第8話 風紀委員会入会試験

 頭を使う事のなかった気楽な一日を終えると太陽は友人達に一言断ってから、生徒会長に呼び出された場所へ向かう。

 目的地は風紀委員会の委員会室である。身嗜みを整えた後、ノックをする。

 すると、返事が返ってきたのでドアを開ける。すると、中には立っているのが複数人と、座っている生徒が数人いた。座っているのは全員上級生のようで、ネクタイの色が自分とは違った。

 太陽はとりあえず立っている生徒の方へ近づく。その中には見覚えのある生徒達がいた。白銀しろがねあやと昨日朝日に声を掛けていた男子生徒だった。

 一応、頭を下げて挨拶した後に、端の方で休めの姿勢で待つ。

 数分後、何人か入ってきた後に、足柄先輩が入ってきた。


「諸君、良く集まってくれた。これから本校風紀委員の選抜試験を始める」


 足柄先輩は所定の位置に着くと同時に、開口一番そう告げた。

 太陽は動揺を隠しながら、話の続きに耳を傾ける。


「壁際に立って貰っている一年生たちは教職員組合、生徒会、部活動連盟の本校重要機関から指名されてきた精鋭だ。が、しかしだ。指名されたとはいえ、風紀員会は激務であり、場合によってはハードな場面の対応を行う事もある」


 そこで一旦言葉を切った後に、足柄は一年生が並んでいる方へ向き直る。


「生徒同士の喧嘩の仲裁、部活動の小競り合いの制圧、犯罪行為の取り締まりに、非常事態には前に出て行って命を懸ける事もある」

「……」

「そうする事が求められる理由は我々が、人よりも優れた暴力を持っているからだ。その暴力を他人の為に使う事で、我々は社会の一員として貢献できる。風紀委員はそれを社会に出る前に行える立場でもある」

「……」

「だが、人には得意不得意があるためそこを見極める必要がある。その為に先ずは、試験を受けてもらい、風紀委員としての適性があるか見定めさせてもらう」


 話し終わると定位置に戻り、ホワイトボードを引っ張り出す。ホワイトボードには簡素な敷地内の地図が描かれている。


「試験内容を説明するぞ。試験時間は部活動が終了する18時まで。それまでに学校敷地中に散らばった我々風紀委員の出すお題を2つクリアする事。仲間を作って協力するのもありだが、その分お題の量が増える事は注意しろ。また、お題については解決例が複数ある場合もある、風紀委員として対処する君たちの力量に期待する」


 太陽はやる気がないので、ちゃんと失格になろうとスタートからそのまま教室棟に引きこもる事を決めた。

 足柄はそれを見抜いたのか、また、口を開く。


「ただ、君達の中には不本意ながらここに推薦されたものもいるだろう。そういう場合はやる気がないのは分かるが、折角各機関が推薦権を行使して君達を指名したのだ。あまりにもやる気がない場合は、指名した機関への報告と風紀委員総出での意識改善の指導を行う」


 ただの説教の百倍面倒くさそうな事態に、太陽は眉根を寄せる。

 足柄は満足そうに頷きながら辺りを見渡すと、机の下から複数の冊子を取り出して並べる。


「先ずは風紀委員会が何をするのか、この冊子について読み込み。心構えや役割について考えてみてくれ。我々は今から学校中へ散る。そうだな、20分後から各々ここから出て行って我々のお題を受けてほしい。では、初め!」


 足柄がそう声を掛け、腰を掛けていた風紀委員は立ち上がり、足早に全員出ていく。

 残された一年生たちは顔を見合わせながら、冊子を手に取り、じっくり見始める。

 太陽が内容を読み込んでいると以下の事が分かった。


・風紀委員の役割は仲裁、牽制、証拠の確保、証言を行う事であり。偽証や不公平な裁定を行ってはならない。

・風紀委員は生徒同士の問題を解決する立場にある。問題が解決しない場合は当該風紀委員が安全を確保後、当人同士の実力によって結果を決める事も良しとする。

・風紀委員は学園に対して、異常事態が発生した場合、一般生徒に対して避難誘導と警備部隊と協力して異常への対処義務がある。

・風紀委員は魔法発動の補助具を一人一個学園内で携帯する事が認められる。

・特権の乱用や偽証、不公平な裁定が続くようであれば、罰則を審査の上、最大で退学処理が行われる。


 魔法の補助具を持つことは、学校の中で拳銃を生徒に携帯させるようなもので、軽々しく許可を出すようなものではないが。異常事態への対処義務と特権乱用に対する罰則で認めさせているらしい。


「こんにちわ」

「え? ああ、こんにちわ」


 太陽は冊子を読み込んでいると、白銀彩が話しかけてきた。

 彩は太陽の隣に座って、手元の冊子をのぞき込んでくる。太陽は冊子を彼女が見やすくなるように開いて置いてみる。


「月隠さん、で、良いのかな?」

「名前の呼び方は、朝日と間違えそうなら下の名前でも大丈夫ですよ」

「そう、じゃあ、太陽さんで」


 彩は表情は乏しいが、微笑した後、世間話を太陽に持ち掛けてきた。


「太陽さん、今日は琴乃と一緒だったね」

「ああ、持久走か。前に教員たちに呼び出されてしまってな。異性でパートナーを組んでくれる人がいてよかったよ」

「琴乃にしては珍しいんだよ。あんなに緊張せずにそばに居られた男の人は」

「そう、なのか?」

「うん。あの子、男の人が苦手で話せず黙り込んじゃう事の方が多いからね」

「へー、そいつは大変だ」

「うん、大変なの。だから、太陽さんあの子が困ってたら助けてあげて」


 彩は真剣な表情で太陽の目をのぞき込む。

 太陽は視線を受け止めて、見つめ返して答えを出す。


「まぁ、やれる分だけなら」

「うん、今はそれでいいよ。あと、風紀委員会の備品があるみたいだから取りに行こう」


 彩は備品が積まれている段ボールを引っ張って、巡回に必要そうな風紀委員の装備を渡してきてくれた。


✿   ✿   ✿


 風紀委員長たちが出て行って20分が経つとそれぞれが委員会室を出ていき、先輩たちを探しに向かう。


(どう探したものかね)


 太陽はとりあえず、風紀委員会室の入っていた本部棟を出て行って、校内を探し回る事にして、本部棟から少し離れた所へ向かった。

 太陽が両手を構え、その先に力を籠めると黒い塊が生成されさらにそれを続けることでドンドンと巨大に変化していく。黒く巨大な塊はやがて不規則に歪み始めると、最終的に何百と分割されて、それぞれ生き物を象りながら、方々へと散っていく。

 太陽は太陽で少し体をほぐすと、異常な身体能力に任せて学園中を見回り始める。すると、校庭のそばで体育会系の風紀委員の先輩と筋肉質な男が立っていた。

 太陽が上から着地してくると、大分びっくりされた。


「お、おお、来たのか」


 先輩は驚きながらも、お題について説明してくれた。


「俺たちが喧嘩している所にお前は遭遇。お互いに殴り合いそうな一触即発の雰囲気。お前なら、どうする? 実際の状況を想定して動いてみてくれ」

「……双方、そこまで風紀委員会です。揉めていらっしゃる様なのでお話をお聞かせ願えますか?」


 太陽はなるべく丁寧に二人に呼びかける。二人は状況再現するのか向かい合った後に太陽の方へ顔を向けた。


「うるせぇぞ、一年! 邪魔だから引っ込んでいろ!」

「そうだ、そうだ。関わってくるんじゃねぇ!」

「……せいっ」


 変な茶番に付き合わされたと思いつつ、太陽は懐から黒い物体を二人の顔面に投げつける。


「おっ「あっ「ぎゃあああああああ!!」」」


 二人は太陽の予想外の行動に呆気にとられるが、投げつけられたものの正体に気づいて悲鳴を上げる。

 それは勝手に同居人になる事で有名な黒いGさんであった。

 二人は絶叫を上げると、慌てて手を顔を拭き始める。


「お二人とも。玩具ですからあんまり騒がないように」

「へ? え? あれぇ?」


 呆けた顔で二人は太陽を見る。太陽は二人の前に、Gの模型であるものを提示する。


「さて、お二人。お話、聞かせてくれますね」

「「あっ、はい」」


 太陽は二人の話を聞いて仲裁すると、お題達成のあかしを貰い。その場を立ち去っていった。


✿   ✿   ✿


 太陽が放った生き物たちが風紀委員たちの居場所を伝えるが、近場の方は同級生たちがお題に取り組んでいるので、散らばっている遠くの方へ太陽は向かう事にした。

 移動方法は先ほどと同じように施設や建物の上を走りながら進んでいく。

 今度の先輩はそこはかとなくチャラそうで要領のよさそうな先輩が立っていた。


「こんにちわ」

「あ、ああ、うん、どうも」


 上から着地してきた、太陽に若干引き気味になって挨拶を返す先輩。


「それで、お題は何でしょう?」

「ああ、俺のお題はかくれんぼだ。この演習林の中に隠れている協力者を三人捕まえてくれ。制限時間は十五分だ」

「仲間を呼んできてもいいのでしょうか?」

「それは風紀委員としての立場で考えてくれ」

「ドローンなどでの探索は?」

「それも同じように考えてくれ」

「捕まえ方は?」

「テロリスト想定だけど、生け捕りが前提で動いてね」


 聞きたい事が聞けると、太陽は先輩と少しだけ話した後に、準備運動をして、演習林へ入っていく。


✿   ✿   ✿


 演習林の中には10人ほどのガタイの良い生徒たちがいた。彼らの手には特殊なBB弾の入ったエアガンが握られている。お題の内容的には銃火器を持ったテロリストに対しての制圧能力と対処能力を判断するための試験である。

 この学校は魔法に関しての重要機密に繋がる端末があるので、オンラインで内容を除く術がないのであれば、見やすい端末から直接覗こうという訳でテロリストや他国の諜報部隊に狙われることも多い。創立40周年ほどたつが、既に複数回襲撃された実績を持つ。魔法専攻の学校が少ないのは、教員不足の他にもこうした防衛設備の強化に関する費用も理由が挙げられる。

 その為、学生でも一部は予備役扱いで襲撃者防衛に協力する事がある。


「そのために、こうして実戦に近い訓練もやる事がある訳だが」


 そういって風紀委員の協力者の一人がぼやく。彼はエアガンを胸に構えていつでも動き出せるように身を隠している。

 今回はテロリストとして自分はどう動けば目的達成に動くのかを考えて、有事の際に敵の目的を先読みできるようにしようというコンセプトの訓練である。


(さてさて、いつ来るか分からないから気を抜けない)


 彼はテロリストとして開始から十分は演習林で身を潜め、その後は図書館棟に向かうというスケジュールで行動する。テロリストが捜索なんかを試験生たちに体験させるのが目的のため、テロリストがしっかりとセキュリティーを乗り越える想定で動いている。

 彼の周りは静かで薄暗く、時折鳥の羽ばたく音が聞こえる程度で、人影なんかは見えない。

 そんな中で彼の目の端に動くものが見えたので注目してみる。


「蝶?」


 全部が真っ黒い蝶の様な何かが飛んでいるのが見えた。注視すると握り拳位のサイズの人型に蝶の翅がくっついている。妖精のような形をしている。妖精は彼の方へまっすぐ飛んでいくと、彼の頭にピトッと、とまった。

 害意はなさそうだと判断したが、得体のしれない物を頭に乗せたままにする趣味はないので、振り払おうとする。

 と、横からいきなり拳が飛んできた。彼は咄嗟に前にかがんで転がる。

避けた拳は演習林の樹に突き刺さった。何の誇張もなく、拳が樹に突き刺さったのだ。

 その光景を見た彼は敵の正体を確認する事もなく、転がった勢いで逃げていく。

 が、時すでに遅く、背後から頭を掴まれて大音量を聞かされたかのような衝撃を感じ意識を手放した。

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