1-6
しばらく街灯の照らされた夜道を歩いていると 住宅街の外れにある寂れた児童公園の入り口でふと真由さんが足を止めて俺を振り返った。
「ここだ」
「ここって……」
ブランコ、滑り台、砂場、そしてガゼポの前の謎の人だかり。
え、何。なんの集まり?
「公園だよね?」
「そうだ。そして今夜、ここで集会が行われる」
「公園で集会。もしかして、あの人だかりがそう?」
質問のために人だかりを指さそうとして、慌ててその手を下ろした。
人だかりから数多の疑念の視線が注がれている。
「周平はここで待っててくれ。あとで呼ぶから」
「え、あ、わかった」
俺が頷くと、真由さんは人だかりの方へ駆け寄っていった。
真由さんを目で追うふりをして、人だかりに注意を向ける。
皆が同じ鼠色のジャージを着た女子で、人数はざっと三〇ぐらい。どこからどう見ても親族ではない。
「お前ら。気をつけ!」
人だかりと向かい合う位置で、群青色のジャージを着たツインテールの女子が号令を掛けた。
鼠色ジャージが一斉に姿勢を正し、ガゼポに注目する。
ツインテールが大きく口を開く。
「今日急に集まってもらったのには訳がある。マユユより皆へ報告があるそうだ」
そういえば、さっきから真由さんの姿が見えないんだがどこに紛れたのだろう。
青色のジャージを着てたから、集団に混じればすぐに見つかるはずなんだけど。
鼠色の人だかりの中に青色を探していると、突然ガゼポのベンチに人影が立った。
人影へ目を移した瞬間、度肝を抜かれた。
ガゼポの上に傲然と立つのは、青色のジャージを着た真由さんだ。
「どういうこと?」
思わず声が出てしまった。
鼠色の集団とツインテールと真由さん全部の視線が俺の方に向けられる。
視線の中で一つだけ、真由さんだけが微笑んで俺を手招きする。
「周平。こっち来い」
「行か……」
行かないといけないかな、と訊きかけて自分に向けられた視線の剣呑さを鳥肌で感じ取った。
すごい睨み利かされてる。
「周平。早く来いよ」
真由さんは手招きした手をだらんと下げて、焦れた声で促してくる。
飢狼にでも囲まれたような針の筵。一歩動いただけで襲い掛かってきそうな物々しさが足を凍らせていた。
「仕方ねぇな、ったく」
世話を焼かせんな、と言いたげな顔で真由さんがガゼポから降りた。
鼠色の集団の何人かが意外そうな目を向けるのも構わずに俺へ歩み寄ってくる。
「周平。後で呼ぶって言っただろ」
「そ、そうだね」
真由さんと会話しているだけなのに、鼠色の集団は仇と出会ったみたいな凄みの目で睨んできた。
視線浴びてる右半身だけに鳥肌が立ちそう。
集団に気を取られていると、だしぬけに紙袋を提げていた左手首を取られた。
左手首を取った真由さんに目を戻すと、この先の展開を楽しみにしている表情だった。
「ほら、行くぞ」
俺を引っ張ってガゼポへ歩を進めた。
手を振りほどこうと抵抗してみるも、真由さんの膂力が想像以上に強く、紙袋の中身への心配と手首の痛みが増すばかりで諦めた。
俺はか弱い貴婦人の如くエスコートされて真由さんと共にガゼポのベンチに登壇する。
「お前ら。今からマユユの話、傾聴しろ」
ツインテールが鼠色の集団を令した。
真由さんは俺の左手首を掴んだまま眼下の鼠色の集団に告げる。
「急だが、リーダーのあたしからみんなに報告がある」
真由さんの声に、集団が気構えるのが空気の揺らぎでわかった。
報告って、まさか!
「あたしは隣にいる男子の……」
「ちょっ待っ」
真由さんの報告の内容を察し、言葉の先を制そうと空いている右手を真由さんの口に伸ばした。
しかし真由さんの口はすぐには止まらなかった。
「許嫁になっ、うっ……」
今頃、俺の手が真由さんの口を塞いだ。
遅かった。もう許嫁って言っちゃった。
「ご、ごめん」
謝りながら右手を離す。
同時に真由さんの言葉が浸透したのか、鼠色の集団が爆発するように騒めいた。
取り返しのつかない事態になった気がする。
結婚する気はありません、リーダーの真由さんに慕い従う不良たちを前に今更言えるわけない。
許嫁確定である。
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