12 一対一の勝負。
翌日は、エランの声を与える魔法を作った。
一晩中考えを巡らせていたから、すぐに出来上がる。
パズルのピースをはめるだけだったもん。
「母上様。命を与えていただいた上に、声まで授けてくださり、誠にありがとうございます。どう感謝をすればいいか、見当もつきません」
エランの声は、落ち着いた若者の声だった。
でもちょっと俯瞰しているような、大人さを感じ取れる口調に、私はエグジと顔を合わせてしまう。
「変な声でしょうか?」
自分の声に自信をなくすから、笑い声を上げてしまった。
「いやいや、イケボだよ! まだ生まれて一週間だから、そこまで言葉を話すのは予想外! あはははっ! ……母上様はやめて、真面目に」
大笑いしたけれど、母上様呼びは却下しておく。
なんか急激に老けた気がしてならない。
「自分の生みの親を、どう呼ぶべきか教えてください」
「神奈ちゃんがいたら、イケメン紳士だってはしゃいだだろうなぁ。そうだね、私のことは……凜々花様でいいよ。皆そう呼ぶし」
「わかりました、リリカ様」
「エグジのことは、何て呼ぶの?」
片方の翼を胸に当ててお辞儀をするエランは、エグジをどう呼ぶのだろう。
エグジ本人も興味津々だ。
「エグジです。我が友、エグジ」
エランは優しく目を細めた。
なんだ、普通だった。いや、普通でいいんだけれども。
二人の友情は確かなもので、私はなんだか微笑ましくなった。
コンコン。
扉を叩く音が、耳に届く。
「初訪問者だ!」
私はニッと口角を上げた顔を、エグジとエランに見せてから、私は訪問者を出迎えに行った。
「天才魔術師凜々花とその弟子の我が家へ、ようこそ!」
両手を広げて歓迎したけれど、そこに立っていたのは魔王シャンテだ。
「シャンテ。誰にここを聞いたの? ま、いいけど。初訪問者だよ、ようこそ我が家へ」
「……これからは、ここに住まわれるのですか? リリカ様」
私はいないとキャロッテステッレ国の城を追い返されたのだろうか。
玄関に立ったまま、シャンテはじっと我が家を観察した。
「私には魔力感知能力があります。リリカ様の魔力は、もう記憶しています」
「魔王城から、ここまで魔力感知出来るの? へぇ? 私の居場所はいつでも探せるわけ?」
「……そうです」
それは、初耳だ。
「それって、すっごく、気持ち悪い」
そう言ったのは、後ろに立っていたエグジだった。
肩には、エランを乗せている。エランはじとりと見ていて、歓迎していないみたいだ。
魔物だもの。しょうがない。
シャンテも、慣れっこだろう。
「シャンテ! 我が家を案内するよ!」
「……はい、ぜひ」
シャンテの手を掴んで、中に入れる。
ドゴンッ!
物凄い音が響いた。どうやら、二人のどちらかがようやくお目覚めのようだ。
「ごめん。眠れる弟子候補が目覚めたみたい。エグジ、代わりに案内して」
「はい……師匠」
「……」
シャンテの手を放すと、逆に掴まれた。
「リリカ様。あのエルフの少女は、大丈夫なのですか?」
「んー、さぁ? どっちが起きたか、確認してくる」
「……大丈夫ではないのなら、元の場所に戻します」
「それは私が判断しますー」
責任を感じてくれているようだが、それを判断するのは私だ。
シャンテの手をそっと退けて、私は右の扉から廊下へ行った。
起きたのは、魔族と獣人のハーフの少年スクリタ。
「出せ!!!」
暴れている。でも魔法結界がちゃんと働いてくれているらしい。寝室の扉は壊れなかった。
怒声が響いたあとは、ドォンッとまた大きな音が轟く。
「暴れないって約束するなら、部屋から出すよ」
扉越しに、声をかけた。
「約束しねぇ!!」
「ふむ、正直ね」
「オレと戦え!!」
「なんで?」
「オレが勝ったら自由にしろ!!」
「私が勝ったら?」
「お前の言うこと、なんでも聞いてやる!!」
なんでも言うことを聞くなんて、簡単に言ってはいけないと教えてあげたい。
「スクリタ。名前間違ってないよね?」
「……ああ」
「撤回はさせないからね」
「当たり前だ!!」
私は杖をコンッと扉に当てた。
三つの魔法の陣を露にして、回転させる。
カチカチと鳴っては、カッチーンと施錠が外れる音が響く。
鍵は開けた。
「ぐるるるぅ」
寝室の扉を開ければ、獣耳の少年が立っていて、唸りながら私を睨みつける。
少年の後ろに見える部屋を覗いてみれば、別に変った様子はない。
扉も焦げてすらもいなかった。
「じゃあ、戦おうか」
私は魔法訓練広間まで案内する。
エグジとシャンテは、まだいた。
「……がるるるっ!」
シャンテを見て、スクリタは毛を逆立てて威嚇する。
下がって、とシャンテに手を振った。
指示に従うシャンテは、壁まで下がる。
「エグジ。魔法防壁を展開して、シャンテと傍観していて」
「はい、リリカ師匠」
念のために、魔法防壁を張らせておく。
魔法壁は、攻撃を受けた時に発動するもの。
魔法防壁は作った時から防ぐ壁のことだ。
睨んでいたスクリタは、戦う相手である私と向き直る。
「勝負開始。先手をどうぞ」
静かに、勝負を始めた。
鋭利な爪のある手を突き付けて、スクリタは唱える。
「”――ソラカルド――”!!」
橙色と赤色の火炎放射が放たれた。
辺り一面は灼熱にさらされたが、私自身は一枚目の魔法壁が守ってくれる。
「”――ヨギア――”!!」
熱にさらした次は、氷柱を放たれて、一枚目の魔法壁を粉砕された。
もう私を守るものはないと思ったのか、飛びかかってきたが、二枚目の魔法壁が発動する。
拳は二枚目が防ぐ。防弾よりも硬い壁を殴ったのだ。痛そう。
「っ! ”――ヴォオ――”!!」
なんて思っていたら、目くらましの魔法で目の前を闇にされた。
闇の煙を杖を一振りして払ったあと、杖の先で狙いを定めて放つ。
「”――リラーレ――”」
光属性の魔法の球体を放つ。
スクリタの魔法壁が防ぐ。
「”――ソラレエスプロ――”」
自動連射魔法を設置。光の弾丸を連射させて、スクリタの魔法壁を壊した。
守るものがなくなり、三方から飛んでくる弾丸を避けるために、獣人のスピードを生かして駆け回る。
私に体当たりをするけれど、私にはまだ二枚目があった。やっぱり痛そう。
悪いけれど、痛がっている彼のお腹に杖を叩きつける。
スクリタは、蹲った。
「ぐっ!」
でも視線は私が設置した自動連射魔法を見ている。
停止させた。弾丸が私の方へ飛ばないためだ。
狙ってきたのだろうが、残念でした。
すると、黒い煙が噴射するように現れて、スクリタを覆い隠す。
さっきのような目くらましの魔法ではない。
変身だ。
目の前に、巨大な狼が現れた。
「”――リズヴェーリョン――”!」
身体能力強化?
ただでさえ、強そうなのに。
「”――バースト――”!!」
体当たりとともに、爆発の魔法を発動させて、二枚目の壁を壊した。
赤い瞳で私を見下ろすと、四本足で身構えて、そして飛びかかってくる。
しかし、三枚目の壁が発動して、衝突。
「キャン!」と巨大な狼は、弾むように後ろへ飛んだ。
「ちくしょう!! 何枚張ってやがる!?」
「んー? 三枚かな?」
私は杖をバトンのように回しては、曖昧な回答をする。
「ふざけやがって!! ”――ブルチャバースト――”!!」
魔法の陣が二つ、狼の左右に現れた。
その魔法の陣から、火花が零れ落ちる。
「その姿で魔法を使うのは、とてもかっこいいわねー。でも後ろ、がら空き」
パチン、と指を鳴らして、設置したままの自動連射魔法を再び動かす。
光の弾丸が大きな的にぶつかる。
「ぐあっ!!」
「魔法壁を壊されたら、張り直した方がいい」
「くそがっ!」
魔法陣は、自動連射魔法に向かった。
そして赤い炎の爆発を起こす。私の魔法は壊された。
でも光の弾丸は、彼を傷付けた。
よろっとしながらも、スクリタはまだ私を睨みつける。
「一人で戦うなら、なおさら。防御は高い方がいい」
「”――ヴォオ――”!」
また目くらましで闇を作り出した。
私は肩を竦めたあと、トンと杖を床に叩きつける。
転移魔法。移動先は、スクリタの真上。
スクリタの背の上に着地した。
「わぁ、乗り心地最高」
「なっ!? 乗るな!!」
「どうどう」
「馬じゃねぇ!!」
黒い毛をしっかり握って、私は暴れる巨大な狼から振り落とされないようにする。
「こらこら、傷口が広がる」
「降りやがれ!!」
「全く。おすわり」
「キャン!!」
両手で握った杖を、思いっきり振りかぶっては叩き落した。
また頭を叩かれた巨大な狼は、おすわりではなく、伏せをする。
魔力を軽く流せば、変身した。少年の姿。
私はその背中に跨った状態。
だけれど、降りることなく、背中の傷を診る。
「ううぅ」
「私の勝ちね。傷を治すから、じっとして」
治癒を施したあとに、私は立ち上がった。
スクリタも、起き上がる。
「なんでも言うこと聞く約束ね」
「っ! ああそうだ! 早く言いやがれ!!」
すごく悔しそうに顔を歪ませたスクリタは、負けを認めて、私の言うことを待つ。
「よろしい。じゃあ、朝食を食べましょう、一緒に」
私は手を差し出す。
「……は?」
スクリタは、真っ赤な目を見開いた。
「朝食。腹が減っては苛立ちもするよ。お腹を満たしましょう。一緒に食べるの」
「……オレを、弟子にするとか言い出すかと」
「そう言ってほしかった?」
意外そうに驚いているスクリタに、私は首を傾げる。
「だって、王に頼まれてたじゃねーか」
「頼まれたけれど、師弟関係を結ぶかどうかは互いが決めることでしょう? 嫌々なっても、互いに面倒じゃん」
「そう、だけど」
「ほら。私お腹空いてるの。食べましょ」
早く手を取って、と手を振って急かす。
スクリタがぽかーんとした顔をしたけれど、私の手を取って立ち上がった。
シャンテは遠慮して帰っていったので、私とエグジとエランとスクリタで食卓を囲み、朝食をとる。
スクリタは黙り込んだまま。ずっと大人しかったけれど、ちゃんと朝食を食べてくれた。
「ねぇ、スクリタ。あなた、無知な人間どもめ! って昨日叫んでたけど、どういう意味?」
「は?」
エグジに食器を片付けてもらい、私はスクリタに質問する。
声真似、似てなかったかな。
スクリタはエランを目で追いかけて、心底怪訝な顔つきをしている。
「ほら、魔物を作った魔族だとかなんとか騒いでいたやじ馬に向かって言ってたよ」
「ああ……。……魔族は魔物を昔手なづけていただけで、創造主じゃねぇよ」
「そうなの? 魔族本人が言うなら信憑性あるね」
「……それ」
「ん?」
「それ、何」
それ。
私がクッキーを与えているエランのことだろう。
「守護獣エラン」
「守護獣? 聞いたことねぇ」
「私と弟子のエグジで創造したからね」
目玉が飛び出してしまいそうなほど、スクリタが目を見開く。
「嘘つくな。生き物を創造する魔法なんて」
「嘘ではない。自分はこのお方に命をいただき、そしてついさっき声をいただいた存在」
エランが口を開くと、スクリタはガタンと椅子から立ち上がった。
エラン、私にしか敬語使わないのかしら。
「……つい、さっき?」
「うん。本当は昨日あげたかったけれど、君達が来たからこの家を急いで作って、朝食前に喋れる知能をあげたの。もちろん、魔法でね。ほら、植物や生き物に一時的に言葉を話せるようにする魔法があるじゃん、それを改良して」
「ハッ!」
スクリタは私の言葉の途中で、笑い飛ばした。鼻で。
「この家を……作っただと? 昨日? 喋れる知能を与える魔法を作って……それでオレと勝負して勝った?」
確認するように繰り返すから、私は間違いがないかと少し考えてから。
「ええ、そうよ」
「ハッ!」
また鼻で笑い飛ばされた。
「理解が追いつかねぇ……。……寝る。ベッド、使っていいんだよな?」
「どうぞー」
よろよろと頭を押さえたスクリタを見送り、私は食べかけのクッキーを「はい、あーん」とエランに食べさせてあげる。
くちばしだから、ポロポロとクッキーの残骸がテーブルに落ちた。
エランは気にしたようで申し訳なさそうな顔をする。
いいのに。可愛いなぁ。
私は、指先でエランの小さな頭を撫でた。
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