第一章
第3話 入学式前の一幕
春、新入生、新社会人達が浮足立つ季節だろう。
ここ、国立伊月代総合教育高等学校ーー、通称、伊月高でも入学式が予定されていて、色んな人間が浮足立っていた。入学式が一時間後に迫っているホールの入口付近が少しだけ騒がしくなっていた。
道行く人が何事かと、その騒ぎの集団を見ている。そこにはホール側に一人の女子生徒、その反対側に7人の男女が新品のブレザーを着て話している。
「新入生の挨拶頑張ってね!」
「席から応援するよ!」
「ビデオも撮ってるからね!」
どうやら新入生代表として挨拶する女子生徒へ激励の言葉を掛けているようだった。彼女らの言った通りビデオも用意されている。よく見ると手製の旗も用意されていて応援されている女子生徒は若干顔が赤くなっている。
「もう! そんなもの作って! 絶対に使わないでよ!」
「善処する!」
「確約して!」
応援される事がかなり気恥ずかしいようで、女子生徒はとても照れくさそうにしている。
そんな彼女達のやり取りが注目されているのは2つあり、一つは単純に彼女達の声が大きく目立つ事と、彼女たちの容貌が普通よりも飛び出てレベルが高いからである。特に注目されているのは挨拶をする女子生徒と、
「……それで、
「あら? 友達が晴れ舞台に上がるんですもの、応援するのが礼儀でなくて? それよりも皆さん、そろそろ時間ですし、行かせてあげないと
心美と呼ばれた女子生徒である。彼女らは正反対ではあるが途轍もなく整った容姿を持っていた。
朝日は鮮やかな赤毛の長髪に琥珀の様な金色の瞳をしている。顔は小さい顔の中に正確にパーツを取り付けたようで、熟練の職人によって作られた芸術の様ではあるがその瞳には職人では表せられない様な活発な生気を感じられる。
心美は艷やかな黒髪に黒曜石の様に澄んだ瞳、こちらも顔の作りが正確で人形の様な可憐さと無機質さが合わさっている。気性が穏やかなためか静かにしていると本当に人形と間違われそうな雰囲気がある。
そんな美少女達の中に混ざっている勇気ある男の一人が腕時計を確認すると目的の時間の数分前になっていたので退散を促し始める。
「あ、本当だ。取り敢えず、俺は横道にいるから何かあったら連絡な」
「はい」
「じゃ、解散」
そう言うと、全員が方々へはけていく。始まるまでの間学校内の施設を見学する様だ。
横道にいると言った少年の名は
白い髪、赤い目、病人の様な白い肌。それだけならまだ良いのだが一番特徴的なのは顔の四分の三を覆うようなマスクだろう。左眼だけが外でその存在を主張しているが、それ以外の顔のパーツは白い布地によって徹底的に隠されている。それのおかげで怪しげな雰囲気が漂い、人目は引くが、近寄り難い雰囲気が漂う。彼は横道に用意してあったベンチに腰掛けると情報端末を開いて、小説サイトをあさり始める。その横に誰かが同じ様に腰を掛けた。
その人物はさっきの見送りの場にいた男の片方であった。彼の名前は
辰馬も同様に情報端末を開いて、ネットサーフィンに勤しんでいる。
辰馬が太陽の格好に反応しないのは、彼らには古い付き合いがあり、太陽の格好を疑問に思わなくなる位には慣れ親しんでいるからだ。彼らは休日に一緒に遊びに出かける程に仲はいいが、お互いに積極的に話をする性格では無い為、沈黙が漂っている。しかし、二人はそれを気不味く思う事はなく、自分の趣味に没頭している。周囲にいた人達はあまりに異様な光景にそそくさとその場から離れていく。
「……ん、そろそろ時間だ」
「そうだな。行くか」
二人はそれぞれ立ち上がると、メッセージアプリでそれぞれの関係者と連絡をとって入学式の会場へ向かう。
✿ ✿ ✿
ホールの中に入ると斑ではあるが、先に入ってきたであろう新入生達がいた。
ホールは2階建てになっていて、一階に新入生、二階に父兄が座れるようになっている。このホールの最大収容人数は2,500人。高校にあるホールではかなりの大きさである。この学校は理系、文系、芸術、体育、魔法の5つの専攻があり、基本は一つの専攻につき5クラスほどに分けられている。そのため全校生徒の人数が多いためホールも大きく作られているのだ。
「あそこが開いてる。俺は打ち合わせ通りに動くけどどうする?」
「俺も付いて行こう」
太陽に辰馬が付いていき隣同士で座る。周囲はギョッ、とした表情を浮かべる。それには慣れた様子で太陽は全て無視して入学式の撮影準備に入る。三脚を立てて撮影するその姿は、まるで運動会の親御さんの様に見える。新入生が新入生の撮影は禁止にはなっていないがここまでやると別の何かに引っかかりそうである。
「目立ってるぞ」
「構わん。どうせ目立つ」
辰馬に行動でかなりの注目を集めている事を注意されたが、どうせ格好のせいで目立つとバッサリと切り捨てた。辰馬は諦めたようにため息をつくと、準備をしている太陽を放っておいて入学式が始まるまで落ち着いて待つことにした。
「晴れ舞台だけど、妹の為にそこまでする奴は珍しいかもな」
「妹のためだけど、爺様に頼まれたからな。後で見せるためでもある」
「なるほど」
太陽は黙々と準備しながら、辰馬からの質問に答えていく。彼の念入りな準備が進んでいき、ドンドンと後からやってきた人間が会場入りしていく。太陽たちの周りも嫌煙されがちであったが、幾つかの人が、彼らの周りに座っていく。
その中で、勇気のある人物が声をかけてきた。
「あの、君、何をしているの?」
「……妹挨拶をするんだ、記念を残しておこうと思って」
「……そうか、あー、でも、もう少し熱量は落とせないかな? 周りの目が痛くてさ……」
「善処しよう」
即答で答えたが、熱量を落とす気のない太陽の態度に話しかけてきた勇気ある男子生徒は難しい顔で押し黙る。そして太陽の隣にいた辰馬に声を掛ける。
「君は彼を止めてくれないのかい?」
「問題はないはずだぞ。そしてこいつは殴られても止まらないから、言うだけ無駄だ」
肩をすくめて、無駄だとたしなめる辰馬。太陽は全く気にすることなく準備を進めて完了させて一息つく。男子生徒はそのころを見計らって話しかけてきた。
「俺は新田陽斗だ。あんたらの名前は?」
「……月隠太陽だ」
「東海辰馬だ。よろしくな、新田君」
「陽斗にしてくれ、苗字はありふれてるからそっちのほうが分かり易い」
「そうか、改めてよろしくな陽斗君」
「よろしく、陽斗君」
「君もいらんよ」
あはは、と笑って陽斗は君付けも取ってくれと笑った。その後は、世間話をしながら入学式が始まるまでを過ごした。
少し経つと、アナウンスが流れた。
「これから、第50回目伊月台総合教育高等学校入学式を開始します」
機械を通した女性の声が響くと入学式が始まった。
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