07 創造の魔法。


 エグジは、慄いていた。

 まさか自分が住む国の城に連れていかれるとは、思わなかったのだろう。

 城の城壁前に移動した私達は、所謂顔パスで通してもらって、城へと入った。

 一緒に戦ったのだ。騎士達は私の顔も、オーガの王ロゾの顔も覚えている。

 クフリーラウス国の王クラウス陛下は、温かく出迎えてくれた。


「聞きましたぞ、リリカ様。コータロー様とカンナ様を帰してあげるために、一人残られたと……さぞ、お寂しいでしょう。あなたは、立派なお方です」


 私の手を包み込み、そう慈愛に満ちた瞳で見つめてくるクラウス陛下に、ただ笑みを返す。


「オーガの王ロゾ陛下に、新たな魔王を引き連れて、一体どうなさったのでしょうか?」


 少し怪訝そうに顔を歪めたあと、私に引っ付いたままのエグジを見下ろすと、にっこりと笑いかけた。


「この少年が、何か関係あるのでしょうか? 少年、名前は?」

「……あっ、えっと……エグジ……です。へ、陛下……」


 小さくエグジは名乗るが、すっかり委縮してしまっている。

 私はくしゃくしゃと頭を撫でてやった。

「実は」と、私は簡潔に経緯を話す。魔王シャンテが仕事のため、魔物の被害かどうかを確認したが、実際は虐待で膨大な魔力を暴走させたエグジだったこと。弟子を探していた私に報告してくれて、たまたま居合わせたオーガの王ロゾが同行して、色々あってここに至ること。

 クラウス陛下は、事態を深刻に捉えた。すぐにセイラ村に使いを送り、孤児院の立て直しと院長の処罰を下すとのことだ。


「しばらくここに滞在してもいいですか? この子の新しい居場所を探すと約束したので」

「もちろんです。好きなだけ滞在して構いません」


 温かみのある笑みで、クラウス陛下は許可をくれた。

 ジェフにちゃんと留守にすると手紙を送り、ロゾとシャンテを見送る。彼らまで滞在するわけにはいかない。

 クフリーラウス国の城に滞在中、城にある魔導師の研究室に何度か出入りさせてもらった。エグジを連れて。

 エグジは興味を示したが、他の魔導師に遠慮しているようで、私にぴったりついているだけ。

 天才魔導師の弟子候補ということで、嫉妬の眼差しも向けられている。いたたまれないらしい。

 部屋の中で、一人遊んでいる方が、性に合っているようだ。それとも、今ままでそうして過ごしていた癖なのだろう。


「何描いてるの?」


 部屋の床に座って、紙に絵を描いているエグジの横に腰を下ろす。


「あっ、えっと……空想の友だち」


 ちょっと恥ずかしそうに、エグジはそう答えた。


「空想の友だち? わぁー幻想的だね!」


 エグジがピンクと赤と青の色鉛筆で描いたのは、鳥の顔と翼を持つ四足歩行の生き物。

 三つの色で輪郭を作っていて、頭を守るような青い角を生やしている。ピンクと赤の瞳。

 子どもの絵らしく少々歪んではいるけれど、とても幻想的な生き物を描けている。


「想像力豊かだねー。そこは流石子どもってところかな。こんな友だち欲しいね」

「……おれ、いつか、この子を現実にするんだ」

「空想の友だちを現実に?」

「うん……出来るかな? おれは魔力を暴走させることしか、まだ出来ないけれど……いつか、実現出来る?」


 不安げに見上げてくるから、私はお腹を押さえて笑い声を上げた。

 エグジは、泣きそうな顔をする。


「や、やっぱり、無理?」

「ううん! 違うよ! いいアイデアだよ、エグジ! いつかなんて言わず、今すぐやろう!」

「えっ?」

「いいかい? エグジ。アイデアを思いつくことは誰でも出来ることなんだ。でもね、それを形にして現実にする力を発揮したものこそ、成功者! または英雄! 私みたいに天才って呼ばれるんだ!」


 エグジの頬をつねって言ってやった私は、絵を受け取った。


「でも、でもっ、形にする力は……」


 ないよ……、と俯いて言いかけるものだから、私は顎を掴み、顔を上げさせる。


「やってみなきゃ!」


 そう笑いかけてやる。


「思いついたことはやってみる! 私のモットーだよ。この前は魔力を炎にしたじゃん。それと同じだよ。魔力で何かを具現化する。魔力は素晴らしいものだよ。きっと今は空想の友だちでも、現実の友だちを具現化してくれるはずだ。私とエグジには、それを可能にするほどの魔力量がある。挑戦しよう!」


 エグジの手を取り、引っ張り立たせた。

 そして、研究室まで早歩きで行く。


「リリカ様! 天才魔導師様のお知恵をお借りしたいのですが」

「ごめん! 私これから新しい魔法をこの子と作るから! 今からこれだけに集中する! 場所借りるね」

「新しい魔法ですと!?」

「しかも、魔法が使えない子どもと?」


 クフリーラウス国の魔導師達は、驚き困惑する。

 新しい魔法に食いついている者がいれば、またエグジに嫉妬の目を向ける者もいた。

 どちらでもない反応を示した最年長の魔導師は、自分の白毛まじりの黒いひげを撫でながら問う。


「場所はここで構わないのですかな?」

「はい。どうも」

「いえ、お構いなく。新しい魔法の完成を、間近で観察する許可をいただけないでしょうか?」

「いいですよ」


 私の作業スペースを開けてくれるから、そこで始めることにした。

 作業スペースの上に、抱っこしたエグジを座らせて、とても初歩的な魔導書を膝の上に置く。


「エグジは、先ずこれを読んでね。参考になるはず」

「わ、わかった……」


 エグジは視線を気にしつつ、魔導書を開く。


「あの、リリカ様? その子どもが、弟子候補だということはわかっていますが……リリカ様に対する言葉遣いをそろそろ教えるべきではないですか?」

「っ……」


 誰かが言い出したものだから、エグジはいたたまれなそうに俯いた。


「子どもに恥をかかせて楽しいですか? 自分が弟子候補になれないからって、妬むのはやめてください」

「……っ!」


 はっきり言ってやれば、その誰かは、研究室を飛び出す。

 私は、エグジの頭をぽんぽんっと叩きながら、魔導書をぺらぺらとめくった。


「ここ、読んで」

「リリカ様……あの、おれが本当に弟子候補でいい、んですか?」

「無理しなくていいよ。今は友だち。一緒に魔法を作るんだよ」

「……うん」


 エグジは深く頷くと、私が指差した魔導書のページを黙読し始める。


「読みながら聞けるかな? これからね、空想の友だちを現実化するための魔法を作るけれど、もっと形にするべきだね。パズルは組み立てたことある?」

「パズル? あるけど……」

「パズルは作ったことないでしょう? 新しい魔法作りと同じ。楽しいんだから」

「パズル、作り」

「いくつか近い魔法があるんだ、例えばフェニックスの形になって攻撃をする火属性の魔法だね。魔力が想像を現実にする。ということで、そういう魔法をピックアップするから、そこからこの空想の友だちを現実にしよう」


 動物や生き物を模る魔法を、元にピースを作成しよう。


「それだと……ただの魔力で形を作るだけじゃない?」

「その通り。それじゃあ、魔法のロボットのおもちゃと同じ」

「ロボットって何?」


 ロボットってなかったわ。この異世界。


「あー今のは忘れて。とにかく、私達が作ろうとしている魔法は、ただ生き物の形を魔力で作ったものではない。魔力で作り上げて、生きたものを創造する魔法だ」


 そうウィンクして見せる。

 それを見たエグジは、ぱっと明るい顔をすると頬を真っ赤に染め上げた。

 聞いていた周囲は、驚く。

「生きたものを創造する魔法を?」とか「不可能だ」とか「傲慢すぎる!」とか、好き勝手な意見を口にするけれど、私は無視をした。


「リリカ様。その創造した生きたものは……なんとお呼びすべきでしょうか?」


 エグジの気が散りそうだから、消音の壁でも作ろうかと立てかけた杖を掴む。

 すると、最年長の魔導師が尋ねてきた。


「そうだね、候補はあるんだ。エグジが決めていいよ。空想の友だちに、種族名を」

「えっ、今? こ、候補って?」

「先ずは、創造獣」

「あ、ぴったりだね」

「まだあるよ。召喚獣」

「召喚獣? かっけぇー……」

「まだあるよ。守護獣」

「守護獣……! なんで……全部、獣?」


 エグジは、小首を傾げる。

 絵を確認してから、指差した。


「え? だって、獣の類じゃないの? 四足歩行しそうだし、牙も生えてそう。無難でいいと思うけど?」

「まぁ、そう、だね……うん。じゃあ……守護獣がいいな。おれを守ってほしい」

「いいね。そうしよう」


 にんまりと笑った私は、エグジの鼻をつんっとつついてやってから、最年長の魔導師を振り返る。


「守護獣の創造の魔法です」

「……その魔法の完成が楽しみです」


 とても温かな笑みで、最年長の魔導師は頷いた。



 

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