03 帰還とお別れ。
傷ついた者達を癒し終われば、何日もかけて祝いの祭りが行われた。
他種族を滅ぼそうとした魔王はもういない。平和がもたらされた。
人々も、妖精も、その他の種族も、大いに喜び、勇者一行に感謝をしたのだ。
あのイケメン魔物には、魔王になってもらい、今後魔物を束ねてもらうことになった。
何かあれば報告と対処の義務を課して、魔物達を任せたのだ。
各国の王が国民に向けて、私達を紹介した。
オーガの国に行くと、なんと。
「オレはこの天才魔導師リリカに惚れた!!! 他の女と結婚する気はない!!! 結婚するなら、このリリカだけだ!!!」
そう宣言した。
オーガの国民がざわめく中、私も心底驚いてしまったが、大人な対応をしておく。
「大変光栄なことですが、私は結婚の申し込みをお断りしました」
さらなる、どよめき。
「はははっ! 諦めないと言っただろう? リリカ」
またもや機嫌を損ねることなく笑い退けるだけで、諦めないと言い放つオーガの王だった。
私だけではない。
英雄である勇者一行に、各国から求愛や求婚の手紙が山のように送られてきた。
そこには、政略的な意図もあるが、純粋な恋文も中にはあっただろう。
特に聖女である神奈ちゃんの美しさや優しさに触れた、元怪我人達の秘められない想いが綴られたラブレターは断トツに多い。
私は直接見ることを遠慮したけれど、神奈ちゃんは情熱的な恋文を読み上げてくれて、一緒にキャッキャッした。
光太郎くんも、自分宛の恋文を読んでは、ニヨニヨしている。モテて悪い気はしない。
流石に、神奈ちゃん宛の想いには、嫉妬しないみたいだ。
「はーぁ。でもさ。これってさ。俺達に結婚して腰を据えろって言いたいんでしょう? 前に来た勇者一行達みたいにさ」
光太郎くんは、ため息をついた。
前回の勇者一行召喚で異世界からやってきた人達も、帰るという選択がなくて、誰かと結婚してこの世界で一生を終えたのだ。
「そっか……私達の人生の選択肢で突き付けられた手紙になるんだよね……」
神奈ちゃんが、しゅんとしてしまう。
「どうなの? りりっち。地球に帰る方法は……そろそろ研究も再開するの?」
「え? ああ。もう終わったよ。帰れるよ。もう帰る?」
「えっ?」
「えっ?」
私は私に宛てられた手紙をまとめつつ、ケロッと言い退けた。
光太郎くんも神奈ちゃんも、目を点にしている。
「……」
「……」
「ん?」
沈黙の中、私はとぼけた笑顔で首を傾げた。
「りりっちって、とんでもないこと、ケロって言うよね……」
「ふっ……天才魔導師でごめんね」
私は長く伸びた髪を掻き上げて、ポーズを決める。
「じゃあ、私達! 日本に帰れるんだね!? お家に帰れるんだよね!!」
ガタンと椅子から飛び上がる神奈ちゃんは、涙を溢れそうな目で声を上げる。
「私としてはしっかり平和になったこの世界を見て回ってからって思っていたけれど……家族も心配しているし、帰ろうっか!」
にぃっと私は、はにかんだような笑みを向けた。
「とーぜん!! 帰ろうぜ!! 俺達の世界へ!!!」
拳を固めた光太郎くんは、天井に向かって突き出す。
そうと決めれば、行動は早かった。
私達が召喚された神殿を所有する人間の王リクルートゥ陛下に報告。
惜しまれたが、帰ることを引き留めない。
元の世界に帰る許可は、最初から求めていないのだ。
全世界に、お触れが出される。
私達が元の世界へ帰ると――。
「本当に帰ってしまわれるのですか? 本当にっ、もう、会えないのですかっ?」
支度を終えると、王子が私のローブを掴んだ。
まだ、ほんの子ども。たった八歳の王子様は、涙ぐんでいた。
私の研究室に入り浸っていたし、光太郎くんと神奈ちゃんは遊んであげていたのだ。
子どもの中で、一番親しくしていた子。
私は膝をついて、優しく笑いかける。
「殿下。出逢えば、別れる時が来ます。その時は、しっかり見送りましょう? なんて言うか、わかりますか?」
「ぐすんっ……嫌ですっ。別れたくありませんっ。見送れませんっ」
強情に、私のローブを握り締めた王子様は、きっぱりと拒絶した。
「じゃあ、私達から、お別れを告げます」
「さようなら、殿下。いい国王になることをお祈りしてます」
「遊び足りないよな、でもお別れだ。じゃあな、ジェフ!」
ジェフ殿下は、ぴえええんっと泣き喚く。
護衛の者が、ここは任せてくださいと言うので、私達は神殿へ向かった。
「殿下……。オーガの王様も凜々花ちゃんのことは引き留めそうだね。あの人、宣言してたし、諦めないって」
「それは言わないで、神奈ちゃん。早く帰ろう」
「それがいいよな、帰りづらくなるからさ。ジェフみたいに泣かれたら、な」
早急に、帰ることにしてよかっただろう。
見送る人々は、少ない方がいい。
せめて王達に挨拶するべきだっただろう。けれど、長引く前に帰るべきだ。
だってもう、あっちの世界では、三ヶ月以上いないくなっているのだから。早い方がいい。
「前話してた通り? 俺達帰ったら、何も覚えてないってことでオッケー?」
「うん、神隠しにあったってことで。異世界に行っていたなんて信じてもらえないからね」
「神隠しで通用するといいね……。異世界を救ったのは、私達だけの秘密」
前々から、帰ったらどうするかを話していた。
段取りは、大丈夫だ。
「うっわー懐かしいーなぁ! 俺達がこの世界で初めて見たピラミッドみたいな祭壇!」
神秘的な青白い神殿。
私は研究のために何度か来たけれど、二人はあの日以来だ。
「この世界の神が作り出した神殿で、異世界召喚の魔法も授けたんだよ」
「ほげー」
神奈ちゃんが、声を伸ばす。
「古代の文字を覚えて、先ずはこの魔法の仕組みを理解した。そして勇者一行召喚の魔法を会得した」
「ん? でも確か、異世界召喚って、祈りで発動させるんじゃなかったっけ?」
「そう、この祭壇は言わば、勇者一行の召喚装置ってことだよ。多くの祈りを捧げて装置を起動し、そして相応しい異世界人を召喚するわけだ」
「なるほど……ほげぇー」
光太郎くんも、神奈ちゃんと同じように声を伸ばした。
「あの、魔導師リリカ様……本当に手伝いは無用ですか?」
階段を上がろうとしたところで、私を指導してくれた魔導師達が勢揃いで呼び止める。
「無用ですよ、本当に」
私は手を振った。
「しかし、あなたお一人で、異世界へ転移魔法を行使するなんて、無謀にもほどがあります!」
「手伝いたいのはわかるけれど、直球に聞くとさ……あなた達は、私ほどの天才ですか?」
「「「……」」」
押し黙る魔導師達は、私の天才さをいち早く理解した一同だ。
すなわち、私ほどの才能がなければ、この件を手伝うことは無理って意味。
魔導師達はようやく諦めたようで、ただこうべを垂れた。
「またね」
もうお世話になったお礼は告げたので、それだけを言って私は、先に階段を上がった二人を追いかける。
「”またね”?」
神奈ちゃんは、首を傾げた。
笑って見せるだけで、私はごそごそと荷物の中の手紙を二つ取り出す。
祭壇の上に立った光太郎くんと神奈ちゃんに、手紙を手渡した。
キョトンとした二人に、私は杖を掲げて見せる。
「帰ったら読んで」
ウィンクしてから、杖をコンコンッと足元を叩いた。
「帰ったらって何? え? りりっち!」
「凜々花ちゃん!?」
今ので結界を張ったので、光太郎くんと神奈ちゃんは、透明な壁を叩いた。
「大丈夫、元の場所に戻る方法はちゃんと見付けたよ。今のところ、この世界でこの魔法が使えるのは私だけ。天才魔導師だからね」
髪を掻き上げてつつも、私はくるりと軽く杖を円を描くように回して、あらかじめ用意していた魔法を発動させる。
「小さな問題は、発動する術者は移動が出来ないってこと。つまりこの勇者一行召喚装置の上に立って、逆に発動させて戻すためにここにいなくちゃいけないの」
「え!? りりっち一人残って、俺達だけ帰すってこと!? なんで! りりっちだけ残すなんてっ!! だめだよ!」
「そうだよ!! そんなっ、そんなのって! 絶対に寂しいよ!?」
光太郎くんは強く壁を叩く。
神奈ちゃんの寂しいって言葉に、私はちょっと苦笑いをする。
「他の方法を探そうよ!」
「もうこれ以上行方不明になるのはまずいじゃん。早く帰った方が、ご家族も安心するでしょう。二人とも未成年だもん」
「りりっちだって家族がいるじゃん!」
「私は大人だもん、きっとヘーキ。それより光太郎くん、神奈ちゃん、二人には託したいことがあるんだ」
またダンッと杖を叩き、魔法をさらに展開させた。
結界の中で、キラキラとラメのような雨が降り注ぐ。
オーロラの輝きに似ている。星が降るような眩い光景。
二人は振り返って、懐かしいそれを目にした。
「託したいって……何? りりっち」
涙を込み上がらせながらも、光太郎くんは私と向き直る。
「私の代わりに、あの漫画の完結を見届けておいて!!」
「ブレねぇええ!!!」
光太郎くんが涙を溢しては吹き出したものだから、私も笑いつつも、魔法の調節を行う。
「手紙にも書いたけれど、神奈ちゃんは例の漫画を光太郎くんに買わせてね」
「うんっ! うん!!」
「まっ。お別れの手紙を読んでよ」
神奈ちゃんは流れ落ちる涙を袖で拭いながら、何度も頷いた。
「凜々花ちゃん! 凜々花ちゃんも帰ってくるよね? だって天才魔導師だもん! きっと、きっと何か方法を見付けて帰ってくるよね!? お別れなんて言わないで! また会おう!!」
にかっと、私は笑って見せる。
「ほら、歩きなよ。地球へ、日本へ、お家へ、帰る道を進んで」
顎でさして、歩くように促す。
二人は頷いた。
「じゃあ、またな。天才魔導師様!」
「またね! 凜々花ちゃん!」
「またね」
つい、またね、なんて言葉を返してしまう。
涙を溢しつつも、光太郎くんは神奈ちゃんの手を取って引いた。
光太郎くんに手を引かれながら、何度も振り返ってはもう片方の手を振ってくれる。
私は笑顔のまま、二人を見送った。
ひらひらとシルクみたいな肌触りであろう煌めきの中、二人は消えていく。
中に感じていた二人の気配が遠退き、そしてなくなる。
私の魔法の中から、いなくなったのだ。
それはきっと、二人が元の世界に戻れた証。
帰った。二人は、違う世界へと帰ったのだ。
魔法の展開を順番に閉じていく。
異世界転移の魔法を終えれば、疲労がどっと押し寄せてきてしまい、よろっとして階段に座り込んだ。
寂しい。
もう寂しいよ、神奈ちゃん。
この世界に一人ぼっちだと、思えてしまう。
ずっと三人で支え合ってきたから、ぽっかりと穴が開いてしまったように感じる。
堪えてきたのに、ちょっと泣きそうになってしまい、私は額に手を当てて鼻を啜った。
俯きながらも、私は口を開く。
「何? なんの用? 今疲れてるの。それとも疲れてるところ狙って来たの?」
グッと泣くことを堪えて、額から手を離して、顔を見せる。
目の前には、イケメン魔物ことイケメン現魔王が立っていた。
鎧ではなく、黒のコートに身を筒んだ青白い肌のイケメン。
「反逆の意志はありません。あなたが元の世界に帰ると聞き、馳せ参じました。……しかし、帰らないのですね」
私よりも下の階段で膝をついて、下から見上げてきた。
「ええ、私は帰れない。天才魔導師の私がもう一人いれば、帰れるけれど」
私は足をうーんっと伸ばして、明るく言い退ける。
「では、育てればよろしいのではないでしょうか?」
青の中に赤色がある瞳を、後ろの下にいる人達に向ける。
魔導師達を天才魔導師に育てろってことか。
「あの中に私ほどの天才になれる人はいないよ。いれば頼んでる。この魔法は、複数の人ではだめなんだ。たった一人の安定した膨大な魔力で異世界への道を繋げる。私ほどの天才的な魔法の器用さ膨大な魔力を操る才能を持っている人は、やっぱりいないよ」
「では、最初から育てればよろしいかと。見込みのある者を、あなたほどの天才魔導師へ育てる。それも不可能だと判断しますか?」
「……シャンテだったね、名前」
「はい。天才魔導師リリカ様」
「なんで、そう意見を言うの? てか、かしこまりすぎ」
胸に手を当てて、お辞儀したシャンテ魔王。
「あなたのために何か出来ることをしたいからです。……あなたは私めの命の恩人です」
私は顔を下げたままのシャンテ魔王の顎を掴み、上げさせた。
じっと、青の中に赤がある瞳を観察する。
「残りの魔物を抑えてくれる存在が必要だったから生かしただけだよ」
「存じ上げております」
「……ふむ」
動揺なし。本当に自分が利用されたことは承知済み。
そして、本当に私を命の恩人だと思い、何かをしたいと思ってくれているようだ。
「弟子ね。考えておく」
私はシャンテ魔王の手を借りて、立ち上がった。
階段を一つずつ踏みしめて下りながら、私は考える。
どうやって、天才魔導師に育てる人材を探そうか、と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます