第1話 公爵令嬢エヴリーヌ・トゥールーズ


 目の前で誰かが食事を摂っている。随分と大きく長いテーブルには3人分と思しき食器が並び、その内2人分を若い夫婦(と思われる)が使っているのが見える。


「まぁ、それで国王陛下は何と?」


(映画とかアニメでよく観る光景だ……わたしも一度揃えてみようと思ったけど、高くてやめたんだったな)


「あぁ、丁度同い年という事もあるし、第三王子の……様との婚約を勧められた。直に顔を合わせるのはまだ先になるだろうが、王子に失礼の無いようしっかりと教育せねばな」


 残る1人分の食器だが、どうやら私の為に用意された物らしい。程なくして両手にナイフとフォークを握っているのが分かったのだ。


(うちにこんな装飾が入ったフォークなんてあったかな?ナイフなんて買った覚えも無いけど)


「……ーヌ、エヴリーヌ。聞いているのですか?お返事をなさい、エヴリーヌ!」


 エヴリーヌさんが呼ばれているようだが、周りの執事やメイドらしき数名の中には居ないようだ。彼らはどういう訳かソワソワした顔でこちらへ視線を向けている。程なくその中から年配の女性がこちらへ歩み寄り、耳打ちしてきた。


「エヴァ様、お母上がお呼びですよ。退屈なお話だったかもしれませんが、トゥールーズ家のご令嬢ともあろうお方が食事中に眠ってはいけません」


 なるほど、エヴァというのはエヴリーヌの愛称か。どうやら呼ばれているのはエヴリーヌ・トゥールーズという高い身分の人物らしい。であれば少し前から怪訝そうにこちらを見つめているのが両親なのだろう。


(エヴリーヌ? その名前どこかで……クラスメイト……じゃないな)


「エヴリーヌ、いい加減になさい!」


「待て、パトリツィア。居眠りしていた訳ではなさそうだ。さりとてただ呆けているにしては様子がおかしい」


(そうだ、思い出した。エヴリーヌ・トゥールーズ。LOKの……)


 思考を妨げる騒音が耳に届く。パトリツィアと呼ばれた女性が椅子をひっくり返さんばかりの勢いで立ち上がったのだ。


「まさか熱でも?! エヴリーヌ、エヴリーヌ、しっかりして! 母を、母の顔を見なさい!」


 グラスが倒れるのも、溢れた飲み物がドレスを汚すのも気付かない様子で駆け寄る女性に抱き締められる。豊満な胸に押し付けられる感触は確かに私のものだ。


(えっ、それじゃあ…….)


「わたしが、エヴリーヌ? エヴリーヌ・トゥールーズ?」


 医者だ薬だと騒々しい周囲の声をよそに、私の視線は夜の闇を映す大きな窓へ向いていた。

 闇の鏡面で小さな背中に抱き締められているのは、更に小さな幼な子。金髪で整った顔立ちに、僅かに吊り上がった琥珀の瞳を持つ双眸が既に気の強い印象を与えている少女。


 今から約10年後、悪役令嬢となる彼女に間違い無かった。

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