第7話 身体測定とスポーツテスト

 朝、目を覚まして日課の運動を済ませると。今日は太陽が朝食を作り、全員で朝食をとる。食べ終わると制服を着て、今日は朝日と共に学校へ向かう。

 駅から学校へ着くと、後ろから朝日に声が掛けられる。


「月隠さん、おはようございます」

「おはようございます、生徒会長」

「今日のお約束覚えていますか?」

「はい、お昼に生徒会室に立ち寄らせてもらいます」

「ええ、お待ちしております………。そうだ、昨日の事も含めてそちらの彼も一緒にお昼にどうですか?」


 太陽は内心面倒に思ったが、表情は変化させず少し考える。ただ、ここで断るのは、昨日の失態を見逃して貰っているので心象を悪くさせてしまいそうで、渋々と頷く。


「………ええ、特にご迷惑では無ければ、お邪魔させてもらいます」

「はい、待っています。では、お二人ともお昼にまた会いましょう」


 大人しそうな外見のわりに、積極的なヒトらしい。太陽は溜息を吐くと朝日とお昼について話す。


「俺が迎えに行くよ、一緒に行こう」

「それじゃ待ってるね」


 短い会話で相談が終わった。お昼は一緒に生徒会室らしい。何を言われるのか、昨日の事から数パターンが予想できた。経緯なのか、理由なのか、太陽のの事なのか、何処に転んでも太陽にとっては不利益だ。


「ああ、そうだ、吾妻さんに謝っておいてくれ」

「え、どうしてです?」

「んー、不用意に掴んでたからな。お前のクラスメイトだろう。また会ったとき、なんか思われてたらやだなって思って」

「そんな気にしてないと思いますがね」


 琴乃に謝意を見せる為に、朝日に謝らせておく。無責任のようだが、正直、面を向き合わせても怖がられるだけだろうと考えた。


「ま、とにかく任せたぞ」

「了解です」


 太陽と朝日は魔法専攻科の校舎、校舎E棟の昇降口で分かれ、それぞれの教室へ向かう。太陽が教室へ入ると、陽斗が待っていた。


「家が近くなのか?」

「ああ、じいちゃんの家が此処の近くでな。卒業まではそこで面倒をみてもらえんだ」

「羨ましいね」


 遅刻したら弄ってやろうと思った後に、別の話題を話す。


「今日はあれだろ身体測定とスポーツテスト。陽斗はどれ位行くと思う?」

「俺は毎年A判定だぜ」

「何かわかるわ」


 理子が教室にやってきていた。話を聞いてたのか納得した様子だ。


「おはよう、理子」

「おはよう」

「おはよう二人とも」


 太陽は昨日の理子の悪印象が抜けないが、態々険悪になる事はないと、愛想良く挨拶する。

 理子は荷物だけおいて、太陽の席に戻ってきた。


「スポーツテストの話だっけ?」

「おう、どれくらい取れるかなって話をしてたんだよ」

「俺は毎年周りと比べて中の上位だったよ」

「うーん、太陽君は結構動ける人だと思ったんだけどなー?」


 理子は疑わしそうな目で太陽を見つめる。

 太陽は苦笑して頬を掻く。反応に困っている様だった。


「俺は研究者だからな。まぁ、そう動けなくても構わないんだよ」

「そんなもんか」

「辰馬も同じ様なモノじゃない?」

「俺は毎年A判定だったぞ」


 辰馬が会話に入って来た。どうやら、辰馬も体力たいりょくマンらしい。確かに、よく見ると筋肉質な体つきをしている。

 印象的に運動が出来るのは、一位は陽斗と次点で辰馬、三位に純二、最下位は太陽だろう。太陽の見た目は病人のようで、運動が出来るように見えない。でも、ガタイと筋肉はあるのでそれなりに動けそうであるが。

 辰馬はそれぞれに挨拶すると自分の席から会話に参戦する。


「今日のスポーツテストの話か」

「おう、皆でどれ位とれるかなって話をしてたんだ」

「今年は太陽がいるからな、一位は無理そうだ」


 辰馬は太陽の頭を弄って絡んでいる。太陽は無反応でされるがままになっているが、そのまま机の機能で今日の予定を確認する。陽斗は横から覗き込み、感想を言う。


「んー、取りあえず、午前は身体測定、午後の最初からスポーツテスト、最後に持久走か。一番疲れる奴を最後に持ってくるかね」

「それも含めて、持久力を試すって事だろ」


 陽斗が今日のスケジュールについてボヤくと、辰馬が目的を当てる。学業に力を当ててるこの学校はこうしたイベントは早めに終わらせておきたいらしい。

 今日は体育専攻科と魔法専攻科の二科が、学年ごとに測定する。今日から三日間各科ごとに分かれて測定することになっている。

 そんなこんなで時間は進み、七海と純二も来て。チャイムが鳴り、安奈先生が入ってくる。


「それでは、身体測定になりますので男子と女子に分かれてそれぞれの計測場所まで行ってくださいね。あっ、午後からのスポーツテストに備えてちゃんとジャージを着て下さいね~」


 身体測定もジャージとかを着てやるのだが、誰も突っ込まずスルーされることになる。

 太陽たちは配られた測定用紙と学校指定のジャージをもって更衣室へ向かう。一応、筆記用具も持っていく。


「なんか緊張するよな、身体測定って」

「分かる気がする」

「俺は前に住んでいたところは自分達で測ってたから、他人に測ってもらうのは新鮮だよ」

「それはどこの田舎なんだよ」


 何となく場違いな感想を太陽は抱いていた。そんなぼやきに純二に失礼なことを言われたが、あんまり気にしていないようだった。

 取りあえず、午前の身体測定が終わり昼休憩になる。すると、太陽は重要な事を思い出す。


「あ、すまん、俺呼び出されてんだ」

「………昨日の件か?」

「そっちは次いで、妹の付き添いが主だよ」

「そうか、なんかすまねぇな」

「気にしない、気にしない、けど、なんかあったらよろしくな」


 それだけ言うと、太陽は朝日を迎えに1年E-1組教室に辿り着く。朝日を探すと、目立つ彼女は直ぐに見つかった。朝日も目立つ太陽をすぐに見つけて弁当袋を引っ張って、太陽と共に生徒会室へ向かう。

 生徒会室は伊月高にいくつかある校舎の内の本部校舎と言われている所の一室である。ココは各委員会の委員会室やいくつかの部活の部室、学校運営に関わる会議をするための会議室等が収納されている。


「兄さんは昨日の件ですね」

「早めに終わらせて帰りたい」

「そうですね。それよりも、兄さん。お弁当は持ってこなくて良かったの?」

「必要ない。すぐ帰る」

「必ずという訳でないけど、時間が長引いたら必要になると思うよ」

「どうでもいい。長引くようなら強行突破で帰る」

「それの後始末をやらされるのは私なんですが」


 呆れた声を出した後に生徒会室の前に辿り着くと朝日はチャイムを押して中に訪問を伝える。直ぐに返事が返ってきた。


『はーい、中へどうぞ』

「失礼します」


 朝日は扉を開けて挨拶して礼儀正しく頭を下げた。太陽も続けて入り同じように頭を下げた。

 生徒会室には会長と女生徒が4人、これが魔法専攻の生徒会の全メンバーだろうか。


「ようこそ、伊月代高校魔法専攻科の生徒会室へ」


 最奥には小柄な少女が優しげな顔と長い黒髪を装備して嘘くさい笑顔の仮面を張り付けている。そんな顔した会長――、巳森吹雪は威厳のある雰囲気で待ち構え、太陽たちを出迎えた。太陽には身長のせいで子供が背伸びをしている様にしか見えないが、貫禄だけは伝わった。


「とりあえず、席にどうぞ」

「はい、失礼します」


 太陽たちは言われるがままに中央に置かれた席に座る。吹雪たちも対面に座り面接の様になる。何というか、緊張させる様な布陣だ。

 すると、二人の前にお茶が出される。


「さて、先ずは何を話しましょうか」

「昨日の件の方からお願いします」


 太陽が何か言われる前に先手を打った。自分の用をすぐに終わらせる腹積もりらしい。


「あら、そんなに急かさずともいいではないですか。ゆっくりしていってください」

「実は弁当を忘れてきてしまって、腐らせる前に早めに回収して食べておきたいのです」

「別にここに持ってきてもらっても良かったのですが」

「いえ、お話だけとの事でしたので」


 太陽の言葉に吹雪は苦笑いしながら早めに話に入る。


「それでは、昨日の件について話しましょうか」


 話の内容は、あの場の全員はお咎め無しというお達しだった。目撃者が少なかったという事と、新入生だったこと、目的も特に何かに害意があるような事ではないからであった。しかし、本来ならば厳罰が下されていたところであったことも最後に添えられて伝えられた。


「格別に配慮いただき感謝します」


 なんか、頼まれることを予想したが、感謝はしているので頭を下げる。


「それで、今回の件の事について。我々はそれなりに苦労しました。つきましては、貴方にお願いがあります」

「朝日ならきっと皆さんの力になるでしょう。こき使ってください」


 全員が思った、クズだこいつ。何の躊躇いもなく妹に役目を押し付けたのだから、そう思われるのは当たり前ではある。


「元々、朝日さんには生徒会で働いてもらうようお願いする予定だったのだけれども、朝日さんはどうです? 私達と一緒に生徒会活動をしてもらえませんか?」

「はい、よろしくお願いいたします。それと厚かましいとは思いますが、もう一つお願いがあります」

「何でしょう?」

「このダメ兄貴にも何かしらの役目を与えてあげて下さい。立場は人を作ると言いますから、少しはマシな根性になるでしょう」


 朝日は太陽を捕まえながら、太陽へ何かしらの役職に就かせるように要求する。吹雪は待ってましたと言わんばかりに口角上げて太陽に伝える。


「では、太陽君。貴方は本校の風紀委員に入るように命じます」

「お断りしたいです」

「残念ながら拒否権はありません」


 吹雪は可愛らしく舌を出して、太陽の拒否権を潰す。


「そもそも、問題があった貴方を更生させる目的もあって、風紀委員会に入れるんです。拒否権を示せる立場ではありません」


 サラッと責任が太陽に押し付けられている。


(俺は因縁付けられただけで悪くないのに……)


 しかし、古今東西権力者にこういった泣き言いうのは無意味である。それを身を以て知っている太陽は溜息を押し込んだ。けれども、代わりの切り口を持ち出して任命の回避を目指す。


「風紀委員は何をする委員会なんですか?」

「活動目的は、校内秩序の維持ですね。活動内容は校内の見回りに、校則違反者の摘発、後は少しの奉仕活動なんかが入りますね」

「そうなってくると、違反者に関しては力づくでの取り締まりもあるのでは?」

「ないとも言えませんね」

「私は体格に恵まれていますが、魔法の腕が言い訳ではありません。魔法専攻の奴等が相手なら分が悪いのですが?」

「成程」


 太陽は自分の不健康そうな外見を前面に出しつつ、キツそうなら職務から抜けようと試みる。一応、彼の成績も調べたのだろう、目に見える数値として表れている以上これを否定するのは吹雪も難しそうだった。


「けれど、風紀委員だからと言って必ずドンパチしなくてはいけない訳でもありません。風紀委員会の役割はあくまでも校則違反者の摘発なんかがメインです。校則違反者を発見してその証拠を教職員に提出しても職務は遂行されたとみなされます」

「風紀委員の権限が強いですね。もし、偽装した証拠を提出した場合はどうなるんです?」

「………」


 吹雪は薄く微笑えむ。うすら寒い圧を感じ太陽は身を震わせる。退学が妥当だろうが、吹雪の反応を見るとそれ以上を感じる。実力は関係がないのだから。これで、太陽は断る理由はなくなった、これ以上ゴネルのは得策ではないと考えた。


「……分かりました。その役目、謹んで拝命いたします」


 丁寧な言い回しで太陽は風紀委員会に配属されることを了承する。

 これで話は終わりだと太陽は席を立って退室しようとする。すると、吹雪からもう一言告げられる。


「今日の放課後に風紀委員室に向かってください」


 どうやら配属に関しては決定事項だったらしい。根回しも完璧とはご苦労な事だと、太陽は居たい頭で考えた。


✿  ✿  ✿


 太陽は生徒会室から抜け出すと、教室に戻って弁当を食べ、その後に所用を済ませて体育館に向かう。

 午後はスポーツテストだ。女子と男子に別れてそれぞれで計測していく。

 男臭いなかで、気分の上がらない男子生徒が多く見られる。


「最初は握力測定か」


 太陽はプリントを読み込んで、スポーツテストの順番を確認して最初の計測場所につく。体育館では、体育専攻科が先に計測に入っていた。彼らは、高記録を順に叩き出しているようだ。

 正直、体育専攻科と魔法専攻科の仲はあまり良くない。何というか、体育専攻科が一方的に敵視している関係だが、魔法専攻科は体を鍛えている人間が少ないので小バカにされているという感じだ。


「何か見られてるな」

「まぁ、珍しんだろう」

「確かにお前の姿は珍しいな」


 太陽の意見に辰馬は失礼な納得の仕方をする。

 それらはともかく、計測を開始することにする。握力計は全部で10台。太陽たちの学年は魔法専攻科は5クラスあるので一クラス2つ使うことになる。


「よーし、やっていくぞ」


 気の抜けるようなのんびりとした声で太陽が握力計を使用する。計測係には辰馬がなり、結果を確認していく。


「はい、右、100。………左、100。それじゃ、もう一回、………右、100、………左、100」


 辰馬は淡々と計測結果を記録用紙に書き込む。いきなり馬鹿みたいな値が出てきた。クラスメイト達がざわつく。計測は次の人――、陽斗の番となる。


「右、85。………左、90。もう一回、………右88、………左89」


 それから淡々と測定は進んでいく。最初の二人以外は劇的な記録が出ることなく退屈に時間が進み。辰馬の番になる。計測係は太陽。


「右、90。………左、92。2回目、………右91。………左91」


 辰馬も中々の怪力ぶりを見せつけた。計測が終わったので辰馬達は次の計測場所へ移動していく。

 次は長座体前屈。これは柔軟性が重要な競技なので、今更遅いだろうが、全員ストレッチをしている。計測係は引き続き辰馬が務める。一番手も引き続き太陽。


「はい、1回目…………63センチ。2回目、………60センチ」


 太陽が計測を終えると、順々に測っていく。流石に柔軟性で劇的な結果が出ることもなく。問題なく終わった。

 次は上体起こし。太陽のクラスの男子生徒は8人。丁度、偶数になっているが、一人タイムを測定をしなくてはいけないので、実質7人。上体起こしはペアで行い、片方の記録を取ってもらう必要がある。ただ、運良く同じ魔法専攻のクラスで一人余ったらしく。貸してもらえることになった。タイムキーパー役に辰馬が名乗りあげ、タイマーをセット。


「…………それでは、始め!」


 辰馬は一回、全体を見渡し、掛け声と共にタイマーをスタートさせる。

 辰馬の鳴らしたブザーの音と共に全員の上体起こしが始まる。目に見てわかるのは太陽の速度が凄まじい事だろう。彼は正しい姿勢で取り組んでいるにもかかわらず、彼のおき上がる反動に抑えている純二は根性見せて何とか抑えている様だった。

 30秒経ってようやく純二の地獄が終わり解放される、そして息切れを起こしながら太陽に記録を伝える。すると、今度は辰馬が太陽のパートナーに代わると声を掛けて。純二がタイマー係になった。見てられなかった辰馬が純二を休憩させたくて申し出たのだろう。

 辰馬は太陽に足を抑えてもらい、挑戦。平均的な男子高校生よりもはやい速度で上体起こしを行う、と言っても先程の太陽程ではないので物足りなさがあった。


「お疲れ様。記録は54回な」

「おう」

「じゃあ、俺はタイマーに行ってくるよ」


 太陽はタイマーをやっていた純二の元へ向かい、辰馬の元へ向かわせ、計測をさせる。他の皆は次の計測へ向かうが、太陽達は残りの三十秒に付き合ってあげた。なぜか陽斗も一緒にいたが、そこは知らないふりで突き通した。

 体育館の最後の種目は反復横跳び。好きか、嫌いかが激しいものかもしれない。因みに太陽は横の移動の揺れが気持ち悪くなってくるのであんまり得意にしていない。

 なので、これも一番最初に計測する事になる。三本線の真ん中に立ち、腰を少し落とす。


「それじゃあ、…………始め!」


 計測係の掛け声と同時にブザーが鳴り響く。そこからは先の太陽の瞬発力は異常なモノだった。残像が見える訳ではないが、それでも普通の人間が出せるスピードではないことが分かる。

 20秒がやっとの事終わる。辰馬は鍛え上げた動体視力で正確に計測する。

 太陽は計測係だった辰馬のペアなので今回は計測側として辰馬を見ている。2回目の人が準備位置に立つと計測係がブザーを鳴らして計測開始。


「記録74回」


 太陽は辰馬に記録を伝えこの場に残り、計測を続行。さっきのペアの子も同じ様に計測した。耐区間での全員の計測が全て終わると、靴を履き替えグラウンドへ向かう。


✿  ✿  ✿


 太陽たちはグラウンドへ向かう途中に女子の団体とすれ違う。その中には目立つ二名がいるのを確認できた。

 まぁ、朝日と心美だ。

 魔法専攻科は割と美人が多い事で有名である。周りも顔がいいので華やかな光景が写っている。体育科の連中も鼻の下を伸ばして二人や周りの事を凝視している。


「次は立ち幅跳びだな」


 騒ぎの光景をチラ見だけで興味を無くし太陽は真面目にテストに取り組むことにした。

 それを見た、女子勢に見惚れていた男子たちも靴を履き替えグラウンドへ急ぐ。グラウンドは400mトラックであり、各所で測定をやっている。


「良し、俺が最初だ」


 砂場の前の跳躍点からメジャーを引いて、跳躍点から勢い付けて脚力で撥ね跳ぶ。

 結果、太陽は結構跳んだ。それはもう人間とは思えない位にだ。

 終了した太陽は計測係になり計測することに。順々に測っていって最後に辰馬の番になった。特段取り上げる事もない無難に跳びを見せた。


「記録、3m48㎝」


 そして、好記録を出して計測を終了した。

 次の種目へ移動し、


「おし、次だ。次はー」

「ハンドボール投げだ」


 今度はハンドボール投げだ。投擲力を図る目的の競技で、野球部が目立つ競技だ。グラウンドの中央には丸が三つ描かれてそこから扇状に線が引かれて広がっている。


「それじゃ、線から出ない様にしっかりと投げろよ」

「ハンドボールを失くさないようにね」


 測定係の辰馬と純二は太陽に注意していた。前回までの事からどんな事故が起きるのかが予想できないから口酸っぱくして注意してきた。


「それじゃ一投目開始!」

「ふんっ!」


 太陽の踏み込みと同時に地面がひび割れ凄まじい風圧と共にハンドボールが飛んでいく。すると、風圧にハンドボールが耐えきれなくなり空中で弾けてしまう。


「そ、測定不能……」


 もはや呆れるしかない、乾いた声が純二の口から洩れる。

 辰馬は溜息の後に記録用紙に記入した後に二投目を促す。


「よし、二投目な。今度はなるべく控えめに、控えめにな」

「了解だ」


 太陽の適当な返事を呆れ気味に受け止めると辰馬はもう一つのハンドボールを渡す。


「よーし、今度は壊すなよ太陽!」

「そうだぞ、太陽!」

「しっかりな、太陽」


 クラスメイトは太陽を応援し始める。さっきから大騒ぎをしすぎて、他のクラスにヘイトを向けられ始めているので騒ぎの原因を押し付けようとしているのだ。


「二投目、開始!」

「よっ」


 今度は気張らずに、腕を回転させる様にして投げる。ボールは普通に投げられ、良い感じの結果で終わった。それを辰馬は記録用紙に記入して、次の人に挑戦させていく。クラス全員が終わると、


「最後は辰馬だな。じゃあ、さっきの人と同じように一投目、始め!」


 太陽が指示を出すと辰馬が円の中央に立って投げる。するとかなり飛んだ。


「記録、70メートルっと」


 純二が図った記録を太陽は記録用紙に書き込む。辰馬の二投目も同じ様な結果になった。


「よし、次に移動するぞ」


 辰馬がそう声を掛けるとクラス全員で移動を開始する。次の種目は50メートル走だ。グラウンドの外周部分に出た。

 計測方法は五人位で並んでスタート地点で誰かがブザーを鳴らしたらスタートすることになる。

 今回は太陽のクラスも合わせた5クラス同時に計測することになる。今回も太陽が最初になるのだが、計測するのは先生が記録をやってくれるらしい。


「それじゃあ、位置についてよーい、ドン!」


 ドンの掛け声と同時にブザーが鳴り響く。同時にストップウォッチのスタートと、全員が駆けだす。いや、表現が正しくなかった太陽だけは飛んで行った。誇張表現とかではなく、脚力に任せて五十メートルを一気に跳んで行った。全員呆れかえる結果になった。この時は流石に先生が太陽を注意しようとしたが、魔法の発動を感知するレーダーを確認するとレーダーは何の反応も示していなかった。怒ろうにも材料が無いので、そのまま記録用紙に記録させることになった。

 そこからは問題のある生徒もいなく滞りなく計測は進んでいく。辰馬の番になりスタートラインに辰馬が立つ。


「位置について、よーい、ドン!」


 その掛け声と共に辰馬が駆けだし普通にゴールする。


「記録は、5秒77」


 出された記録は平均以上の好記録だった。変わった事と言えばそれぐらいの普通の優等生だった。

 これで全ての種目が終わった。計測も終了して、最後の種目1500メートル走の計測に移る。


✿  ✿  ✿


 この学校の1500メートル走の測定方法は男女で一組を作っての計測になる。身体能力に差があるからこその配慮なので、男女差別以前の問題だからこその区分けである。

 しかし、今回は男女の区分け以前の問題が出始めた。


「お前を出すのは問題がありそうなんだが」


 太陽は先生に呼び止められた。流石にあんな異常な身体能力をした人間を混ぜるのは問題があると教師陣は考えた。と言うより、魔法でなければドーピングかと考えた。しかし、そこも太陽は懸念というより、考えていた。(まぁ、ドーピングで出せる能力でもないのだが)


「先生、これを」

「なるほど、異常はなしか」


 太陽は先に保健室で検査してもらっていたドーピング検査の問題ない結果を叩き付ける。

 それを確認して教師陣は渋い顔をする。太陽は自身の身体能力だけで、あそこまでの身体能力を発揮するのだ、体育科の立つ瀬がない。難癖つけてもいいが後で困るのは教師達だ。仕方がないので異常な身体を持った生徒として扱うことにする。

 太陽は解放されたが、教師の説得に時間のかかったため、ペアを決めるのに乗り遅れてしまった。しばらく、辺りを見回していると一人の女生徒がポツンと立っていた。いや、虐められているというよりは周りは直ぐにパートナーを見つけてしまったらしい。

 なので、太陽は声を掛ける。


「あの、もしよかったら、自分と組んでいただけませんか?」

「え? ええ、お願いします」


 太陽が声を掛けたのは吾妻琴乃。対面してお願いするのは気まずい相手だったが、その感情を押し殺して彼女とペアを組むことにする。

 太陽は彼女が自分の事を良く思ってないと考えているので、必要最低限の接触で済ませるようにする。


「じゃあ、自分が最初なのでこれをお願いします」

「はい。頑張ってください」


 琴乃がそう言って薄く微笑む。琴乃のそんな姿に太陽は既視感を覚えた、その姿は昔を深く想起させる。あまり、思い出したくない記憶も同時に少し出てきた。

 表情の変化を読み取ったのか、そうでないのか固まった太陽を心配して琴乃は声を掛ける。


「だ、大丈夫ですか?」

「うん、気にしないで、うん。大丈夫だから、行ってくるよ」


 太陽がスタートラインに向かう。琴乃は教師からストップウォッチを渡される。

 スタートラインに立って体育専攻科と魔法専攻科に分かれて第一群、第二群のに分かれてスタートする時間をずらして走ることになる。

 太陽たち魔法専攻科は第二群なので第一群が言ったら直ぐにスタートラインに立てるように準備をする。


「第一群、位置について、よーい、ドン!」


 今回はピストルの空砲で合図を出した。地面が揺れる錯覚を生徒は感じながらスタートラインについて準備する。一群が400mトラックの半分まで進むことになる時に教師が声を掛けピストルを構える。第一群の先頭が半分に行くと生徒の一人が白旗を上げる。

 それを見た教師は第二群に声を掛ける。スタートラインに就いていた生徒たちに緊張が走り、教師がタイミングを見て空砲を鳴らす。


「はぁっ?」


 空砲が鳴り響いた瞬間に太陽ともう一人、朝日が飛び出した。スタートダッシュの加速のまま走り続ける。

 第一群の生徒は恐怖する。50mを1足で駆け抜ける化け物が2体。片方は白いマスクに短髪の総白髪で赤い目を片方だけ出して後ろから高速で迫る、もう片方は長い赤髪激しく揺れて禍々しい雰囲気を発しながら、髪の奥には途轍もない美形を携えて片方と同じような速度で迫っていく。


「ひぃぃぃぃ!」


 体育科は情けない声を上げながら速度を上げて逃げ始める。傍から見れば一種のホラー映像だろうし、本人達からしてみれば恐怖体験だろう。本人たちは覚悟ができていないのに恐怖体験をさせられていた。

 そんな逃走劇は長く続くことなく太陽と朝日は直ぐに全員を追い抜いていく。さらに周回遅れにして余裕でゴール。


「あ、月隠さん、お疲れ様です」

「「はい、お疲れ様」」

「ええと、月隠さんじゃなくて、月隠君で、ええ、ええと」


 月隠と呼ばれ朝日は少し琴乃に意地悪する。それに琴乃は困惑してアワアワとし始める。少し意地悪そうな笑みを浮かべている朝日を目で責めるが、たいして意味はなさそうなので両肩を抑えて落ち着かせる。


「はい、落ち着く」

「は、はい」

「紛らわしいだろうから、俺は太陽で良いよ」

「はい、えっと……た、太陽さん」


 恥ずかしがりながら琴乃は太陽の名前を呼ぶ。何というか彼女の反応だと太陽の方が悪い事している様だ。それから、太陽は自分の記録を聞くと記録用紙に書き込む。そして彼女からストップウォッチを受け取る。太陽たちは全員が終わるまで待つことにする。スタートから5分と少し経った頃に全員が1500m走り終わる。


「お、終わったみたいだ」

「じゃあ、行ってきます」

「はい、行ってらっしゃい」


 優しく微笑んで太陽は琴乃をスタートラインに送り出す。琴乃は朝日の様に目立つタイプの少女では無いので普通なら見失いそうになるが、太陽は動体視力と判別力には自信があるので簡単に見分けられる。


「お、おお」

「おれ、感動してるよ」

「生きてて良かったと思うよ」


 ボソボソと聞こえる男子の呟きに太陽、辰馬、陽斗は大袈裟だろうと呆れている。

 まぁ、華やかな光景には違いない。準備している女子たちは薄い体操着を発展途上の柔らかな肢体に包んで惜しげもなくその肌を晒している。何だか、不思議と興奮してくる。


「さぁてと、妹達はどれくらいになってるかな」

「お前を見てると怖くなるよ」


 太陽と辰馬は軽口を叩きながら、全員のスタートを待つ。因みに、太陽は琴乃のタイムを計っていて、辰馬は心美、陽斗は理子、純二は七海のタイムを計っている。

 この学校には太陽の妹が朝日を除いて4人いる。予想するまでもなく彼女たちの身体能力は確実に高い。

 暫く待っていると、魔法専攻科のスタートを知らせる空砲が鳴った。全員ストップウォッチをスタートさせる。


「は、はやあぁ……」


 異常な身体能力第二弾。陽斗は呆れた溜息と共に驚愕している。しかし、運動が出来ない妹もいた。


「日暮、頑張れー!」


 他も声を上げて応援しているので太陽も声を掛けてやる。日暮は身体能力はあるが、体を使っていない類の人間なので息切れしている。流石に全体から遅れているわけでは無いのが唯一の救いだろう。


「吾妻さん、頑張ってー!」


 ついでに太陽は琴乃を応援してやる。どれ位の効力があるのかは分からないが、頑張ってくれると太陽も応援の甲斐があるというモノだ。


「もうゴールするようだぞ」

「本当だ、はえぇな」


 目を離していると日暮以外の太陽の妹は直ぐにゴールした。


「予想が外れてしまった」

「良し、今日は辰馬の奢りだな」


 太陽たちは妹達の着順で賭けをしていた。そして、それを聞いていた朝日に拳骨を食らわせられる。

 そんなこんなで時間は進み、全体の計測がおわった。


「それで、兄さんは放課後ちゃんと行くんですよ」


 終わり際に朝日からそう言われると太陽は気落ちしながらも着替えて、教室に戻り、帰りの会を終わらせて太陽は風紀委員会室へ向かう。

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