1-7
「お前ら。マユユの前だ、静かにしろ」
許嫁発表の後、ツインテールの一声で集団のざわめきが静まった。
数拍の沈黙を経て、真由さんが集団に向かって口を開く。
「みんな分かっているとは思うが、許嫁っていうのは将来結婚が約束された間柄ってことだ。いわば婚約者だ」
「それ以上は……」
余計に男女関係の濃度が増す言葉を使って説明する真由さんに、俺は身の皮を剥がされる気分で弱腰に口を挟む。
「質問いいですか?」
集団から一人の女子が手を挙げた。
手を挙げた女子は集団の中でも一等小柄でショートカットの髪を銀に染めており、何故だか真剣な眼差しで俺と真由さんを見つめてくる。
真由さんが顎を突き出して問いを促す。
「なんだクリ?」
「中間先輩はそこの男とどれくらい進んでるんですか?」
真剣な眼差しで訊くことか、それ?
「どれくらい進んでるって、何が?」
質問の意図が分からないのか、それともわざと分からない振りをしているのか、真由さんが質問に具体性を求めた。
クリと呼ばれた銀髪ショートカットが、至極険しい顔つきになって尋ねる。
「そ、その男とヤッたんすか?」
「……どういう意味だ。周平はわかるか?」
ショートカットの質問が解せなかったらしく、真由さんが純粋な俺の方を振り向いて純粋な無知の顔で説明を請うてきた。
初心なの? 真由さん初心なの?
というか、ヤッたかどうか険しい顔で訊く内容じゃないだろ。
「なあ周平。教えてくれよ、ヤるってどういう意味だ?」
「さ、さあ。俺にもわかんない」
こんな無垢な顔を前に、S〇Xとか諸々の淫猥な言葉を説明するのは気が引けた。
こういう時に煙に巻くに尽きる。
「その様子だとヤッてないみたいで良かったっす」
俺と真由さんの会話をどう受け取ったのか、ショートカットの納得の表情で破顔した。
とりあえず真由さんに説明せず済みそうだ。
ショートカットの質問の後、公園内に弛緩した空気が流れた。
集団からの視線は相変わらず集まるが、最初と比べると受け入れている視線が多くなった気がする。
俺自身の人徳ではなく真由さんの影響力だろうけど。
「周平。お前の方からもみんなに自己紹介頼む」
真由さんが集団を顎で指し示しながら促してきた。
不良に名前を覚えられるのって、理屈はわかんないけど気が進まないな。
俺が渋っていると、真由さんは意地悪い笑みで口元に浮かべた。
「いいのか? 自己紹介しないと、マユユの旦那って呼ばれるようになるぞ?」
それはもっと嫌だ。
道を歩いていて「おい。マユユの旦那」なんて呼ばれたくない。
「わかったよ。自己紹介する」
「そうしてくれ」
俺が承諾すると、真由さんは覚悟を受取ったように微笑んで、ベンチの隅へ一歩身を引いた。
半ば破れかぶれの気分で集団へ告げる。
「ええと。先日より中間真由さんの許嫁と相成りました、牧野周平です。みなさま以後お見知りおきを」
自己紹介を終えると、しんと静まり返った。
誰か一人が「浮気すんなよー」と冷やかすと集団がどっと湧き、「マユユさんを泣かすなよー」「ちゃんと甲斐性見せろよー」「男ならマユユさん守れよー」「結婚式には呼んでくれよー」「幸せな家庭築けよー」とか、色々と無秩序に騒ぎ始めた。
「なあ周平?」
騒がしさの最中、真由さんが話しかけてきた。
何? と目顔で問い返すと、真由さんが頬をピンクに染めてはにかんだ。
「みんなに祝われて。私たち幸せ者だな」
「……そ、そうだね」
すでに結婚式の日取りが決まったような雰囲気の中で、婚約を否定する言葉を口にする勇気があろうはずがない。
結婚相手確定である。
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