04 ヤケ酒と不老不死の薬。



 私一人が残ると知ったら、大喜びされた。

 この世界にとって、私という天才魔導師の存在は有益だからだ。


「な、なんでっ! さっきお別れだって!」

「私はさようならを言ってませんよ、殿下」

「うぐっ、ぐすん」


 まだ泣いていたジェフ殿下は、余計泣いた。

 だから、しゃがんで笑いかける。


「でも、でも、リリカ様が一人ぼっちじゃないですかっ!」


 子どものジェフ殿下にもわかるのか。

 私達三人が支え合っていたこと。

 それとも、仲間だけ帰ったことを、一人ぼっちだと言っているだけだろうか。

 ちょっと悲しい笑みになってしまった私を、小さな身体で抱き締めてきた。


「僕はそばにいますっ」

「……ありがとう、殿下」


 ジェフ殿下はようやく、泣き止んだ。


 私は、仲間想いの優しい天才魔導師として称えられた。

 残るという選択を取った私には、光太郎くんや神奈ちゃんの分まで求婚の手紙が山のように送りつけられたのだ。

 それを読む暇はない。

 何故なら、私は――――ヤケ酒をしていたからだ。

 私に遠慮せずにお酒を飲み干す近衛騎士や、魔導師達と一緒に、精霊の森から自然に湧いたというお酒を飲む。

 カッと熱くなるほどのアルコールの高さと、とろりとした蜜のような甘さが気に入っている。

 そして、干し肉などのおつまみをたいらげた。

 アルコールが回れば、気分よく笑ってしまう。

 私は、笑い上戸なのだ。

 何日か、それが続いた。

 そして、酔っ払いの一人がこう言い出す。


「リリカ様! ひっく! 天才なら、不老不死の魔法も作れますよね!?」


 ローブを着ていたから多分、魔導師。でも顔を認識出来ないほど、私も酔いが回っていた。

 それなのに、コップに入った精霊のお酒を飲み干して、私は豪語する。


「もっちろん!! いい材料を知ってるから、魔法じゃなくて薬なら作れると思うよ!」

「まじかよ!! 天才!!」

「よっ!! 天才魔導師!!」


 ゲラゲラと笑う酔っ払い達は、私を担ぎ上げる言葉を上げた。


「じゃあ、ちょっくら作ってくるよ! おっとっと!」

「え? どこ行かれるんです? もっと飲みましょうよ!」

「精霊の森で材料もらって、あと色々調達してからの、不老不死の薬を作って寝るわ!」


 私の言葉を冗談と受け取って、一同はどっと笑う。爆笑ってやつだ。

 そばに置いていた杖を持った私は、よろける身体を支えつつ、転移魔法を発動させる。

 酔っていても、ちゃんと魔法は使えたので、煌めく黄金に包まれたあとは、夜の森の中に立っていた。

 鬱蒼とした森を見上げると、ぐらりと回っているように感じる。

 満点の星空が見えた。少し歩いてみると、浮遊する水色の魚が近付いてくる。

 人魚のような姿の妖精だ。深海を漂うクラゲのような光を放つ。


「ハーイ、美人さん達。ここの主様はどこにいるか知ってる?」

「我なら、ここだ。魔導師リリカ殿」


 欧米風にナンパするように、声をかけると後ろから声が返ってきた。

 真上を見上げてから後ろを確認した私は、酔っていたのでそのまま支えをミスり、倒れる。

 ぼふっと草の上にダイブして、ゲラゲラと笑う。


「酔っているではないか」


 精霊は呆れる。


「こーんばんわ! ここのお酒を飲んで、ちょっと酔ってる」

「ちょっとどころではなさそうだが、どのくらい飲んだ?」

「今日は……まだ六杯だよ」

「酒豪か。泥酔しているが」


 木の枝のような指を折り曲げた精霊は、私の身体を浮かせた。

 あ、気持ちいいな、これ。

 私は、またゲラゲラと笑ってしまう。

 木の精霊は、怪訝そうに顔を歪める。

 暗くてよく見えないが、多分そうした。


「それで、今宵の用件はなんだ? そなただけに出入りを許可したのは、こうして酔っぱらって入り浸ってもらうためではない」


 木の精霊は気難しい。自分の森を荒らされたくないから、外部の者を寄せ付けることを嫌う。

 完全回復する魔力回復薬を作るためには、ここの森にある植物が必要だったので、私は頼み込んだ。

 代わりに、侵略しようとする魔物を退治してほしいと頼まれたので、さくっと倒したら出入りの許可をもらえた。


「成長を止めてしまう植物があったでしょう? 確か」

「そうだが」

「くれ!」

「……」

「くれ!!」

「……」

「ください」


 言い直せば、空中から下ろしてくれた。


「あれはある程度成長をすると、時が止まったように成長しなくなる植物……そんなものをどうするつもりだ?」

「不老不死の薬を作るの」


 そう告げれば、頭上に白鯨が飛んだ。

 花をたくさんつけた白鯨は、すいーっと頭上を通り過ぎて行った。


「リリカ殿。相当酔っておる。休まれよ」

「不老不死の薬を作ってから寝るって決めた」

「とにかく一度休まれよ」

「もう決めた」

「休まれよ」

「もう決めた」

「強情か」


 私はにっこりと木の精霊に向かって笑いかける。


「思い立ったら吉日!! アイデアを思いついたら、行動して作らなければ、存在しないも同然!! 行動あるのみ! 今作る! 絶対に作る!! 決めたの!!」

「わかったらから声を上げないでくれ。寝ているものが大勢いるのだ」

「失礼」


 声を上げまくってしまったので、声を潜める。


「で。どこだっけ、その成長止める植物!」

「こちらだ」


 巨体を動かして歩き出す精霊の後ろをついていった。

 人魚の姿をした妖精達は、私の背中にぴったりと寄り添ってついてくる。

 歩いていたら、足元にもぞもぞっとしてきた。

 大きなもふもふの猫みたいな生き物がいる。じゃれることが好きな野良猫のように足にぶつかってくる。


「のわっ! ぶへっ!」


 ついに足を取られて、私はバランスを崩して、今度は顔から草の上に倒れた。

 猫や妖精に群がられて、ゲラゲラとまた笑う。

 ちゃんと覚えているのは、ここまでだ。



 

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