06 真っ赤な火花。
精霊のお酒を飲み干して、不老不死の薬を作ろうとして失敗したらしい、翌日。
現魔王シャンテが、弟子候補を見付けたと報告してきた。
「弟子? それは何の話だ?」
そばで聞いていたオーガの王ロゾが、聞きたがる。
「私、弟子を取ることにしたの」
それだけを言う。
異世界に帰してもらうために弟子を育てると言えば、きっと面倒なことになるに違いない。
ロゾは、私を引き留めるだろうから。
「天才魔導師に弟子? それはどんな者か気になるな。オレも行こうとしよう」
「暇じゃないでしょう、ロゾ陛下。仕事に戻ってください」
私は丁寧にお辞儀をして、部屋の外へと行くように促した。
「今日はリリカのために、時間を用意したのだ。デートをしようではないか」
「そういうのは、あらかじめ相手にも教えてくれなくちゃ……」
「どうせ断るだろう」
「じゃあ断ります」
「ちぃ。とにかく、ついていく」
何故かロゾは、隣で傅くシャンテを睨みつける。
「行きましょう、リリカ様」
オーガの王の睨みを、シャンテは気にした様子もなく、ただ立ち上がった。
「お待ちください、リリカ様。体調が優れないのでしょう?」
「紅茶を持ってきてくれたから、大丈夫。ごめんね、もう酔い潰れてお世話してもらわないようにするよ。殿下に失礼だよね」
「……そばにいると言ったではないですか、リリカ様。でも酔い潰れるのはやめていただけると、安心します」
心配してくれるジェフに、私は笑って返す。
王子に介抱させるなんて。私もえらくなったものだ。
着替える時間だけをもらおうとすれば、ロゾが「プレゼントがある」と言い出す。
ドレスをプレゼントしてくれるらしい。
ロゾの命令で、私の世話役の侍女達がすぐに着替えさせてくれた。
「オーガ族の女性が好む露出高めな服は遠慮したいって言いたかったけれど」
「ちゃんと人族の好むドレスを選んだ。オレの好みも入れたが」
「そうだと思った」
オーガ族の女性は、ビキニみたいな格好が多かったけれど、プレゼントされたものはお腹丸出しの服ではない。
首元を露出しているビスチェという肩出しのバストラインをしっかりと強調するドレスだった。
色は、煌びやかな深紅のもの。
確かに、ロゾの趣味って感じだ。
「ローブをどうぞ、リリカ様」
この国の魔導師の黒いローブを、シャンテがかけてくれた。
これなら、露出が減ったし、寒くもない。
「ありがとう。よし、お待たせ。じゃあ、行こうか。……どこ行くんだっけ?」
行き先を聞いていなかった。
「クフリーラウス国の最果てに位置するセイラ村です」
クフリーラウス国の最果ては、ついこの間、戦争と化した場所だ。
魔物が巣食う地域と隣り合わせの国。
デブドラゴンな前魔王を倒したあとに、ちゃんとクフリーラウス国の城に招かれて、宴を開いてもてなしてもらった。
指揮官としても参加していたもう一人の人間の王は、民を守れ切れない不甲斐ない王で申し訳ないと涙ぐんでいたっけ。
でも魔物の進軍もなくなったのだから、これからは違うと勇者一行の私達で励ました。
ありがとう、とクフリーラウス国王は、心の底から感謝してくれたのだ。
サンタみたいに笑う白いひげの心優しい国王。帰りに、会いに行って挨拶しようかな。
「わかった、行こう」
「よし」
「本当に行くの? ロゾ」
「もちろんだ」
ニッと笑いかけるロゾは、ギロリとシャンテを睨みつける。
仲悪いな、とは思ったけれど、普通戦争した同士なのだから、仲良しなわけがなかった。
喧嘩しないといいけれど、と心配しつつ、私は転移魔法をシャンテに行使してもらう。
シャンテの転移魔法は、例えるなら藍色の夜空に浮かぶ星を散りばめて包み込むようなものだった。
次の瞬間には、私の部屋ではなく、燃えた建物の前にいる。
「えっと……?」
なんで火災現場に転移したのだろうか。
周囲を確認すれば、火事を遠巻きにしている村人が後ろにいて、私達の登場に驚いていた。
子どもが、やけに多い。
「この孤児院にいる少年が、弟子候補なのですが……」
「孤児院? えっ、この建物、孤児院なの!? 子ども達は全員無事ですか!?」
シャンテの言葉にギョッとして、慌てて子ども達の無事を確認しようと声をかけた。
でも、魔物であるシャンテとともに現れた私達を不審者と思ったようだ。誰も教えてはくれない。
「ん!」
私は杖の先を、火事に向かって突き付けた。
「リリカ。むやみに水の魔法で消しては、倒壊する恐れがあるぞ」
「水を放つつもりはないよ、だいたい、この炎は魔力」
「魔力だと?」
「魔力を吸い取れば、火は消えるってこと!」
ぐいんっと杖を捩じって、私は魔力を吸い込む。
私の杖に火の粉が集い、徐々に火は弱まる。
無数の真っ赤な花びらが、集まるようだった。
なんとか孤児院が原型を留めているうちに、消火が出来たようだ。
「聞け!!! 我が名はオーガの王ロゾだ!! そしてこの者は、我々の世界を救った勇者一行の一人、天才魔導師リリカだ!!!」
ロゾが、声を轟かせた。
大人から子ども達まで、私の名前は知っているようだ。
おずおずと、跪いて頭を下げた。
「先程の質問の答えを聞かせてもらおう! 子ども達は全員無事なのか!?」
「は、はい! 陛下! ……元凶の子どもを除いて」
村長らしき老人が答える。
元凶の子どもか。
「弟子候補は、暴走しちゃう子?」
「魔力は人間の大人より多いです。教育をすれば、リリカ様の役に立つかと」
シャンテが焦げ臭い孤児院へ、先に足を踏み入れた。
「魔力暴走で孤児院を火だるまにしたのか? その子どもは無事なのか?」
「私は魔力の暴走に詳しくないけれど……無事だよ、多分。そうでしょう? シャンテ」
ロゾも入ろうと追いかけてきたけれど、崩れるからと私は手を翳して止める。
シャンテに確認してみたけれど、無言が返ってきた。
「ここまで多い魔力なら、自己防衛が働く……って書物にあったはず」
私はシャンテを押し退けて、先に進む。
「ひくっ、ひくっ、ううー」
泣き声がする。真っ黒に焦げた建物の中に、いた。
子どもが泣いている。
泣き声を辿っていけば、見付ける。
すすり泣く男の子。
ジェフより、幼いじゃないか。
五歳か、六歳だろう。
黒い髪をしている。
「どうしたの?」
私は明るく笑いかけて、隣に座った。
びくっと震えて、男の子は驚いた泣き顔を向ける。
「なんで泣いてるの? 怖かった?」
「だれ?」
「リリカ。あなたは?」
「……エグジ」
「あら、いい名前ね!」
握手をして自己紹介をした。
握手したその手の甲を見れば、火傷がある。
「今ついた傷じゃないね?」
指摘すると、エグジは手を引っ込めた。
そして、隠す。
「治していい?」
「……魔法で?」
「うん。聖女様に比べたら、治癒魔法は優れているとは言えないけど、それでもちゃんと治せるよ」
私は当然だと笑いかけた。
一度は隠したエグジは、恐る恐ると手を差し出す。
「……」
熱したものを押し付けたような火傷。
暖炉がそばにあったから、そこから何かを熱して押し付けたのだろう。
「誰がこんなことを?」
「……」
押し黙る様子からして、言えないような立場の人間。
きっと告げ口をしたら、今の場所である孤児院から追い出しかねないような……。
私は微笑んだあと、ちゅっとその火傷にキスをした。
スッと消えゆく傷。
「え? 呪文、唱えてないのに、なんで?」
「私は天才魔導師だからね」
髪を掻き上げて、決めポーズ。
「天才魔導師リリカ……! あの勇者一行の!? な、なんでここにいるの?」
「エグジに会いに来たんだよ」
「ど、どうして? ……おれを退治にするため? おれは本当に魔物なの?」
エグジが怯え出した。
魔物か。
だいたい読めてきた。
何故シャンテが人間の男の子を見付けたのか。その経緯。
シャンテには、魔物の事件や被害を報告する義務がある。
魔物の仕業だと噂が立ったから赴き、そしてエグジを見付けたのだろう。
「誰に言われたの? 魔物だなんて。エグジの魔力はとても多くて強力だけど、間違いなく人間の魔力だよ。吸い取った私が言うんだから、間違いないよ」
そう笑いかけたら、また押し黙った。
そして、大粒の涙を溢す。
きっと火傷を負わせた犯人と同一だろう。
「外に立派な花壇があったね。花のお世話はしたことある?」
「え? ……う、うん……」
指で涙を拭ってやってから、私は花を例えに出した。
「芽生えた場所が悪ければ、花は綺麗に咲けないこともあるって知ってた? そういう時はどうするべきだと思う?」
「場所を、変えてあげる?」
「そうだよ。ちゃんと太陽の光が差し込む明るくていい場所に移してあげれば、きっと元気に綺麗に咲き誇る」
むにっと、頬を軽くつねってやる。
あ、もちもちほっぺた。うらやま。
「誰が移してあげるの?」
「おやおや、他力本願だね」
不安げな瞳で見上げてくれるエグジに言ってやった。
「花と違って、君は明るくていい場所を探しに行ける、立派な足があるじゃない」
つんっとあぐらをかいた足をつつく。
「私が一緒に探してあげるよ。君が咲き誇れる場所を」
「ほんとに? どうして……おれに、そこまでしてくれるの?」
「そうしたいと決めたからだよ。私、思いついたことはすぐやるって決めてるの」
ニッと悪戯っぽく笑いかけた。
「昨日も酔いながら、不老不死の薬を作ろうとしたんだよ。失敗したみたいだけど」
「え?」
「まぁその話は置いといて。ここは崩れそうだし、行こう」
私は、再び手を差し出す。
少し考え込んだように沈黙をしたエグジだったけれど、綺麗になった手を重ねた。
手を繋いで、焦げた孤児院を出ると、まだ村人達は跪いている。
ロゾも立ち上がっていいって言えばいいのに。
「ここの院長は、どこですか?」
「わ、わたしめでございます! 天才魔導師様!」
返事をしたのは、男。
エグジが、私の影に隠れた。
私はこっちに来いと声をかける。恐る恐ると院長の男はやってきた。
やや太った身体つきをしている。
「この子を連れていきます」
「なんと! では、魔物の血があるのですね! やはり!! 前々から問題を起こす子どもでした! 魔力を暴走させて、今回もこんな火事を起こして!」
私の足にしがみつくエグジが、ぶるぶると震えているのが伝わった。
私はにこりとその男に向けて笑いかけては、右手を上げる。
小指から順番に折り曲げて、拳を作ったら――――放つ。
グーのパンチである。
やや太った体型の院長は、倒れた。
「リリカ様。自ら手を下さずとも、命じてくだされば私がやります」
ずっと黙ってついてきていたシャンテが、口を開く。
「私が殴りたかっただけ。だいたいシャンテが殴ったら、顔が吹き飛びそう」
「問題は、そこではなかろう」
ロゾに、ツッコミを入れられた。
私に殴られた顔を押さえ込みながら涙を浮かべた院長は、起き上がると声を上げた。
「な、何をなさるのですか!? 天才魔導師様!」
「何を? ハッ! それでは皆に聞かせようか!? この子どもには魔物の血が混ざっているなどと嘘を吹き込み、手に火傷を負わせて虐待をしていたことを! 今回の火事も、また火傷を負わせようとしてこうなってしまったのではないのか!? 魔力の暴走まで追い込んだのは、お前じゃないのか!? 違うか!?」
私は声を張り上げて、問い詰める。
村人達は、院長を注目した。
知れ渡ったことに青々に青ざめた院長は、震えながら口を開く。
「ち、ちが」
「嘘を口にすれば、先程の火を開放し、お前を灰になるまで焼くぞ。言葉には気をつけろ」
杖の先を突き付けて、私は脅す。
情けないほどガクガク震えた院長が、次にとった行動は、土下座だ。
「申し訳ありませんんんっ!! 命だけは、命だけはお助けください!!!」
「謝る相手が違う」
「っ! すみませんでした!!」
地面に顔をこすりつけてまで、謝罪を叫ぶ。
私は突き付けた杖を、空に向かって掲げて、先程吸った魔力を放つ。
真っ赤な花びらのように火の粉を散らし、炎が打ち上がる。
それが自分に放たれるところだったと知り、院長の男は泣きながら許しを乞うた。
「もういいっ、もういいよっ!」
私のローブを引っ張り、エグジは涙を堪えながら言う。
「もう、ここにいたくない」
そうか。なら。
ここから、連れ去ってあげよう。
私は頭を一撫でして、村長にあとは任せて、私達はクフリーラウス国の城へと転移魔法で移動した。
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