[3章1話-2]:一発勝負にかけろ!?
その夜、児童福祉施設・
「兄さん、どうしたの?」
「今日、担任の先生から電話あってさ。心配してくれてるぞ」
「うん。でも、兄さんも大変なのに相談なんかできないし」
未来は物心ついた時から一緒にいてくれる健をこう呼ぶ。
自分のプロフィールは正直なところ他人に公開できるようなものではない。
そんな自分のことを、同じ施設にいるという関係だったとしても、面倒を見てくれたことから、彼の存在は特別なものだ。
もちろん、健には未来と出会う前からの約束があり、その二人が再会すれば、自分の存在が希薄になってしまうという怖さが常にあった。
そして、この夏休みに二人は10年ぶりの再会を果たし、途切れた時間を取り戻した。
当日、健が仕事の都合で出発が遅れたとき、珠実園では自分以外の全員が健を応援していた。
そんな彼女など現れなければいい。
しかし、そんなことがないのは分かっていた。
見つけてしまったから。健が捜し求めている
これだけ応援してくれる人がいる。きっと成功するだろう。
その日の夜遅く、健から伝わった茜音との再会。珠実園は沸きかえった。
その時点では、未来には茜音という少女はまだ現実のものとして認識していなかったし、まだ自分にもチャンスがあると思っていた。
しかし、すぐの夏休みにその「彼女」が学校の課外活動としてやって来た。
珠実園の夏のイベントであるサマーキャンプで、茜音の性格と、健の茜音に対する想い。なにより二人の絆の深さを知った。
茜音を避けて、ライバルとして存在しようと計画していたのに、彼女はあっさりとそれを見抜いたし、茜音の命をかけさせてしまったにも関わらず、そんなことも一切問わずに包み込まれてしまった。
正直、まだ健のことは一番の男性だと思っているし、その気持ちが完全に諦められているわけではない。
でも、敵わない。茜音を前にしたら勝てるわけがない。こんな自分を家族として迎え入れてくれたことは感謝しかない。
そんな自分の中の気持ちすら整理が着かなかった夏休み。本当はもっと別に悩むことがあることも分かっていた。
さすがに、自分の健に対する気持ちを彼に相談することはできない。
「そっか。兄さんに迷惑かけちゃうね」
「そんなことは構わないよ。未来ちゃんが行きたいところを書くだけでいいんじゃないか?」
「でも、兄さんも夜間に行ってるくらいだから……、書けないよ」
健は昼間は職員の見習いとして働き、仕事が終わった夜に夜間高校に通っている。本来は特にそうする必要は無いと言われてはいたらしい。少しでも早く仕事を覚えたいと、彼が自分で選んだ道だ。
「仕方ないなぁ……。本当はここで出していいか分からないんだけどさ……」
一度戻った健が次に現れたときに、手には封筒を持っている。
「これが必要になるって茜音ちゃんから」
「これって……」
未来は思わず息をのむ。本当に茜音姉さんは読心術を持っているのではないか。
渡された封筒に書かれている学校名は、櫻峰高等学校だ。中にはパンフレットと一緒に募集要項や願書も入っていた。
「でも、ここ私立校だよ? 学費もかかるし」
「茜音ちゃんが言ってたよ。奨学生の制度を使えばいいって」
そこも、すでに調べてあるのか……。
ただし、そのためには他の生徒たちより早い、12月に行われる先行試験をターゲットにしなければならない。
先輩たちの話だと、その試験は滑り止めや、試験慣れのために受ける子も多いという。
櫻峰高校は中堅クラスとは言え進学校だ。本来は中学時代にそれなりの成績を維持していないと一般受験すらさせてもらえないはずだ。
しかし、この先行入試は内申書無しだ。当日の成績だけの一発勝負を仕掛けられる。
どうしても昨年までの内申があまり良くない未来としては、そのハンデを背負わなくて済む。
茜音姉さんも自分の状況を十分に分かった上で、チャレンジしろと言ってくれているのだろう。
「分かった。私、ここ受ける」
その夜から、未来の志望校が決まった。
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