13 木の精霊の森。
それから、三日経った。
何度かエルフの少女の部屋に入っては、食事を持って行ったが、手付かず。そもそも起きた形跡がない。
エルフの少女は、眠り続けている。
本当に寝ていなかったのだろう。
不老長寿の妖精さんだから、心配は必要ないだろうけれど、やっぱり食事はしてほしいものだ。
スクリタの方も、大人しいまま。
大半は貸している部屋で寝てばかりいるが、朝昼晩の三食をたいらげる。結構な量を食べるので、私も作り甲斐があった。
エグジが身の回りの世話をしたいと言っていたが、料理も学ばなければ作れない。
私も多くの料理を作れるわけではないので、これからも学ばなければ。
エグジの師匠なので、魔法を教えながら日々を過ごす。
シャンテも毎日やってきて、少女を気にしていた。また私に刃を向ける気なら、捨てに行くつもりらしい。
大丈夫だと、私は背中を押して追い出した。
朝食を運んだ朝。
少女が起き上がっていた。
「おはよう! お腹空いたでしょう? 食べる?」
「……」
笑いかけて、ベッドサイドテーブルにトレイを乗せる。
けれど、少女はぼんやりしていた。まだ眠気が残っているようで、反応がない。
でも、キュルルルッと小さな腹の虫が鳴る。もちろん、少女のお腹からだ。
おずっと動き出して、サイドテーブル上の食事に手を付け始めた。
ハーブを添えたスープ。空腹には、まずそれがいいだろう。
「あなた、五日も寝たままだったよ」
「……五日、も……?」
か細い声で、驚く。
「ずっと眠ってなかったんでしょう? 睡眠は大事だよ、頭が回らなくなるからね」
ついつい、ぽんぽんっと頭を撫でてしまう。
嫌っている相手に頭を撫でられては、また怒り出すだろうか。
少女は怒らなかった。
ポロッと涙を落とす。
あ。泣いた。
静かに、涙を流すだけ。
親指でそっと拭ってあげると、少しビクッとして顔を俯かせた。
「……少しは安らげた?」
「……」
少女は、頷く。
「そっか」
よかったね。と笑いかける。
ぐすっと鼻を啜りながら、少女は食べ続けた。
「名前は?」
「……アルテ」
「アルテ。今日は出掛ける予定だけど、一緒に外の空気吸いに行く?」
「……」
提案にすぐに返事をせずに、少女アルテは顔を上げて、周囲を見回す。
神殿のような神秘的な青白さを放つ壁の部屋。
「あ、ここは五日前に作った我が家だよ。キャロッテステッレ国の東の最果て」
「……?」
よくわからなそうに、首を傾げたけれど、質問することなくスープを飲み干した。
「今日行くところは、精霊の森」
「……え……?」
少女はポッカーンとした顔で、目を瞬かせた。
「いい野菜やハーブをもらいに行くんだ。食料調達。人手は多い方がいいから、ついてきてくれる?」
少女はまだポッカーンとしたまま。
でも、私は明るく笑いかける。
「精霊の森で育った野菜は、絶対美味しいよ!」
先ずは私も腹ごしらえをしなくてはいけない。
エグジ達と朝食をとってから、私の転移魔法で精霊の森へ向かった。
「ここが、木の精霊様の……森……」
巨大な木々が生い茂った森の中に立つと、アルテは少し顔色を悪くして見上げている。
まー、ここは普段立ち入りを嫌っていて、誰も入ってこれない森だ。
初めてだし、恐れ多いのだろう。
確か、エルフは木の精霊を神様のように慕い崇めていると聞いたことがある。
エルフであるアルテだけではなく、一緒に連れて来たスクリタも尻尾を足の間に入れて委縮していた。
エグジも私のローブをしっかりと握ったまま、離れようとはしない。でも好奇心に満ちた瞳で、周囲を見ている。
そこで、白鯨が飛んできた。
のっそりと宙を泳ぐ白鯨は、身体に咲かせた花の花びらをひらひらと落としては、通り過ぎていく。
少年達は、呆気にとられたようだ。口をあんぐり開けたまま、白鯨を見送った。
「木の精霊に会いに行こー! 勝手に採ると怒られちゃうからね」
「あ、ああ、あのっ! 本当に、入っても、大丈夫、なのですか?」
「ん?」
がしっとローブを掴んだのは、さらに青ざめた顔のアルテ。
「えへへ、許可は取ってない」
笑ってから、キリッと眉を寄せて、言い退けた。
アルテの顔色がさらに悪くなる。なんか失神しそう。
大丈夫か。
「だから、離れないようにね。気難しい木の精霊の森の猛獣に食い殺されるかも。さっきの白鯨は大人しい方だけれど……あ、魔物を一飲みしてたっけ」
がしっとまたローブを掴まれた。
獣耳をぺしゃんと垂らしたスクリタだ。
三人仲良く私のローブを掴んじゃって……。
「よし、許可をもらいに木の精霊を探そう!」
ふんわり。ふんわり。ふんわり。
歩き出すと、森クラゲの群れに行く道を阻まれた。
水色にうっすら光る半透明な身体をふわふわ浮かせて、横断していく。
通り過ぎたところで、再び歩き出す。
「わっふん!」
目の前から、駆け寄ってくる生き物を見付ける。
人よりも大きなワンコが来た。
ゴールデンレトリーバーみたいな長い毛を持った茶色のワンコは、遊んでと言わんばかりに尻尾を振るお尻を上げて、構える。
「おーよしよし! いい子だねー!!」
私は両手で、もふもふした。
顔を包み込み、こねくり回す。
ワンコは気持ちよさそうに目を閉じた。
ふと、なんだか圧を感じると振り返ってみる。
じーっとぉおお。
赤い目でじっと見てくるスクリタだ。
圧が。圧がすごい。
「どうかした? スクリタ。あ、撫でて欲しいとか?」
「はぁ!? もふもふされたいなんて思ってねー!!」
もふもふされたいのか。
スクリタの口から「もふもふ」の言葉が出てきたことに笑ってしまう。
「よし、ワンコくん。君の森の主のところまで、連れて行ってくれないかな?」
「わっふん!」
尻尾を振りながら、ワンコは先導してくれた。
森を進んでいくと、三匹の大きなイタチみたいな生き物が四足歩行で追いかけてくる。
それから、頭上を飛んでついてくるのは、フェニックスみたいな姿をした真っ赤な鳥。子ども達も連れている。
「ねぇ! あなたの羽根、少しもらえないかしら? お子さんの羽根も一枚ずつ欲しいわ」
私が声をかけると、真っ赤な鳥はワンコの上に降り立つ。
そして羽根を分けてくれたので、持参してきた袋に入れた。
「ありがとう、助かるわ。綺麗な羽根ね、美しい炎みたい」
褒め言葉を受け取ると、真っ赤な鳥達は飛び去って行く。
「師匠、なんで意思の疎通が出来るのですか? あなたの言葉を理解している……」
「ふふふ、それはね、エグジ。私がこの森の住人に愛されているからだよ」
「流石師匠ですね!!」
ちょっと冗談をかましたけれど、エグジは間に受けた。
愛されるほどの要素があると、エグジは思っているのか。
「無知なガキめ。魔法だ。言葉を話さない動物や妖精と意思の疎通を可能にしている」
そんなエグジに、スクリタが噛み付くような声で言った。
むっすーっとエグジはふくれっ面をしては、私を見上げる。
「あはは、冗談。そうだよ。スクリタの言う通りそんな魔法もある。でもほら、私異世界から召喚された人間でしょう? 不便なく、この世界の住人と言葉を交わせるように魔法がかかっているんだよ。人が喋るみたいにはっきり言葉がわかるわけじゃないけれど、なんとなく理解し合えるんだ」
怒らないでーっと、くしゃくしゃと頭を撫でてやった。
「……そうでしたか」
エグジはふくれっ面をやめて俯く。
「異世界召喚された勇者一行は、人類最強の選ばれし者だと聞いた……。アンタは完璧な魔力回復薬を作ったり、今まで存在しなかった新しい生き物を創造する魔法も生み出した」
「新しい生き物を創造する魔法?」
「ガキの肩にいる生き物だ」
「幻影とかではなくっ? 創造した生き物!?」
エグジの肩に大人しく留まっているエランを、アルテは幻影の魔法か何かだと思ったらしい。
スクリタから聞いて、驚愕していた。
「ああ、エランは守護獣っていう生き物だよ。ちなみに、思いついたのはこの子。エグジだよ。一緒に作った」
「リリカ師匠はこう言いますが、厳密にはおれは手伝っただけ」
エグジを紹介がてら、頭を撫でくり回して見せる。
エグジは謙遜した。
「そして、リリカ様は自分に声をくださった」
「!」
エランが口を開く姿を見るのは初めてだったようで、びくっとアルテは震え上がる。
「礼儀正しい子だよ、エランは。これから大きくなる予定」
そんなびくつかなくても、エランは礼儀正しいと教えてあげる。
「最初は赤ちゃんとして生み出した方が、互いに負担は少ないと思ってね。エグジが幼い姿を想像して作った。でも最初から、理解していたのよ。私が生みの親だってことも、エグジが守るべき友だってこともね。頭がいい、全く誰に似たのかしら」
ふふんっと、鼻を高くした私は、自分の髪を掻き上げては靡かせた。
「わっふん!」
ワンコが急に走り出す。遠くまで行ってしまう。
「ん? 案内終わり?」
「天才魔導師リリカ殿」
「木の精霊さーん! こんにちはー!」
「今日は酔っていないようだが……何故他の者を連れている?」
木彫りでイケメンを作ったような巨大な姿が私を覗き込み、そしてじとりっと見下ろしてきた。
「ああ、紹介するね。この子はエグジ、私の弟子だよ。それからアルテと、そしてスクリタ。……ええっと、弟子候補」
私のローブを掴んでいる三人を紹介。
木の精霊は、じとりと見たまま。
「だからなんだ?」
「今日はね、食料調達に来たの。おねがーい、三人にも滞在の許可をちょうだい」
「……」
「ください」
「はぁ……」
言い直すと、ため息を落としてきた。
爽やかなグリーンの香り。
「泥酔しながら不老不死の薬を作りに来たあとは、弟子を連れて食料調達か……。リリカ殿、その弟子達には恩はないが、荒らすようなことをしなければ許可しよう」
「ありがとう!」
私は満面の笑みでお礼を言う。
「不老不死の薬……? 今そう言ったよなっ?」
「不老不死の薬を作ったのですか!?」
「お、おおっ、首絞まるっ」
スクリタとアルテが引っ張るものだから、ローブの紐で首を絞められた。
「エグジと会った日の前だよ。ちょっと酔ってて」
「精霊の酒を六杯飲んで泥酔していた」
「誰かが不老不死の薬も作れるかって言い出したから、私もレシピを思いついてさ、作った……はず」
「覚えていないのか?」
「いやあー。作って飲んだ形跡があったけれど、全然覚えてなくてさー」
ケラケラと笑い退けて、私は三人に話す。
「飲んだのか!?」と木の精霊が声を上げた。
遅れて、三人も「不老不死の薬を飲んだ!!?」と声を上げる。
……仲いいな。
「うん、飲んだみたい。作って飲んで、寝ちゃったみたい」
「リリカ師匠は不老不死なんですかっ!?」
「いや、残念ながら失敗したみたい。身体に異変なし。まぁいいよ。別に不老不死になりたい願望があるわけじゃないからね。ぴちぴちの十六歳なら考えたけれど」
冗談を言いながら、エグジに答えた。
「思いつきで不老不死などの薬を作ろうとするのは、今後やめてほしい。人の食料はこちらにある」
「ええー? 約束出来なーい」
「はぁ……」
木の精霊は案内を始めてくれたので、歩いて追いかける。
「トウモロコシある? 私、コーンクリームシチューが食べたい」
「あるぞ。持っていけ」
「わーい、じゃあ当分の食料をいただきます!」
ルンルンとはしゃぎつつ、私は弟子と弟子候補達と食料を採らせてもらった。
色んな場所から、新鮮な野菜やハーブをもらう。
木の精霊は、見張るようにずっと見ていた。
だからなのか、アルテとスクリタは委縮したまま。でも手伝ってくれた。
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