかに、また思いついて行動してんのか?」


 思い立ったらすぐ行動がモットーな彼女のことだ。

 何か閃いたから、真夜中にも関わらず作業をしているのだろう。

 ぐつぐつと魔法薬用の鍋を熱している辺り、何かの薬を作成中。

 本当に、理解が追いつかない。

 彼女の頭の中を覗いても、きっとオレには到底理解出来ないとまで思う。

 ポンポンとアイデアを思いつき、そしてそれを作り出す。

 心の底からすごいと思うし、尊敬するし、そして敬服する。


「んーまぁ、そんなところだよ」


 ……今日は曖昧な返事をするな。

 まぁいい。作っているものを知られたくないようだから、オレはさっさと部屋に戻って耐えるしかない。


「おいで、スク」

「……っ」


 オレを振り返らずに、手を差し伸べてくる。

 最近、彼女はオレをそう呼ぶ。

 あまりにも、優しい声で。

 ――触れたい。

 彼女の肌に。

 今それをしたら、絶対に悪化することはわかっているはずなのに。

 オレは手を取らずには、いられなかった。

 手を重ねて触れただけなのに、ゾクゾクと快楽が巡る。

 なんだ。これ。

 たまらねー。

 ぼーっとしてしまった。

 手に触れただけで、こんなにも満たされるなんて。

 ああ、もっと。

 触れたい。


「スク?」


 もっと。

 彼女だけが呼ぶ名を、聴いていたい。

 オレは後ろから、彼女を抱き締めた。

 腰に触れて、腕を回して、ぎゅっとしめる。

 寝間着のドレスは心地いい感触がしたが、薄手だから彼女の体温を感じた。


「くすぐったいよ、スク」


 クスクスと笑う彼女は、じゃれていると思い込んでいる。

 それで構わない。好都合だ。

 すりすりと露出した首筋にオレの耳をこすりつけてやる。

 またくすぐったそうに笑う。

 触れればきっと落ち着くなんて思ったが、余計息が乱れる。

 彼女の肌から香る匂い。たまらない。

 綺麗な首筋に噛み付いて、オレの印を残してしまいたい。

 ああ、堪えろ。理性をなくすな。

 こうしているだけで満たされる。

 でも、欲望が膨れ上がった。

 もっと。もっと触れたい。

 もっと。もっと快楽を味わいたい。


「スーク」


 彼女の手が、オレの耳ごと頭を撫でてきた。

 またゾクゾクッとしてくる。

 気持ちいい。

 このまま。

 本能のまま。

 オレはこの人と――――。


「これ飲みなさい」

「……へっ?」


 ぽんぽん、と頭を叩かれて、オレは間抜けな声を出してしまう。

 うっとりとしていたのに、いい夢から現実に引き戻された気分。


「……何、それ」


 彼女が飲めと言うのは、魔法薬の鍋からコップに移した液体だ。

 泥酔しながら不老不死の薬を作っては自分で飲んだことがあるらしい彼女と違って、オレはどんなものかも知らずに飲むほどおバカではない。

 でも彼女に服従すると決めたから、命令だと言われれば飲むが……。


「発情抑制薬」


 彼女の口から、オレが作りに来た薬の名前が出てきたから、驚く。

 そして彼女から手を放して、距離を取る。


「発情期でしょう?」

「な、なんでっ」


 なんで知ってんだ!

 バレてたのか!? 初めから!!


「ベーハント陛下が手紙で教えてくれたの。獣人は十五歳から発情期が来て辛くなるんでしょう?」


 あのクソ国王!! 余計なことをしやがって!!


「こういうこと、親でもない異性に指摘されるのは嫌だろうけれど、ちゃんと飲まないと。レシピも教えてもらったけれど、スクは半分魔族だから、もしかしたら普通のは効かないと思って……結構強力な発情抑制薬作ったよ!」


 オレは耳を塞ぎたくなった。

 確かに、親でもないし、ましてや意中の人に指摘されるなんて。

 くっそがっ!

 なんで発情の対象から、発情抑制薬をもらわなくちゃいけないんだ!

 ヤケになって差し出されるコップを受け取り、オレは中身を飲み干した。


「……?」


 途端に、身体の疼きが止まる。火照りも引いていく。


「即効性すぎるだろう!?」


 何が「結構強力な」だよ! 毎回謙遜しやがって!!

 絶対「超強力な」の間違いだろうが!!


「薬は即効性が一番でしょう?」


 なんて言って、ケロッと笑い退ける。


「っ……いつから、気付いてたんだよ」

「いや、そんなハァハァしながら、いやらしく触ってきたら気付くよ?」

「っう!! 謝ればいいんだろ!?」


 全然、誤魔化せていなかった!

 今度は恥ずかしさで顔が火照る。

 くそがっ!


「私、どうも腰触られるのは、弱くてさぁー。触られた時、悲鳴を上げそうになったよ」


 笑い話をするけれど、とんでもないことを言いやがった。

 つまり。コイツ。腰が性感帯か。


「そんなじっと見ても、触らせないよ?」

「もう正気だ!!」

「あはは」


 くそう。どうにかして、この夜の記憶を消してやりてぇえ……。


「獣人の発情期ねぇ……。ただでさえ、男の子は大変なのにねぇ?」

「撫でるな!」


 オレの頭を子どもみたいに、なでなでしてくる。

 それに飽き足らず、耳まで撫でつけてきた。


「もふもふするんじゃねぇ!!」

「あははっ。言いずらいとは思うけれど、また症状が表れたら言ってね。何個か保存して渡しておくけれど、ストックしてた方がいいでしょう?」

「なんでいちいちアンタに言わなくちゃいけないんだよ! レシピ教えろ!」

「いいけど、薬の調合は苦手じゃない。スクリタは」


 確かに調合は性に合わなくて苦手だ。

 彼女が新しく作った薬なら、余計難しいに決まっている。

 ぐうの音も出ねぇ。


「師匠に任せなさい、スク」


 師匠の前に、オレは……アンタを。


「はいはい、師匠。治まったし、オレは寝る。アンタも寝ろよ」

「ふぁあ、そうね。おやすみ、スク」

「……おやすみ」


 片付けをせずに、オレ達は寝室に戻った。

 ベッドに横たわったオレは、ポツリと口にする。


「……リリカ……」


 すると、バンッと扉が開いた。

 彼女だ。


「なんだよ!?」

「言い忘れてた! スクリタ、誕生日おめでとう!」


 心底ビックリしたオレのベッドに飛び込んできた彼女は、満面の笑みでそう祝ってくれた。


「今日はパーティーだね。から揚げ作っておくよ。じゃあ、いい誕生日を過ごしてね」


 ちゅっと額にキスをしては、彼女はオレの部屋をあとにする。

 取り残されたオレは、ぽっかーんとしてしまった。

 それから膝を抱えて、額を抑える。

 また身体が火照てきてしまった。

 発情期の勢いとは言え、彼女を抱き締めて、その上額だがキスをもらった。

 もうすでに、いい誕生日だ。

 たまらなく、嬉しかった。



 

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