16 お別れと訃報。


 予想通り、壊滅した村を根城にした盗賊だったので、ジェフが連れてきた騎士達に連行してもらった。

 料理人達とともに、料理を作っていき、そしてジェフも加えて盛大なお祝いをする。

 私達の師弟関係を祝して、乾杯。

 私以外は未成年なので、お酒はなし。精霊の森で採った果物を搾った飲み物で乾杯である。


 それから、一ヶ月が経つ。

 我が家は、賑やかなものだった。

 主に弟子達によって。


「今日はわたしと稽古するのよ!!」

「いいや! オレと狩りに行くんだ!!」

「ちょっと、引っ張らないでよー。じゃあ、私が分身の魔法を作るから……」

「本物はおれと新しい魔法を作りましょう!」

「本物はわたしと稽古よ!」

「本物はオレと狩りだ!!」

「分身の意味ないかな……」


 毎日飽きもせず、私の取り合いである。

 私の身体は、一つしかない。例え分身しても、本物の取り合いか。

 私は少し考えたあとに、にっこりと笑みになる。


「じゃあ、こうしましょう! エグジと組み立てる魔法を考えながら、皆で手合わせをしよう! もちろん、本気の魔法戦闘! 三対一でいいよ、私をねじ伏せた人の言うことを一つ聞くわ! 元気が残っていたら、狩りに行く! どう!?」

「「「……」」」


 嬉々として言ったけれど、弟子三人は身を引く。むしろドン引き。


「ほ、本気、ですか? リリカ師匠……」

「え、本気の本気かよ?」

「本気の魔法戦闘の手合わせなんて……早すぎます」

「あら、いつならいいの? 思い立ったのなら、すぐやりましょう! 私のモットーは、なぁに?」

「「「……思い立ったら、すぐ行動……」」」


 よろしい。師匠である私のモットーは、ちゃんと頭の中に入っているらしい。

 テンションが下がっているようだけれど、三人は魔法訓練広間に向かった。

 エグジは中心に、右にはアルテ、左にはスクリタが立つ。

 ここ一月で自然に決まった立ち位置だ。


「アイツ、オレ達に怒ってるんじゃないのか?」

「師匠をアイツ呼ばわりしないで」

「怒れば問答無用で殴る……」

「絶対に叩きのめされるじゃねぇか」

「本気で……」

「うん、本気の魔法戦闘……」


 ボソボソと、三人で何か話している。

 作戦を立てているのかな。


「あ。杖は置いておくね」

「「「!!」」」


 賢者の石をつけた杖を、宙へと浮かせる。

 三人の弟子は驚愕した。

 だって魔導師の最大の武器である杖を手放して、戦うと言うのだもの。

 驚きもするだろう。


「おい、本気の本気って言っただろう!」


 手加減されると思ったのか、スクリタが牙を剥き出しにした。


「手加減はしない。本気の本気」


 私はにやりと笑って見せる。


「先ずは装備なしの私に、勝ってるかなぁ?」


 ルンルンとした気分で、人差し指で招いた。

 手合わせ開始の合図だ。

 でも三人とも、ピクリとも動かない。

 顔色悪くして、冷や汗も垂らす。


「リリカ様。何かなさったのですか?」


 宙の杖に留まっていたエランが問う。

 私は手を差し出す。

 そこにエランが舞い降りて、納得の声を漏らした。


「膨大な魔力で支配ですか。流石です、天才魔導師リリカ様」


 私の膨大な魔力で、その場を支配している。

 箱の中に物をたくさん詰み込めて、身動き一つ出来ないようにしたようなもの。

 杖はなくても、これで十分。


「さて、音を上げるのは誰かなぁ?」

「やっぱり怒ってるじゃねーか!」

「ごめんなさい師匠!」

「怒っているんですか、師匠!」

「……本気は早すぎたかしら」


 三人は、泣きべそ状態だ。


「早すぎましたね」


 エランは頷くと、エグジの元まで飛んで肩に留まる。

 そこで、コンコンッとノックが響く。

 ジェフかシャンテだろう。

 この前は、ロゾが来た。また求婚しに会いに来たのだ。

 ちゃんとデートの誘いを書いた手紙を送ったらしいが、それはどこへやら。

 三人の弟子の世話で忙しいからと、帰ってもらった。

 諦めないぞ。そうロゾは、また笑い退けたのだった。

 ロゾは別だけれど、ジェフとシャンテには出入りを許可しよう。

 ジェフも一人でいつでも来れるように、転移魔法を習得した。

 二人が来る頻度は多い。いちいちノックされて出向くのは面倒だ。勝手に入ってもらおう。

 魔力の支配を解けば、三人の弟子は膝をつく。

 扉を押し開ければ。

 今日の訪問者は、ジェフだった。


「ジェフ、いらっしゃい」

「リリカ様。今日は手紙を届けに来ただけです」

「ロゾの手紙?」

「いいえ」


 私に差し出すのは、手紙だった。

 ジェフは、頭を左右に振っては否定する。


「ロゾ陛下から手紙が来る予定だったのですか?」

「ええ。この紋章は……クフリーラウス国のね」

「あなたへの求愛や求婚の手紙は、部屋に溜まっていますから、そこに紛れたのでは?」

「やだ、まだ届いていたの? もう……」


 政略的な求婚の手紙は、うんざりだ。

 この手紙もそうじゃないことを願う。しかし、クラウス陛下がそんなものを送りつけてくるわけがないと信じていた。


「……よくない知らせですか?」


 手紙を読んだ私の顔を見上げて、ジェフは気付く。


「うん、ちょっとね」


 私は手紙をしまって、後ろを振り返った。


「エグジ。立てる? クフリーラウス国の城に行くわよ」

「はっ、はいっ!」


 エグジは、よろっと立ち上がって、しっかりと返事をする。


「エグジだけですかっ? わたしは!?」

「オレは!?」

「お留守番してて。呼ばれたのは、私とエグジとエランよ」


 黒のローブを羽織り、私は杖を手にした。


「予定が狂ってごめんね。また明日、続きをしましょう」


 いい子にお留守番しててと言えば、二人はしゅんと大人しくなる。

 クフリーラウス国の城に仕えるあの最長年の魔導師。名前は、シュバン。

 ご高齢の彼はこの一ヶ月で弱ってしまい、もう長くはないらしい。

 私達に謝りたいことがあるからと、来てほしいとのこと。

 私は黄金色の煙のような魔力を舞い上がらせて、自分達を包み込む。

 そして、クフリーラウス国の城の前へ。

 クラウス陛下は出迎えると、すぐに魔導師シュバンの部屋へと案内してもらった。


「来てくださり、ありがとうございます。天才魔導師リリカ様」


 すごく疲れた声だけれど、優しい目で微笑む魔導師シュバン。


「そして、弟子のエグジ様、守護獣のエラン様。最期にお会いが出来て光栄です。もう起き上がる力がないので、このままで申し訳ありません」

「いいんですよ、無理はなさらないでください。座ってもいいですか?」

「はい、どうぞ」


 許可を得て、私は彼が横たわるベッドに腰を下ろす。

 エグジはそばにあった椅子に座って、膝の上にエランを乗せた。


「リリカ様は弟子を三人とったそうですね。私にも三人の弟子がいましてな、もう立派な魔導師になって誇りです。リリカ様もいつかそう感じる日が来るでしょう」

「そうだったんですか。私は弟子の三人に、自分に出来ることを成し遂げて欲しいと思っています。才能豊かなので、きっとすぐに誇りと思えると確信していますよ」


 私は穏やかに話しながら、首を傾げる。


「弟子達を気にかけて欲しいって頼むために呼んだのでしょうか?」

「いいえ、リリカ様。出来ればそうしてほしいですが、高望みは致しません。謝罪したいことがあるのです」


 弟子の話はついでか。


「弟子も立派になり、私にはこの世に未練はないと思ったのですが……一つ、あなた方に謝らなければいけないことがありまして」


 私とエグジとエランに、謝りたいこと。


「クフリーラウス国の魔導師達が、エグジに嫉妬していたことですか?」

「それも謝っていませんでしたか。失礼、申し訳ありません」

「冗談です。エグジも気にしてませんから」


 ほほっと笑うとシュバンさんは、私の手を取り握り締めた。


「大変申し訳ございません、リリカ様。エグジ様。エラン様。魔導書が盗まれてしまったのです。守護獣の創造の魔法を書き記した魔導書が」

「……あのレシピを、見ただけで書き記せたのですか?」


 シュバンさんの前でエランを作ったが、メモすら取っていなかったので、私は驚いてしまう。

 盗まれたことは置いといて。


「いいえ、私が理解出来た部分だけを書き記しました。半分以上は私の知識では理解出来ませんでしたので……わかる範囲と推測だけ」

「あなたってすごいですねー」

「ははっ、天才魔導師リリカ様に褒めていただけるなんて、私の魔導師としての才能は捨てたものではないのですね」


 いや、本当に感心してしまう。

 なんの説明もなしにてきぱきと調合していたのに、それを半分でも覚えて書き記す人がいたなんて驚きだ。


「あなたはとても優れた方ですね」

「謝罪をしているのに、この上ない喜びをくださるのですか? なんて慈悲深いお方なんですか……」

「本心を言ったまでです。……盗まれたとは? この城から?」


 シュバンさんは、深くため息をついた。


「ええ、お恥ずかしながら、この城に仕えていた魔導師の仕業です。行方をくらました。陛下が、捜索してくださっていますが、リリカ様達に申し訳なくて申し訳なくて……。半分だけとは言え、お二人が作り出した新しい魔法を漏出してしまったのです。申し訳ございません。本当に申し訳ございませんっ」


 取り乱すから、しわのある手を撫でる。


「大丈夫です。お気になさらないでください、魔導師シュバン。例え、レシピの全てを書き記せたとしても、私以外に使える魔導師がいますか? いいえ、いません。何故なら私は、天才魔導師ですかね。他に天才魔導師はいません」


 ふっふんっと笑い、私は自分の髪を靡かせた。


「だから、そうご自分を責めないでください」

「ああ、そのお言葉が聞けて、私は心から安らぎの眠りにつけそうです……。ありがとうございます、リリカ様。本当に、ありがとうございます」


 心の底から安堵をしたようで、シュバンさんは笑みを取り戻す。

 ポンポンッと手を叩いてあげた。

 そんな後悔を持ったままなんて、可哀想だ。

 全然全く問題ないと、伝えてあげた。

 そのあと、彼の三人の弟子が来たので、軽く挨拶を交わす。

 あとは、師匠と弟子達の最期の時間だ。

 別れを告げて、私達はあとにした。

 エグジは落ち込んだ様子で、エランを抱き締めている。


「大丈夫? エグジ」

「……はい。……」


 何を考えているのだろうか。エグジは黙った。


「私もいつかはエグジ達に看取ってもらうのかしらね」

「!!」


 エグジが驚いた顔を上げる。

 涙を込み上がらせるから、久しぶりに泣いてしまいそうだ。


「ごめんね、今は考えたくないよね。大丈夫だよ」

「う、ううっ。泣きませんっ。大丈夫ですっ」


 むぎゅーっ、と抱き締めてあげる。


「一つ、お聞きしてもいいですか? リリカ様。リリカ様が、その、いつか旅立つ時、自分も一緒に旅立つのでしょうか?」


 魔導師シュバンに遠慮して黙っていたのか、エランが口を開く。


「ううん。あなたの命は、私ともエランとも結ばれていないよ。誰かが死ぬことで、道ずれであなたが死ぬことはないわ」

「そうでしたか。教えてくださり、ありがとうございます」


 エランは、本当に礼儀正しい。

 スクリタに見習ってほしいものだ。言葉遣いについて、アルテとよく喧嘩している。


「……師匠。おれがもし不老不死の薬を完成させたら、飲んでくれますか?」

「あはは。じゃあその時は、エグジも飲んでね」


 冗談みたいに笑い退けたけれど、エグジは希望に満ちた瞳で見上げて来た。


「はいっ!」


 もしも、それを実現させたなら、いつまでも賑やかな毎日を過ごすのだろうか。


 後日、訃報が届いた。

 弟子達に見送られて、魔導師シュバンは息を引き取ったそうだ。

 葬式に呼ばれたので、私とエグジとエランで参列。

 魔導師シュバンの弟子の一人に泣きながら聞かれた。


「リリカ様なら、死者を生き返らせる魔法を作れますか?」


 私はこう答える。


「知っての通り、死者を生き返らせる魔法は、その人をアンデットに変えてしまいます。魔物のしもべであるアンデットになるだけです……。その方と取り戻せません」


 不可能だと、はっきり教えた。

 その弟子は踏ん切りがついたようだ。


「あなた様のおかげで、心安らかに逝かれました。本当にありがとうございます」


 そう泣きながら、笑ったのだった。



 

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