第6話 変な生徒の妙な特技
入学式の次の日。
朝、目覚ましが鳴る前に太陽が目を覚ました。窓の外は澄み切っていて、のどかな空が写っている。しかし、太陽はそんな爽やかな朝にも関わらず、汗を滲ませて顔を歪めていた。今は家にいるので、寝る前にマスクは取っていたが、起きるとすぐにマスクをつけてしまう。
「少し動くか」
太陽は動きやすい服装に着替えて外へ出る。外に人影もなく、閑散としている。太陽はランニングを始め、近場の公園を目指す。
公園についても人影はない、朝早くについたため当たり前ではあるのだが。
公園の広場で充分なスペースを取り、武道の演武の様な決まった型を行う。手首には重りが付けられている。正拳突き、上段蹴り、中段蹴り、足払い、体を動かしながら一つ一つの動作を復習するように丁寧に行っていく。全て終わると、またジョギングで帰っていく。
太陽は家に帰り、リビングに入るとと白いロングヘアーで黒目のダウナー系の少女でなんとも気だるげな表情をしていた。儚げな雰囲気はあるのだろうが、彼女には噴火したように寝癖がついている。太陽は何とも残念なものを見る目で近づくと話しかけた。
「ただいま、日暮。あと、おはよう」
「お帰り、うん、おはよう」
「今日の当番は日暮だったな。それで作れるのか?」
「無理。お兄ちゃん、代わりにやって下さい。その分、私は寝るから」
「却下だ。ほれ、顔洗って何か用意しろ」
「んー」
寝起きでダルそうにしながら、洗面所へ向かう日暮。太陽は溜息つくと、2階に自室へ戻り、タオルで汗を拭くと制汗シートで体を拭いていく。本当は、シャワーの方がいいのだが、生憎と朝は女子陣が風呂場や洗面所を使うので、太陽はこれで済ませている。
「朝飯は、期待しないでおくか」
太陽は大体の登校準備を終えて、下へ降りる。すると、準備を終えた女子陣が席で待っていた。その数、7人。テーブルの上には盛られたコンフレークが用意されていた。
「おはよう、皆」
『おはよう』
「それじゃあ、いただきます」
『いただきます!』
全員で声を合わせて挨拶する。そこからは全員行儀よく食事を摂る。そして、ここで家族に話して置きたいことは、話して置くようにしている。所用があって太陽なんかは家にいないことがあるからだ。
「じゃ、教科書代よろしくね」
「分かった。今日には振り込んでおくよ」
小学生か中学生位の少女に言われると、太陽は了承して自分の分の朝食を片付ける。すると、リュックサックを背負うと用意されていた弁当を中にしまう。
「先に出てるな」
「はーい、行ってらっしゃい」
太陽は家から出ていくと真っ直ぐに駅へ向かう。そして忘れない内に近場のコンビニに寄って振り込みをしておく。それだけ済ませると今度こそ駅へ向かう。
駅は前世代のものと違って、運転手が運転するのではなく、中央管制塔で列車の運転を制御している。自殺や人身事故防止の為に策を設けたり、高所や地下に進路を通して事故を起こさないように努めている。大災害や大戦が起こったからこそ大規模に改革していけたといえる。よかったか、悪かったかはよくわからない。それでも事故も起こらず便利になったので、特に不満も出ずに運営がされている。
✿ ✿ ✿
太陽は電車に揺られると目的の駅に到着する。定期を翳して駅から出るとそのまま伊月高へ向かう。駅から伊月高までの一直線の大通りを通って学校へ向かう。
伊月高はマンモス校で高校の校舎が六つに教員棟が一つ、図書館棟が一つ、研究棟が二つ、体育館とグラウンドが三つに、実技棟が二つ、後にいくつかの設備諸々。国営とはいえ設備にかなりの金を掛けているのは確かだろう。それだけ、この学校に期待しているという事なのかもしれない。しかし、本当の所は期待しているのはこの学校を卒業した魔法を使えるモノだけだろう。
ここで魔法の使える者ーー、通称、魔導師について説明させてもらう。魔導師、正式名称魔導技能師。魔導師というのはかなり貴重な存在であり。増えてきたと言われる現在でさえ、100人の人間を集めて、一人いればいい方である位に魔導師の数は少ない。そして、大体の魔導師は普通の人間以上の戦闘力を持っており、その力を利用する為に各国政府は魔導師の育成に専念している。
その為に魔導師育成の現場には多額の資金と援助をしており、伊月高ではそれらを利用して、魔導師以外の人間も同時に育成を開始している。
そんなわけで太陽はこの高校に魔導師の卵として入学した。自分の教室へ向かい扉を開ける。そこにはもう複数の生徒はいたが、太陽の見覚えのある生徒はいなかった。
仕方がないので、指定されている席につく。教室にある机は教育用の端末になっている。現代ではこれを利用して、教養課題なんかは授業が簡略化されてきている。中には先生に会わない学校もあるそうだ。
ここでもそれを使い、専攻科目以外はすべてこの端末に頼って授業が行われている。
(先に授業の登録をしなくちゃなんだよな)
太陽は授業登録したり、新入生のアンケートなんかに答えていく。すると、見覚えのある男子生徒、新田陽斗が来た。
「おはよう。授業の登録か?」
「ああ、アンケートにも答えている」
「アンケートかぁ。面倒だな」
「じゃあ、早めに答える事だな。割と質問が多いからな」
陽斗も自分の席につき色々入力を始める。太陽も入力していると女子生徒が話しかけてきた。
「ねぇ、君。昨日、首席の女の子と一緒だったよね」
活発そうな風貌のショートヘアーが似合う美少女だ。近くには付き添いなのか大人しそうな女の子がいる。
「君は?」
「ああ、ごめん。名乗らないのは失礼だったね。私は
「悪いが、紹介する理由はないし、話しかけたいなら自力で頑張ってくれ」
「そんな、無体なこと言わないでよ~」
「理子ちゃん、無理な事言っちゃ悪いよ。此処は下がろう。ね?」
「そんなっ」
言葉を続けようとした理子の頭が後ろから引っ叩かれた。細身で長身な男子生徒が、フルスイングで叩いたらしい。
「迷惑かけない」
「あたた、痛いよー」
「すまなかった。月隠君」
古い付き合いなのだろう、蓬理子に代わって男子生徒は折り目正しく頭を下げた。真面目そうな人間で、太陽は少し好感が持てた。
「君は?」
「ああ、ごめん。
「そうか、純二君。妹へのナンパだったら、本人に直接してやってくれ」
「いや、そうじゃない。僕はコレの親父さんに頼まれただけだ。あと、なんか目立つ格好しているから気になった」
「否定はできないな」
太陽は自分のマスクを摩りながら、怪しい風体だと再確認する。そして、石井純二という男子生徒が蓬理子の護衛役を務めているのだろうなと、なんとなく察した。
「一応、言っておくが。僕は護衛とかそういうのではない。コレはいいとこの娘だからね。やらかさないようにのお目付け役がいいとこだよ」
「そういう人間もいるんだな」
「あっ、そろそろ時間だ。ごめんね月隠くん。迷惑かけたわ。二時間目は一緒に学内見回りましょ!」
理子はそれだけ声を掛けると自分の席へ戻っていく。それぞれも自分の席へ戻る。辰馬はいつの間にかやってきていて、太陽の後ろの席にしれっと座っていた。そして、チャイムが鳴る。その後に前方のドアが開き、一人の女性が入ってくる。女性は長い黒髪にゆるい服装をしていて、とても優しそうな人である。
「こんにちわ。私がみんなの担任になりました、
担任の教師ーー、盛波安奈先生はゆるい感じでそう言うと生徒の自主性にゆだねて教卓の横に席を出してそこで待つことにする。
太陽は授業登録を終わらせているので、ガイダンスの動画を見終わるとバックから裁縫道具を取り出して材料を縫い付けていく。元々でき欠けのヌイグルミだったようで顔のユルいキャラクターを作っていく、周りに迷惑にならない様になるだけ静かにして完成を進めていく。
「ヌイグルミですか~」
「ええ、そうです。やる事なくて暇なので」
「そうですか~。ごみは落とさないように気を付けてくださいねぇ」
「ああ、はい。気を付けます」
「そうですか~。では、針先に気を付けて下さいね~」
太陽は小さい塵取りとブラシを取り出して糸くず等を集める準備をする。安奈は太陽が何しているのか気になっていたようだったが、太陽とゆるい会話を終えると教室を見回り始める。太陽も一時間目が終わるまでにヌイグルミを二体完成させる。
太陽が二体目のヌイグルミを完成し終わると、終業のチャイムが終わった。
「それでは、終わりです。二時間目は自由にしてくださって構いません。その後はお昼ですので、また会うのは三時間目ですね~」
『分かりましたー』
全員が声を揃えて返事する。安奈は教室を出ていく。すると、辰馬たちが太陽に近づいてきた。
太陽が学校で知り合った知り合いがなぜか周囲に集まった。
太陽は体がむずがゆくなりながら、少し気になったことを質問してみる事にした。
「そういえば、君の名前を聞いていなかったな」
「あっ、あー、言ってなかったかもしれません。では、改めて
「ああ、なんか知られてるようだけど、改めて、月隠太陽だ。こっちは幼馴染の東海辰馬だ。で、こっちは昨日知り合った知り合いの新田陽斗だ」
「よろしく」
「よろしく」
「「「よろしく」」」
一応、両方の事を知っている太陽が二人を紹介してやる。長く付き合うかは分からないが、クラスメイトなのだ、仲良くして置いて損はないだろう。
「それで君たちはこいつのなりが気になったのか?」
「まぁ、それと主席の子が気になったから声を掛けたの」
「ああ、朝日の事か。あんま興味本位で手を出すと火傷するぞ」
「やっぱそうなの? あんな綺麗な子なんて見た事なかったから、やっぱそういうので苦労しているのかね」
「まぁ、うん」「そうだね」
太陽達は苦労をうかがわせる顔で同意すると、ぬいぐるみを自分のカバンに入れるとマップを開いて机に乗せる。
「それで、皆は次はどうするんだ?」
「……そうね。色々いきたいところはあるけど、太陽君はどうしたいの、私としてはそれ次第なところもあるけど?」
「開発棟かな、学校の設備とかもっと見てみたいんだよね」
「俺も見てみたい」「私も良いですか、私も志望先が一緒なので」
「へぇ、なら私も見に行こうかな」
「運動場の方が似合いそうなんだがな」「はは、同意だ」「「アデッ!!」」
余計な事を言う陽斗と純二が理子に頭を殴られた。失礼な事を言ったら、当たり前の結果である。
「それじゃ、どうしましょうかね」
「先に開発棟へ行って、他も見て回りましょうか」
「それが無難か」
七海が無難な案を出して全員がそれに同意する。全員で別の場所へ移動を開始する。
✿ ✿ ✿
太陽たちは開発棟を見学して、その後に研究成果の発表を見学する。色々見学をした後に昼食の時間になる。取りあえず、全員食堂へ向かう。しかし、太陽は自分の弁当を取りに一旦教室へ向かう。
「おお、かなり広いな」
「一学年500人はいるんでしょ。当たり前じゃない」
「席はとっておくから。先になにか頼んできなよ」
「お、ありがとな」
辰馬はそう言うと空いてる席を確保する。他の面々は料理を取りに行く。しかし、初めての食堂で全員何を頼めばいいのか分からなかったので、取り敢えず日替わり定食にする。三人が戻ると辰馬も列に並んで買いに行く。辰馬が戻ってきた段階で太陽が弁当を持って現れた。
「お、まだ大丈夫そう?」
「皆、待ってたぞ」
「おお、それはすまん」
申し訳無さそうに太陽は謝罪すると、辰馬の隣に座る。
「実はそんなに待ってないんですよ」
「なんだ、ビックリした」
「でも、早めに来るべきだね。冷めちゃうかもしれなかったよ」
理子はからかう様に薄く笑った。太陽は苦笑いで答えつつ弁当を開ける。
「さっさと食べよう」
「そうだな。で、ええっと、これはなんだ?」
辰馬達の前には揚げ物とキャベツが皿の上に乗っていて、ご飯に味噌汁、付け合わせに漬け物がついてきている。
「今日はメンチカツだそうですよ」
「うん、美味しそう」
太陽たちはいただきますと挨拶すると食事を始める。
太陽の弁当二段になっていて、下段に白米、上段に二種のおかずが詰められていた。鶏肉のトマト煮、ミックスベジタブルの二種だった。弁当の半分ずつを埋めているので作った人のものぐさ具合が見て取れる。太陽は予想していた様に何とも言えない表情になる。
「まぁ、こんな物だよな」
「なんか弁当がすげぇことになってるな」
「冷食と手料理かな。随分と両極端だね」
「しょうがない、しょうがない。今日はこんなもんだ」
太陽は慣れてるようにそう言って箸でつまみながら食べていく。他も自分の昼食に端をつけて食べ進めていく。途中、太陽のミックスベジタブルが思ったより食べづらかったが食堂のスプーンを使うことで難を逃れた。
「ご馳走様」
食後の挨拶を済ませると食器を下げる。
太陽は遠目に朝日の姿が目に入る。級友を作った妹は、順調な学校生活を進めているようで兄としては安心して次の見学場所へ走る。
✿ ✿ ✿
次は魔法の訓練が行われている演習棟へ向かう。魔法専攻だけが使う棟だが、他の棟と比べても大きい事がよくわかる。
「大きいな」
「大きいですね」
「というより、壁が厚いのかもね。かなり頑丈にできてるよ」
「中で何かやってるのかな」
「実技の演習を先輩方が派手にやってくれるみたい」
「見に行こうぜ」
『『『おー』』』
演習棟の中へ入っていくと、無機質な廊下を進んで演習が行われている部屋へ向かって進んでいくと、はめ込められた大きな強化窓ガラスがあり、その中では太陽たちの先輩と思われる生徒たちが集まって、演習を行っていた。窓の前には二十人くらいの生徒が集まって思い思いにしゃべっている。
「すげーな。あんな威力が出せるのか」
「先輩ってやっぱスゲーんだな」
「それよりも、威力を保ったまま、五つ同時に起動して書く方向の的に同時に当てる制御能力の方がすごいだろう」
「確かに、かなり安定して当ててたよな」
どうやら演習で好成績を残した、先輩の能力について起こって談義しているようだった。
太陽達も近づいて演習場の様子を確認する。
そこには三年生と思われる先輩が立って、的に向かって手を構えていた。学年ごとにリボンやネクタイの色が違うのでそこで判断すれば演習をやっているのは三年生だと分かった。的の方は、10個出現している。
「あれは、生徒会長だな」
「ほんとだ、綺麗な人よねぇ」
「「「そうだなぁ」」」
「なんか三人とも興味なさそうだね」
「仕方ないんじゃない、あんな美人が近くにいるわけだし」
「四人とも、会長に失礼だと思いますよ」
「「「「あ、すいません」」」」
雑談していると、生徒会長は準備を整えたのか、淡い燐光を発っすると、同時に十個の火球を発生させて、そのまま各的へ炸裂させることで課題を一回の施行で達成した。10個同時に魔法を操るという、曲芸じみた操作技術を見せて、窓の方へ手を振ってくれる。
会長の美貌にやられたのか同級生の中には、呆けた表情をしているのも見られる。太陽達は見るもんは見たというように、そこから離れていく。
✿ ✿ ✿
太陽達は教室に戻ると太陽の周囲に集まって今回の見学会について意見を交わし始める。
「うーん、開発棟には興味が惹かれたな。もっと見てみたかったがしょうがないか」
「逆に私はダメね。なんか頭クラクラしてくる」
「俺もだ、あそこまで細かい作業はきっと無理だ」
「当たり前よ。あんたの頭じゃ一生理解は無理ね」
「あんだとコラ!」
煽る理子の言葉に乗せられた陽斗が理子へ突っかかる。純二や七海がなだめる事でその場は落ち着く。
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて。陽斗君もちゃんと勉強すればメンテナンスとかも自分でできるようになりますよ」
「そうだよな!」
七海の励ましに春人は気を取り直す。感想は生徒会長の射撃訓練に移る。
「会長さんはやっぱり天才なんだな」
「そうでもないよ。陽斗だってちゃんと練習すれば十個くらいの多重展開位はできるようになるさ」
「多分、陽斗は体外に魔法発動させるのが苦手なんだろ。自分の体に多重展開するならそれほど苦労はしないと思うぞ」
純二は慰めの言葉をかけて、太陽は具体的なアドバイスを混ぜてやる。そこで陽斗は少し疑問に思った。
「……何で俺が遠隔系の魔法が苦手だと思ったんだ?」
「理由は二つ。一つ目は体が鍛えられているから、二つ目に第一印象でそう細かいことが出来そうに見えなかったから。根拠は少し薄いけど典型的な近接系の魔導師の特徴だ」
「ひでぇ」
「的確な判断じゃない」
太陽の言葉に理子が同意する。太陽の判断を陽斗は納得した、自分でもそう感じる所はあったのかもしれない。陽斗は次のスケジュールが気になったので質問してみる。
「そんな事より、次は何があんだ?」
「今日はそのまま帰りだな。俺は早めに帰宅するつもりだけど」
「何かあんのか?」
「今日は買い出し担当だしね。妹と買い出しさ」
太陽は少し楽しそうな声を出して、この後の予定を話す。すると、狙っていた様に理子が話そうとすると安奈先生が入ってきた。
「はーい、みんな席についてくださいね」
その後は今後の予定などが口頭で伝えられ今日は解散となる。
太陽はまとめた荷物を背負って足早に教室から出ていく。それを辰馬達が追っていく。
「何だついてくるのか……」
「いや、言ったじゃん。妹さんと話したいのよ」
「そんな面白いものじゃないと思うが」
ため息をついてとりあえず妹との合流場所へ向かう。合流場所につくとすでに女生徒が待っていた。彼女も朝日ほどではないが十分美少女であった。黒髪のストレートロングで切れ長の目、小さく整った鼻に、色素が薄い唇。十分綺麗な美少女だ。
「ありゃ、朝日さんじゃない?」
「別に四六時中一緒じゃないんだから、別れて行動くらいあるさ………。
太陽が呼び掛けると、黒髪の美少女ーー、火凛がこちらを向く。そこから近づいてくると、少ししんどそうな顔をしているのが分かった。
「
「お前は、もう、何て言うか」
太陽は頭を押さえて、ため息をつく。火凛はとてもマイペースな性格だった。少しのやり取りで全員それを察した。
「食料の買い出しついでになにか買おうか」
「よし、早めにいこう」
火凛は太陽を引っ張っていく。他の全員をおいてグングン進んでいき、他も慌ててついていく。太陽は後ろを振り向いて、歩きながら火凛を紹介する。
「こいつは火凛。俺の妹の一人でな腹ペコマイペースな性格だ」
「ああ、何となくわかる」
陽斗はそう頷くと一緒に校門まで向かう。すると校門近くで騒ぎが聞こえてくる。
「何だ? って、朝日じゃん」
「じゃあ、大丈夫だ」
「心美もいるんだが」
「早く避難しなくては」
火凛は太陽を盾にして校門から出ていこうとする。それに気づいた朝日が太陽の制服を掴んで、群がっていた級友にこう言った。
「この人と放課後に用があるので失礼します」
「そんな月隠さん! もう少し話しましょうよ!」
「そっちの彼も彼女さんと一緒みたいですし、邪魔しちゃ悪いですよ」
男子生徒が中心的になって突っ掛かってくる。朝日にも太陽にも下心が透けて見えてくる。まぁ、健全な男子ならしょうがないと思って全部無視して、言葉を繋げる。
「私は次の予定まで時間がないので、ここで失礼します」
「いいじゃないですか、今日くらい私たちと親交を深めましょう。この先に美味しいクレープ屋があるみたいですし、一緒に行きましょう」
めげない男子生徒。中々しつこい。ここまでしつこいと呆れよりも感心が生まれてくる。ここで、意外なところから誘いを止められる。
「いい加減にしましょうよ!」
七海が声を荒げて口を挟んでくる。おっとりした子だと思っていたが、以外に情熱的な子なようだ。
「朝日さんはお兄さんと帰りたいってるじゃありませんか! そんな二人の間に割り込むなんて、言語道断! 非常識です!」
恋人の間に割り込む男を叱りつけるように七海の怒りは、ヒートアップしていく。
その間に心美はちゃっかり辰馬の隣に移って飛び火を避けている。
「そんなことない! 彼女には悪いが、放課後の時間を少し借りたいんだ! 今後の授業の事とか、魔法の事とか入試一位の彼女なら効率的な魔法の鍛錬を積めているんじゃないかと思って相談したかったんだ!」
「そんなの授業の合間とかに聞けばいいじゃないですか! 用があると言ってる人に対して、強引に呼び止めてまで聞くことじゃないです!」
正面からは言わないのに、横から来た奴らに強く出るとは面倒臭い。実際に、七海の言う通りで、授業の合間とかなら朝日も邪険にせずに聞いてくれる筈だ。というか、
「度胸がなくて聞けなかっただけだろうに」
面倒臭くなってきた太陽がため息交じりに呟く。それを敏感に聞き取ったのか、先頭の男子生徒が赤面し腕の機械に手を付ける。そのままボタンを高速でタップする。魔法発動の準備だ。狙いは太陽。
「バカにするな!」
そんな声と共に彼らの身体から淡い燐光が立ち上り。それが形をなしたかと思うと、いきなり弾ける。
燐光を上げたのは男子生徒だが、それを弾いたのはおそらく太陽。陽斗や理子も動こうとしたが、太陽が制するように腕を上げて押しとどめた。それと同時に太陽の腕が何かしたようである。
「まぁまぁ、落ち着いてくれ、今日の所は引き下がってさ。また後日、声でもかけてやってくれ。それにコイツは見知らぬ人と長話するような質でもないしな。わかってくれ」
「………るなよ」
「ん?」
「なめるなよ!」
男子生徒が間合いを取りつつもう一回魔法を発動させようとする。今度は腰に差してあったホルスターから拳銃を取り出す。しかし、本物の拳銃ではない。銃口がないからだ。あれでは弾丸は発射できない。しかし、その銃身には各種センサーが内蔵されている。
「だ、ダメ!」
男子生徒側にいた一人の女生徒が彼よりも先に魔法を発動させる。かと思ったが、いきなり手首を掴まれ、魔法の発動を中断される。掴んだその手は墨で染めた様に黒くなっている。太陽が女生徒を掴んだまま一言呟く。
「大丈夫」
彼の体からは魔法発動の際に放出される燐光ではなく、黒い粒子が薄く放出されている。暴れそうだった生徒の拳銃もどきも同じように太陽の黒い手が掴んでいる。すると、太陽の背中に燐光の弾丸が飛んで、炸裂音の様な音がその場の全員の耳に届く。しかし、着弾した太陽には通用しなかったようで特に何か気にしている様子はない。
そして、凛とした女生徒の声が響く。
「やめなさい! 自己防衛以外の公共の場での魔法発動は犯罪ですよ!」
生徒会長と女生徒が現れた。ネクタイの色で女生徒は総会長と同じ学年なのが分かった。
「風紀委員長の足柄です。取りあえず、話を聞かせてもらいたいので、全員風紀委員室へ着いてくるように。ついでに、そこの女生徒には特に詳しく話を聞かせてもらいます」
「っ………」
足柄先輩は外見はよく言えば華やか、言い換えるならギャルっぽい感じなのだが、今の彼女は厳しい雰囲気を纏っていて、武闘派な雰囲気がある。
太陽が手首を掴んでいる少女は、足柄先輩に目をつけられると体を震わせ、自由な手で太陽の腕を掴む。その他も先輩に目をつけられたと感じて少し蒼い顔をしている。
足柄先輩は全員を見渡した後に、ギロリと太陽を睨みつける。
太陽は変な濡れ衣に内心でため息を付きつつ、一歩前に出てきて頭を下げる。
「申し訳ありませんでした」
「何がでしょう?」
「学業のためとはいえ、周りへの配慮が欠けていました」
「学業、ですか」
「はい、私は魔法の高速発動が苦手でして。一組の皆さんの発動過程を見られれば何かしらの参考になると思ったのですが。無理を言った上に、少し熱が入ってしまい、自分の友人がはしゃいでしまったみたいなので彼には少し悪い事をしてしまいました」
「………なるほど。今回の件は不幸な擦れ違いだったと?」
「ええ、周りの皆さんにはご迷惑をおかけしました」
「では、そちらの女生徒は、明らかに何かしらの意思をもって広範囲に魔法を発動させる気に見えましたが」
足柄先輩は女生徒を問い詰めようとする。女生徒が太陽の傍によって腕を掴む力が少し強くなる。
「彼女は騒ぎを納める気だったのでしょう。魔法と言っても管尺玉位の力しかありませんよ。それに音は防音壁でガードしようとしてたみたいですし」
「………君は発動前の魔法の効果が分かるのか?」
「見ないと分かりませんが」
「………魔法は魔力の塊よ。それを認識して意味を理解するなんて普通じゃないわ」
「こんな、イカれた恰好した人間が普通だと思いますか?」
太陽は自分の恰好から説得力を持たせようとする。
足柄先輩は太陽をにらみつける。そこで足柄先輩の強気な黒い瞳と、太陽の空洞の様な赤い瞳が対峙する。
足柄先輩は、視線での威圧は無駄だと悟り、視線を切ってため息をつく。
「………もう、いいです。今回の事は目を瞑っておきます。しかし、今後は学校内で魔法を使用した自主練習を行う場合は事前に申請し、適切な場所で行ってください。それでは、これで失礼」
「了解しました」
「吹雪。行きましょう」
太陽が頭を下げると他もそれに続いて頭を下げる。とりあえず、難局は避けられたと考えられる。
一言もしゃべらなかった会長が不気味だが、考えても仕方がないので解散の許可をもらったのなら、とっとと離れる事にする。
しかし、絡んできた男子生徒が目の前に立ってきた。
一応、男子生徒を助けたことになるのだろうか、難しい顔をして握っている拳銃もどきを掲げてきた。それにはまだ少し、黒い霧が付いていた。
「これはお前がやったのか?」
「ああ、ゴメン。今取るよ」
太陽がそう言って片手を払うと黒い霧はすぐに晴れた。男子生徒は腕と拳銃もどきの調子を少し確かめるとまた、口を開く。
「助かった。ありがとう」
それだけいうと踵を返して去っていった。大多数もそれに続いて行った。少なくともこれ以上しつこくする気はないようだ。
そっけない態度ではあったが、太陽には素直に感謝している様に見えた。
「兄い。早くスーパーに行こう」
「おう、すまん」
火凛は早くスーパーに行こうと促す。太陽も誘いに乗ってスーパーへ行こうとする。
「あっ………」
すると、女生徒の手を掴んだままだったのを今更ながらに思い出した。
「あぁ、ごめんなさい」
「あ、いえ、私の方もごめんなさい。ご迷惑をおかけしてしまって。あ、そうだ、私、
「私は
どこにいたのか、琴乃の後ろから彩という女生徒が出てきた。琴乃はセミロングの茶髪を下ろしていて、薄幸そうな可愛らしい顔をしている。彩はショートヘアーの黒髪で、活発さはないがかといって根暗そうではなく教育されたお淑やかさが溢れる美少女である。
顔の良い知り合いが増えたな、とか場違いなことを考えながら太陽は気にしないように言っておく。
「いえいえ、どういたしまして」
太陽は人の良い笑みを浮かべているが、マスクのおかげで表情の半分も伝わってはいない。ただ、何となく雰囲気は察せたのか。琴乃は顔を綻ばせる。
「あ、そろそろヤバいんでここでさよなら。また何処かで会ったら宜しくです」
「あ………」
太陽は火凛と朝日を引っ張って足早に駅へ駆け出す。
琴乃は掴まれた腕を名残り惜しそうにさすっていた。
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