結城一馬の不健全な一日

有栖悠姫

出会い?

「結城くんのことが好きです、付き合って」




「ごめん、そういうの興味ない」




昼休みの体育館裏に呼び出された結城一馬は女子の精一杯の告白をにべもなく断る。言い終わる前に断られたことに動揺した様子だったが、一馬の事のことはそれなりに有名で事前に情報を得ていたのだろう。すぐに体制を立て直しこちらを見据える。




「っ…早くない?もう少し考えてくれても」




「だって興味がないのは本当だし、君に無駄な時間を使わせるのも忍びない」




「む、無駄!?…噂通り取り付く島もない…もういいわ、来てくれてありがとう…」




そう言い残すとあからさまに肩を落として相手は去って行った。今まで同じように告白し同じような返答をしたところ怒り狂った人間も少なくなかったため、彼女は振った相手に来たことに対する礼まで言ってる点からしてもかなりいい人なのだろう。一馬のことなぞさっさと忘れ良い人とお付き合いしてほしいと切に願う。






*********




「一馬、隣のクラスの青木振ったって本当かよ」




教室に戻り窓際の自分の席に着くと空いている前の席に友人の上里勇太が座る。ついさっきの事なのにもう知っているとは、相変わらず情報が早いと感心する。




「流石情報通、もう知っているのか」




「青木が振られたことを友人に話して、それに腹を立てた友人が一馬の悪口と共に広めているからな」




一馬の悪評を流布するのは百歩譲って仕方ないとはいえ、友人が振られたことを広めるのはいかがなものかと思う。推測するに自分の友人を振る一馬は見る目がない、だとかそう言った意味の事を広めたいのかもしれない。




「けどお前、あの青木も振るとはな。結構人気あるのに」




「そんなにモテるのか、あの人」




すると勇太の目が見開かれ、呆れた様にため息を吐いた。




「女子に興味がないのは知っているけどさ…まあいいわ」




ふと青木の顔を思い返してみるが、もう既に靄もやがかかり始めている。辛うじて思い出せたのはモテる、という情報から照らし合わせた造形の整った顔立ちだけだった。自分に好意を持ち告白してきた相手ですらすぐに顔を忘れるのだ。それくらい人に興味が持てないのである。




「何でモテるんだろうな、まあ顔はいいけどさ正直性格終わってるだろ」




「辛辣だな、本当の事だけど」




性格に問題があることは一馬自身自覚している。興味が持てないと人の顔や名前ですら中々覚えられない。そもそも恋愛というものに一切の関心が持てないため告白されても断る以外の選択肢がないのである。




一馬は自分の見た目が良いという自覚がないのだが、実際問題告白されることが多いため見た目が良いと言うのは事実なのだろう。それプラスどんな相手でも「興味ない」とばっさり切り捨てるため一馬に敵意を抱いている人間は男女問わず少なくない。波風立てないようにするべきだと忠告を受けることもあるが、下手に期待させることを言うよりはっきり断る方が相手へのせめてもの誠意だと考えている。




勇太は幼稚園からの付き合いなため一馬の人として小さくない欠点をよく理解したうえで友人として付き合っている。先ほどのように辛辣な言葉を浴びせることもあるが、それらはすべて本当の事なので普通に受け入れている。むしろ遠慮なく言ってくれるのはありがたいとすら思っている。人づきあいが得意ではない一馬にとって、勇太は気の置けない友人であった。




そんな友人は窓の外に目をやり、下の方を指をさして見るように促す。その通りに窓の外を見ると窓の丁度真下あたりに男女二人が立っている。それなりに距離があるのではっきり顔が確認できるわけではなかったが、どちらも整った顔立ちだと言うのは分かる。特に女子の方は遠目なのにオーラがあるというか、とにかく目を引き付ける容姿をしている。が、やはり名前は出てこない。ピンときてない一馬を見て勇太が説明する。




「やっぱり知らないか、女子の方は青木より有名だぞ。柴崎涼音、女優顔負けの美少女で全校の男子の殆どが告白してるって。めちゃくちゃ遊んでるらしいけど、あの見ためなら遊びでもって奴が後を絶たないんだろうな。あそこまでとは言わないけど、誰かと付き合うとか考えたらどうだ」




勇太なりに一馬を心配していることは理解できるが、その意見には同意しかねる。




「好きでもないのに付き合うなんて相手に失礼だろ」




淡々と答えると、その返答も予想済みだったのか苦笑した。




「本当にクソ真面目だな、まあそこが長所でもあるけど…あ、男の方振られたみたいだな。足取りが重い」




続いて窓の下に目をやると男の方ががっくりと肩を落としトボトボ去って行くところだった。対照的に女子、柴崎涼音はつまらなそうな涼しい顔をしている。そして次の瞬間涼音と目が合った、気がした。気がしたと言うのは目が合ったと認識した瞬間に逸らされたからだ。それなりに距離があるしやはり気のせいだったと思うことにした。






************




放課後、日直だった一馬は日誌を担任に渡すために教務室に向かった。日直はもう一人女子とだったのだが、どうしても外せない用事があるからと先に帰ってしまった。この借りはちゃんと返すと何度も頭を下げるので了承した。日直といっても後は日誌をまとめるだけだったのでそれほど手間はかからなかった。




教務室のドアに手を掛けようとした時「結城」と声をかけられる。声のした方向に顔を向けると若く背の高い男の先生が立っていた。日本史担当かつ歴史研究部顧問の真田先生だ。30前と若く精悍な顔立ちでさっぱりとした性格のため男女問わず人気が高い。一馬は歴史研究部所属のため真田先生とは親交がある。それと同時に雑用を押し付けられることも多い。近づてくる真田先生は爽やかな笑顔だった。あ、と察した時には遅かった。




「丁度いい所にいたな結城。悪いんだけど第二資料室から明日の授業で使う資料持ってきてくれないか」




案の定雑用だった。またか、という冷ややかな目で真田先生を見る。この教師何かにつけて生徒に授業の準備を手伝わせる。理由は明白だ、第二資料室が校舎の端の端に位置しているからだ。真田先生だけでなく他の先生も足を運ぶことを嫌がる。当然生徒も好き好んで行かない、しかし先生に頼まれれば行かざるを得ない。だが、一馬は資料室に行くことがそれほど嫌ではなかった。




「また資料好きなだけ読んでいいぞ。鍵は俺が預かっているから、他の先生に何か言われることもない」




資料室には各教科の資料が保管されており、図書室にもないような貴重なものもある。一馬は授業中に授業そっちのけで資料集や教科書を読むのが好きな人種なため、資料室はまさに宝庫であった。雑用を引き受けるのは資料を心置きなく読むためでもある。しかし放課後は鍵が開いている時間が長いとはいえ用もないのに気やすく入れる場所ではない。故に『先生の頼まれごと』という大義名分がなければ行きづらいのである。理由としては資料室をサボりの場として利用する生徒が後を絶たないため、資料を読んでいるだけでもそういう生徒の同類に見られる危険性があるからだ。誰も疑われることはしたくない。




真田先生は一馬の事をそれなりに知っているため、まさに飴と鞭を使い分けて良いように使っている。それについて特段不満はないが、あるとすれば他の先生から特定の生徒にばかり手伝わせているとあらぬ誤解をされていないか、という点だがそこは一馬は気にすることでもないだろう。


一馬はいつものように淡々とした声で「分かりました」と告げると先生からメモを受け取ってから担任に日誌を渡しに教務室に入った。






************








(相変わらず埃っぽいな、マスク持ってくればよかった)




四方八方見ても紙という一馬にとって夢のような空間だが、あまり人が来ないこともあり埃っぽく湿った匂いもする。油断していると見回りの先生が突然ドアを開けることがあるため注意が必要だ。といっても死角にいて声を出さずにじっとしていれば先生は気づかずにスルーするが。一馬は先生に頼まれた授業の資料そっちのけでドア付近の日本史世界史の棚の前に移動した。背表紙を指でなぞり興味深い題材を探していた。と、その時がガチャ、という音がした。何だ、と本と本の隙間から覗くとドアの前に男女二人が居た。女子の方はドアにもたれ掛かるように立っている。一馬はその女子を覚えていた。




(確か柴崎だっけ、何で資料室に?…あぁ)




染めているかのような赤みががったセミロングの茶髪に色の薄い大きな瞳は長い睫毛に縁取られている。肌は雪のように白く、つまらなそうな表情であったがそれすらも人形じみた美しさを醸し出していた。涼音の顔を認識したのがはこれが初めてだったが、勇太の言うように美人であった。




涼音と一緒に来た男の方は顔も名前も分からなかったが、昼間の男子とは別人であった。外見は整っているがどこか自信のなさが滲み出ている。男女二人が人気のない教室に来ると言う行為が意味するものが分からないほど、一馬は知識が乏しくない。




「何の用、こんなところに呼び出して」




初めて聞く涼音の声は凛として自身に満ち溢れたものだった。見た目から得た印象と遜色ない。相手の男は涼音のぶっきらぼうな言い方にたじろぐ。ただでさえ不安に満ちた顔が更にひどくなるが、そもそも学校一人気のある相手を人気のない資料室に呼び出しているのだから多少はやましい気持ちはありそうだ、偏見だが。本当に自信のない奴は告白するにしてもこんな場所は選ばないだろう、もっと人気のある場所を選ぶはずだ。






「ごめん、柴崎さんに用があって。…俺柴崎さんのこと好きなんだ、付き合ってほしい」




案の定告白だった。他人の告白を故意ではないにしろ盗み見てしまった罪悪感が沸いてくる。が、これは不可抗力である。人がいる可能性を考慮せずに始めた相手の方に非がある、と自分に言い聞かせる。




しかし、と一馬は顎に手を当てて考える。




(まずいことになったな、ここで出て言ったら人の告白を盗み見ていたというそしりを受ける可能性が高い。かといってこのまま隠れているのも気分が良くない)






悩みつつも一馬も人の子、事の顛末が気になる気持ちは抑えられないようで二人から目を離さない。告白された涼音はつまらなそうに髪をいじりながら言い放つ。




「付き合うとか面倒くさいんだよね、だからごめん」




にべもなく断る様はいっそ清々しい。間髪入れずに断られた男子は余りショックを受けているように見られない。断られることは予想済みだったのかもしれない。かなりモテるらしいから基本玉砕覚悟ということか。一馬には経験のないことだった。




「あ、うん、分かってた。全員断っているって有名だし。ありがとう来てくれて、これで吹っ切れた」




青木と同じように振った相手にも礼を言うという、名前も知らないこの男子はそれなりに性格が良いのだろうなと感心した。




「そう、じゃあ帰るね」




そう言い残すと資料室から出ようとドアに手を掛ける。これで二人は出ていくだろうから、時間が経ってから資料室を出ていけばいいだろう、と気を取り直して本の背表紙の確認を再開した。と、その時視界の端で男子が涼音の腕を掴む様子が映った。掴まれた本人は慌てる様子もなくあくまでも平坦な態度で応じる。




「…何?」




そう問われた男子は言いづらそうに顔をしかめている。だが涼音の冷淡な眼差しに怖気づいたのか、恐る恐るといった様子で口を開く。






「…柴崎さん誰とも付き合わないけど『遊び相手としてならOK』って聞いた。本当?」




弱弱しく、しかし懇願するような声で問う男子。一瞬何を言っているか理解出来なかったが昼間勇太の言っていた言葉を思い出した。




『めちゃくちゃ遊んでるらしいけど、あの見ためなら遊びでもって奴が後を絶たないんだろうな』






思い出したのと気だるげに涼音が呟いたのはほぼ同時だった。先ほどの面倒くさそうな顔とは打って変わり心なしか楽しそうだった。




「…本当だけど?付き合うの性に合わないからね、後腐れなくって条件でなら…ああ、君も?」




おもちゃを見つけた子供の様であり、絶対子供が見せない見た者を魅了する妖艶な笑みで答えた。その笑みを見た男子の頬と耳がほのかに赤く染まるのを一馬は見逃さなかった。その一馬は目の前で繰り広げられる光景について行くのがやっとで真顔のまま混乱していた。




そして涼音は男子のネクタイを掴むとそれを引っ張り顔を引き寄せた。あと少しで唇が触れあいそうな距離で男子の耳が更に赤くなり、一馬も直視することが出来ず微かに視線をずらした。




「…別にいいよ、一回だけなら。けど約束してね、『後腐れなく一回だけ』だから。遊びだって言っているのにしつこい人も多いからさ、今の会話録音してるんだ。もし約束破ったらこの音声どこかに漏れるかもね」




後半に行くにつれて冷気を纏った声に変り、前半の陽気な声との余りの落差に一馬は本棚の後ろで「うわぁ」と声を出しそうになるのを必死にこらえた。涼音と男子の様子を交互に確認すると二人の表情の差が良く分かる。男子はこの世の終わりのような顔になっている。まさか会話を録音されているとは夢にも思わなかったのか、『遊んだ』あとも付き合いを続けようと企んでいたのか。押し黙ったままの男子に対し涼音は構わず続ける。




「どうする?辞める?私はどっちでもいいけど」




そう言いながら男子のネクタイを握っているのと逆の手で手の甲をやけにゆっくりなぞる。一つ一つの動作がやけに艶めかしい。恐らくわざとやっているのだろう。自分の外見の良さを最大限に利用している。一馬は話したこともない柴崎涼音という人間が若干怖く感じた。


結局自分の欲望には勝てなかったのか男子は姿勢を正し涼音に向き直りこう告げる。




「…分かった。これっきりって約束するよ」




男子の返答に満足したのか、いたずらっ子のように一笑すると有無を言わさぬ勢いでネクタイを引っ張りそのままキスをする。そして慣れた手つきでネクタイを外し、シャツのボタンを外す。ネクタイは付けたことがないと結び方も外し方も戸惑う人間が多い。涼音はそうではない、つまりそういうことである。それとほぼ同時に一馬はそこから先の光景を見ないように本棚を背にした。ここから先は視覚に頼らない情報のみ入ってきたが、声だけだとより一層生々しい吐息や喘ぎは鮮明に聞こえて来た。というか明らかに涼音がリードしており男子はされるがままだった。






(積極的だな、それに手慣れてる。遊んでいるって言うのは本当だな…)




こんな状況なのに呑気なことを考えていた。もう完全に資料室から出るタイミングを逃してしまった。てっきり告白だけしてさっさと帰ると高を括っていたのが間違いだったのだ。世の中には、いや目の前には振った相手と学校で致し始める人間もいると言うことを失念していた。これなら入ってきた瞬間に何食わぬ顔をして出て行った方がマシだった。ここで見つかったら人の情事を覗き見ていた変態、という誹りを受けかねない。まだ告白を盗み聞きした、と風潮される方が良かった。




そうこうしているうちに本棚の向こうから衣擦れの音と服が床に落ちる音が聞こえる。まさか全部脱ぐ気か、とこっちが焦りだすが見ることも出来ない。他人の情事を見聞きすることで興奮する人間は一定数いるが、一馬は至ってまともな感性を持っているためそんな気は一切湧いてこないしむしろいたたまれなくなってきた。だから両手の人差し指を耳に突っ込み音すらも遮断することにした。実際耳栓をしても完全にシャットダウンされることはないが、大して大きくないであろう『声』を防ぐことは可能だと思った。


そう思っていた。そして少しでもバレるリスクを減らすためにしゃがんで身を縮める。










耳栓をしても時々声は聞こえた。時々大きい喘ぎが聞こえるため外に漏れていないかこっちが心配になる。鍵はかけているだろうが、合鍵で入ってこられたらアウトだ、その場合一馬もとばっちりを食う。




(これいつまで続くんだ、ていうか男の方うるせぇな。静かにしろや)






一馬はそう言った経験は皆無だが年頃なので知識はある。さっきから男の喘ぎばかり聞こえているが、つまりであろう。何が悲しくて男の喘ぎ声何て聞かされないといけないんだとやさぐれつつあった。さっさと終わらせてくれと懇願したい気持ちになってきたが、そんなことは出来ない。一馬に出来ることはただじっと耐え忍ぶことだけであった。








**************






それからどれほど経っただろうか。そろそろかと指を耳の穴から外すと二人の息遣いと会話が聞こえてくる。内容から察するにどうやら終わったようだ。やれ良かっただ、本当に付き合わないかという男の会話とそれを一蹴する涼音の冷淡な声が資料室に響くと、それから間を置かずに資料室のドアの開く音がした。どうやら男子が出て行ったようだ。暫くすれば涼音の方も出ていくだろう、ともう少し息をひそめることにした。どうにかバレずに済んだと安心しきっていた。




「あれ、人いたの。ごめんね、長い時間付き合わせて」




突然本棚から涼音がひょっこりと顔を出した。あまりのことに一馬は大きく目を見開き、小さく口を開閉させる。といっても元々表情筋があまり動かないためいうほど驚きが表面に出ていなかった。が、ちゃんと動揺していたので話しかけられてもすぐに答えることが出来なかった。


何も答えない一馬を心配したのか近くに寄ってきた。よく見ると右手には小さいビニール袋が握られている。もしかしなくても避妊具の袋である。恐らく床に落ちたそれを拾おうと身をかがめた際に本棚の向こう側でしゃがむ一馬が見えてしまったということだろう。


目の前の人物はついさっきまで男子との情事を見られていた(実際には少し聞いていただけ)というのに全く慌てていなかった。寧ろ微かに微笑んでいるのが怖い。何を考えているのか読めないのだ。


どうにか落ち着きを取り戻し、立ち上げると色の薄い目を見据える。




「…こちらこそ申し訳ない。一応言っておくけど先に資料室に来たのは俺の方だから。決して故意ではない」




出来るだけ動揺を外に出さないように平坦な声で答える。涼音は微笑を浮かべたままで口を開いた。




「そんな心配しなくてもいいよ、こっちも人がいるの確認しないで始めちゃったから」




暗にさっきまでしていたことを持ち出され、どう返答してよいか迷う。言い淀んでいるとあ、と何かを思い出したように声を上げた。




「君、結城一馬くんでしょ、話すの初めてだよね。私柴崎涼音」




あまたの名前は知ってますよ、と心の中で呟く。そして疑問を口にする。




「…何で俺の名前を」




「だって有名だし。『難攻不落の結城』って」




「…」






そんな恥ずかしい名前を付けられていることを初めて知ると同時に恥ずかしさがこみ上げてくる。眉をひそめた一馬を気遣う。




「友達によく言われるし。『涼音と正反対で真面目でキッチリしてる、付き合うならこういう人がいい』って」




言われた意味を理解し、ああ、と納得する。それなりに告白を受けるが全部キッチリ断る一馬と来る者拒まず去る者追わずで、言い方は悪いが軽い涼音、確かに正反対だろう。自虐的だがそれを恥じている様子は一切ない。そういう自分を受け入れているのか。


そんな涼音は相変わらず本心を見せないように表情を緩めたままだ。




「そんな真面目な人からしたら私みたいなの、嫌でしょ」




これは紛れもなき自虐だろう。本人は冗談交じりに言っただけだろうが、何故だか茶化してはいけない気がした。だが、感じたことはこれだけだった。




「別に、何とも。どんなことをしようが柴崎さんの自由だろ。まあ、一つ言うのなら中には危ない奴もいるだろうから気を付けた方がいい」




すると一馬の言葉が意外だったのかただでさえ大きな瞳が見開く。笑顔とつまらなそうな顔以外で初めて見た顔だった。それを見て一馬の中の何かが動く音がした、気がした。改めて振り返ると別の男といたしていた女子とこんな風に話しているこの状況は異常であろう。しかし一馬も、涼音も気づかない。


涼音は無邪気な子供の用に一笑すると




「…初めて言われたよ。私からすると結城くんくらい固い方がいいと思うけど。相手のことちゃんと考えて断っているんだから誠実でしょ」




そう言い残すと、じゃあね、と資料室から出て行ってしまう。一人になった一馬はドッと疲れが襲ってきた。再びその場にしゃがみ込むが何故か心の中は軽かった。誰もいなくなった資料室に呟きが響く。






「…まさか励まされるとは…遊んでるだけだと思ってたのに」




それは何にも興味が持てなかった一馬の心が動いた瞬間だった。






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