15 いつかの約束。



「大量大量!」


 当分の食料を確保出来たので、帰ろうとした時。

 木の精霊が呼び止めた。


「本当に大丈夫なのか?」

「何? 弟子のこと?」

「それもあるが……不老不死の薬の材料を採りに来た時、かなり泥酔していた」

「酔って来たのはごめんって……謝ったっけ?」

「そうではない。傷心して泥酔していただろう。副作用もわからないのに、それを飲むなんて……自暴自棄だ」

「ヤケ酒をしてたもん」


 木の精霊は私をじっと見ては、真剣に告げる。


「心配しているのだ。リリカ殿」

「さっきの見てたでしょう? 私には弟子が出来たよ。ヤケ酒はもうしてない」


 三人も弟子がいるのだ。ヤケでお酒に溺れたりしない。


「……では、森の酒はいらぬか?」

「もちろん、いただきます」


 精霊のお酒を、またもらえる。

 キリッと眉を寄せて、私も真剣な風に告げた。


「アルテ。歳はいくつ? 成人してる? 見た目は十六歳に見えるけれど」

「二十歳です。成人しています。でもお酒は飲んだことはなくて……」


 やっぱり、アルテは見た目通りの年齢ではない。

 それでも、私より年下。きっとあと十年は、そのピチピチの姿が変わらないのだろう。

 いやもしかしたら、百年かも。転生したら、不老長寿の生き物に生まれてみたいものだ。


「初めてのお酒が、精霊のお酒なんて運がいいね! 味見してみる?」

「お、恐れ多いです! 精霊様のお酒をわたしがいただくことは出来ませんっ」


 アルテがぶんぶんっと顔を左右に振った。

 木の精霊に、委縮してしまっているようだ。


「構わん。リリカ殿にあげたものだ。誰と飲むかは、リリカ殿が決める。一緒に飲んでいい」

「は、はいっ。精霊様。光栄です」

「うん、じゃあそのうち夜に飲もうね。アルテ」

「はいっ、師匠」


 アルテは、とても嬉しそうに笑った。

 初めて見たな、笑った顔。

 私は、なでなでと頭を撫でてあげた。


「ありがとうね。また来る」

「ああ、またな。リリカ殿、そしてその弟子達」


 三人を集めて、私は転移魔法を行使する。

 きらりと舞う黄金色のラメに包まれたあとは、神秘的な青白い家に帰ってきた。


「おい」


 スクリタが、声をかけてくる。

 しゃがんだかと思えば、頭を下げた。

 よく見たら、傅いているようだ。

 私はエグジに先に行くよう目配せをした。

 頷くとエランでアルテの背をつつき、キッチンへと向かっていく。

 二人になったところで、スクリタは口を開いた。


「天才魔導師リリカ。あなたに服従を誓う。どうか、このオレを弟子にしてくれ」


 弟子入りを頼む。

 スクリタと視線を合わせるために、私もしゃがんだ。


「スクリタ。なんでも言うことを聞くだとか、服従するだとか、簡単に言っちゃだめよ」

「簡単じゃねぇ! 本気だ!! 獣人の本能で掟だ! 強者に従う!! アンタはオレより強い! オレはアンタのように強くなりたい!!」


 赤い瞳は、真剣そのもので私を見つめる。


「……どうして強くなりたいの?」

「オレは魔族の子だ!!!」


 当たり前だろ、と言わんばかりの声を荒げた。


「親父を嫌っていたわけじゃねぇ! でも他種族と関わらないと決めた魔族どもには受け入れてもらえず! かといって魔族の血が流れたオレを獣人族も受け入れなかった!! もう誰にも虐げられたくねぇ!! だからオレは強くなりてぇんだ!!」


 魔族と獣人のハーフであるスクリタ。

 双方に受け入れてもらえず、虐げられてきたのか。

 だから、強さを求める。


「アルテとの話をどこまで聞いてた?」

「……は?」


 少し考えてから、私は確認した。

 なんのことかわからないように、間抜けな声を出すスクリタに教えてあげる。


「”英雄とは、できることをした人である”」

「……”天才とは、できることをした人である”。聞こえてたが、今それ関係あんのか?」

「私のように強くなったあとは、あなたは何するの?」

「! ……魔族や獣人族に復讐でもするって考えてんのか?」


 ギロリ、スクリタは睨んできたので、眉間に寄ったしわに向かってデコピンした。


「なんだよ!? どうやって魔法壁をすり抜けてんだよ!?」

「私は英雄を育てたいわけでもないし、天才を育てたいわけでもない。エグジには、美しい花が咲き誇れるようないい居場所を与えたい。アルテには、心からの安らぎを与えたい。そう思ったから弟子にしたの」


 私は頬杖をつき、首を傾げて、赤い瞳を見つめる。


「私はあなたに強さを与えるべきだと思う?」

「……違うのか?」


 わからない、と顔を歪ませた。


「私のように強くなるなら、何かを成し遂げてほしいって思ってしまったわ」


 にっこりと笑いかけてやると、戸惑った顔を背ける。


「オレは、英雄なんて……」

「英雄になれとは言わない。でも、何か、できることをやってほしい。うん! そうだ、それにしよう!」


 私はぴょんっと立ち上がった。


「私の弟子達には、ちゃんと自分の出来ることをやってもらう!」


 決定だ。

 いいルールが、出来た。


「スクリタ、あなたは強さを磨くよりも前に、怒りをなんとかしましょう。短気な癇癪持ち。身につけた強さで、他人を傷つけるだけだわ」

「……」

「さぁ、立って。末っ子弟子くん」


 末っ子の弟子だと呼んで手を差し伸べると、ぎゅっと手を握り返してくれたので、引っ張り立たせる。


「末っ子なのは認めねぇ」

「ほら、もうすぐ怒る。なんて怒鳴っても、エグジはあなたの兄弟子よ」

「ハッ! 十歳にもなってないガキを、絶対に兄とは呼ばねぇからな!」


 鼻で笑い退けると、荒々しく尻尾を振り回した。


「呼ぶ必要はないよ。敬意は示しなさい。確かに今は戦闘能力が、あなたの方が上だろうけれど、時間の問題よ」

「オレを超えるとでも? あのちんちくりんがか?」

「こら!」


 ぺしんっとまたデコピンをしてやる。


「いってぇな! なんで魔法壁をすり抜けて危害を加えられるんだよ!?」

「コツがあるのよ。いつか教える」


 むすっとふくれっ面をしたスクリタと一緒にキッチンに入ると、収納魔法に入れておいた野菜を二人で保存庫に入れてくれている最中だった。


「お肉はどれくらい残ってるっけ? エグジ」

「えっと、大鶏一匹分残ってますね」

「んー、足りないね。新しい弟子が二人も出来たんだから、ちゃんと盛大に祝わないとね」

「から揚げ! から揚げ!!」


 スクリタは私が作るから揚げに夢中らしい。腕を掴んでは、駄々っ子みたいに振ってきた。

 そんなスクリタが正式に弟子になったことを知り、ちょっと面白くなさそうな顔をするエグジとアルテ。

 でも反対意見を言わない。


「パーティーにから揚げは必要よね、わかったわかった。とりあえず、肉を調達してくる」

「えっ? お一人で行かれるつもりですか? おれも行きます!」

「わたしがついていきます! リリカ師匠!」

「狩りをするならオレがついていく!!」

「いいよ、留守番してて。買いに行くだけだし」

「おれが行きますよ!!」

「わたしも行きます!!」

「狩り!!」

「ぐえっ」


 ただの買い物なのに、ついていくと言って聞かない弟子三人は、ローブを掴んで私を引き留める。

 首がまた絞まる。

 私は一人で大丈夫と言いながら、進んでいく。

 玄関まで三人は私のローブを引っ張ったままついてきてしまう。

 玄関を開くと、そこにはジェフがいた。


「あれ、ジェフ」

「リリカ様! よかった、先程も来たのですが、出掛けていたのですか?」

「うん。精霊の森で食料調達してた。来るなら前もって言ってくれれば、すれ違わなかったのに」

「僕も今日やっと時間が取れたので、連絡できませんでした。でも会えました」


 ジェフは、ぱぁあっと明るく笑いかける。

 そんなジェフは、一人じゃない。後ろに食料を持った料理人らしき人達が揃っていた。


「精霊の森で食料を調達したのなら、これは不要でしたか。そろそろ食料が底を尽きるかと思い、運ばせてきたのですが」

「ううん! ナイスタイミング! 弟子が三人になったから、盛大に祝おうと思って調達しようとしたの。精霊の森では野菜をもらってきたけれど、お肉とかはまだもらってないから、嬉しい」

「弟子が三人? 正式に受け入れたのですか……」


 弟子が三人になったと聞いて驚いたように目をぱちくりするジェフ。

 私のローブを握ったまま放さない三人を振り返ってみれば、じろりとジェフを見えていた。


「入っていいよ、ジェフ」


 とりあえず、玄関前に王子を立たせたままではいけない。

 中に招き入れた。


「おじゃまします、リリカ様」


 ジェフが我が家に足を踏み入れる。


「外から見て思ったのですが……まるで勇者一行召喚の祭壇ですね……」

「神秘的で素敵でしょう?」

「……はい」


 少し心配した眼差しを向けてくれるけれど、私は明るく笑った。

 少し安心したような笑みを返すジェフは、荷物を持った人々を中に入れようとする。

 しかし、アルテとスクリタが立ちはだかった。


「入らないで! ここは天才魔導師リリカ様とその弟子の家! 許可もなく入ることは無礼です!」

「荷物は運ぶ! さっさと渡せ!!」

「こらこら」


 物取りみたいじゃないか。

 護衛としてついてきた騎士達が剣を握ったから、二人は戦闘態勢に入る。

 いけない子達だ。


「ごめんなさい、運んできてくれたのに。まだしつけがしてなくて」


 杖を二人の首元に当てて、ぐっと押し付けて絞める。

 二人は、早々にギブアップ。


「でも入る必要はありませんよ。おれが運びます」


 二人の間を押し退けて、エグジが玄関を出た。

 一番の年下なのに、いい子である。


「いいかな? ジェフ」

「はい。帰っていいですよ」


 ジェフは、お付きの者達にそう告げた。

 王子の護衛についてきたが、私がいるので、騎士達は安心して任せるつもりらしい。

 しかし。

 

「ぐあっ!」


 矢の雨が降ってきて、騎士や料理人が倒れ出す。


「全部奪え!!!」

「「「うおおおっ!」」」


 階段上から、野太い声を上げる輩が見えた。

 盗賊かしら。

 私は杖を引いて、ジェフが連れて来た全員を中に吸い込むように入れた。

 そして、扉を閉じる。


「ジェフ、ちょっと待ってて。アルテ、怪我人の治療出来る?」

「はいっ!」

「スクリタ」

「おう!」

「大人しくしてて」

「なんだと!?」


 アルテとスクリタに指示をしたあと、私はエグジの肩に手を乗せた。

 そして、転移魔法で外に出る。


「エグジ。魔法壁はちゃんと用意しているね?」

「はい!」

「じゃあ、魔法で戦う実践をしましょう」

「わかりました、リリカ師匠」


 移動した先は、階段上。盗賊達の背後。

 エグジに実践をさせるには、いい機会。

 かなり緊張した様子だけれど、エグジは挑む。

 初めての実践で、後ろから襲撃させては悪い。

 私は杖を地面にドーンッと叩きつけて、音を響かせた。

 注目を浴びて、私は微笑みを向ける。


「私の客人を狙うとは、大胆ね。どこかの盗賊? 壊滅した村があるって聞いたけれど、そこを根城にしているのかしら?」

「魔法使いだ!! 呪文を唱える前に倒せ!!」

「魔法使い? 古い人ね。今は魔導師って言うんだよ」


 昔は魔法使いと呼ばれていたらしいが、現在では魔導師と呼ぶことが常識。

 古い人だと思ったけれど、年齢はせいぜい五十前だろう。

 その男性が盗賊の親玉らしく、指示を下す。


「天才魔導師リリカとその弟子エグジがお相手します」


 演技かかった風にお辞儀をして見せて、始めさせた。


「”――トォノド・ショック――”!!」


 両手を突き出して、エグジは雷属性の魔法を放つ。

 その衝撃波は、広がっていき、二十人近くの盗賊は感電した。

 バッタッバッタンと倒れていく。

 これでよかったのかと、エグジは私を不安げに振り返る。

 死んだ人はいないみたいだ。

 私はナイスコントロールをしたと、笑みでうんうんと頷いて見せる。

 エグジの視線が、後ろにずれる。気配がしたので、私も振り返った。

 藍色の煙をまき散らして、魔王シャンテが姿を現す。


「シャンテ」

「リリカ様」

「見逃したわね、初めての弟子が初めての戦いをしたところよ。ん? コートに穴が開いてるわ」


 いつものように黒いコートに身を包まれていたが、裾が穴だらけだ。

 杖を手放して、私はコートに触れる。ちょっと乱れてもいたので、襟と整えてやった。

 埃までついているので、肩をぽんぽんっとはたいてやる。


「仕事してから来たの? 手荒くしてたの?」

「申し訳ございません、身なりを整えてから入るつもりでした……」

「毎日来なくていいのに。ああ、アルテは起きたよ」


 少し頭を下げるシャンテが毎日来る理由は、アルテにあると思い出す。


「エルフの少女の名前ですか?」

「弟子になったよ。三人も弟子が出来たから、盛大に祝おうと思って。ジェフも来てるから、参加する?」


 シャンテは、固まった。


「私めを……招待、してくださるのですか?」

「そうだよ? 元はと言えば、弟子を取ることを提案したのはあなただし、三人のうち二人を推薦したのはあなたじゃない」

「……食事を、魔物である私と、してくださるのですか?」

「ええ、そうだけど?」


 変なこと言ったかしら。

 確認をするシャンテは、私の右手を取ると、微笑んだ。


「嬉しいです、リリカ様……」


 イケメンが微笑むとは、やはり眼福。

 いい顔をしているなぁ、としみじみと思っていた。

 赤をとり囲う青色の瞳は、なんて表現をすればいいだろうか。

 うっとりしているような眼差しだ。

 私に心酔しているのかしら。


「リリカ師匠……」


 不思議な瞳を見上げていれば、エグジに呼ばれた。


「あ。”――ショックザノド――”」


 私は盗賊のことを思い出して、杖を掴んで、ぽんっと雷属性のデバフを放り投げる。

 痺れさせて動けなくさせておく。


「私にもかけた魔法ですね……リリカ様」

「覚えてた?」

「もちろんです。リリカ様と会った日を忘れるわけがありませんから……」


 シャンテが傅いた。


「招待をありがとうございます、リリカ様。しかし、私が参加してはせっかくの祝いの時間を台無しにしてしまいますので、遠慮いたします」


 長く太い親指が、私の手の甲を撫でる。


「んー、まぁ、アルテが暴れかねたいものねー」


 まだ復讐心がおさまったわけではないので、一緒に食事なんて無理だろう。


「代わりとはなんですが……リリカ様がよろしければ、私の城で食事をしませんか? いつか……二人きりで」


 私は吹き出して笑ってしまう。


「魔王の城で、二人きりで食事?」

「……はい。いつかでいいのです。約束をしましょう」


 イケメン魔王に食事に誘われた。

 神奈ちゃんがいたら、一緒にはじゃいだだろう。


「いつか、なんて言葉は好きじゃないのよ」

「……しかし、弟子が三人も出来たのです。きっと、これから多忙な日々になるでしょう。あなたの負担にならないために、時間が出来たらでいいのです。どうか……約束だけでも」

「……」


 思い立ったらすぐ行動がモットー。いつか、なんて後回しな約束は、あまり好きではない。

 でも、今食事に行くとは言えないので、それにシャンテの言う通り、当分多忙になるだろう。


「わかった。約束ね。人間が好む食事を用意しておいて」

「……はい、リリカ様。ありがとうございます……約束ですね」


 手にした私の手の甲に、シャンテは自分の額を重ねた。



 

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