1-4
ゲーセンでの一件で伊藤がこの世を去った翌日の放課後。
人気の無くなった教室で伊藤との騒がしい日々を思い出しながらも、清々した気分も感じていた。
「供養の花ぐらい机に置いといてやるか」
知人が亡くなった際の供養にがどんな花木が適しているのか知識がないが、とりあえずバナナではないだろう。
考えながら昨日まで伊藤が座っていた席に近づく。
慰霊の念を込めて合掌、瞑目、黙祷――。
「死んでねえよ!」
伊藤の声がした。
三途の川を渡った向こうから俺に憤怒をぶちまける伊藤の様子が目に浮かぶようだ。
「おい牧野。聞いてんのか?」
意外にも伊藤の声は背後から聞こえてきた。
懐かしい思いで振り向くと、顔面を痣だらけにした伊藤の不服顔が眼前に幻覚として表れていた。
伊藤は幽霊になってしまったのか?
手を伸ばせば届く伊藤の顔に、手を伸ばす。
何故かしら手に感触があった。
「いてえな。顔に触るな」
邪魔そうに俺の手を払いのけた。
成仏できなかった伊藤に俺は憐みを抱く。
「伊藤。この世に未練でもあるのか?」
「だから死んでねえっつの」
「なんで俺なんかに憑くんだ。貸してないのに貸した金を返せ、って言って一〇〇〇円くすねたことを根に持ってるのか?」
「え、そうだったのかよ。牧野てめぇ一〇〇〇円返せ」
「許してくれ、伊藤。あの時の一〇〇〇円は貧困支援団体に寄付してしまったんだ」
「返せって言いにくくなったじゃねーか!」
「伊藤が俺に取り憑くなら、お祓いをしないとな」
「人を悪霊みたいに扱うな」
「あー、いたいた」
不意に教室の入り口からさばけた女子の声がした。
伊藤、あ違った。伊藤の幽霊とほぼ同時に声の方に振り向く。
昨日の長身黒髪が入り口のドアから上半身だけを覗かせて、俺と伊藤の幽霊に探し物を見つけたような安堵の微笑を向けていた。
「あれ誰?」
伊藤の幽霊――そろそろ冗談もよそう。伊藤が訊いてくる。
昨日お前を不良から助けてくれた人だ、と答えると、意味を解しない顔になった。
「俺、あのデカ女に助けられた覚えないんだけど?」
「おい、言い方気をつけろ」
初対面でデカ女は失礼だろ。
長身黒髪が微笑を向けたまま俺に歩み寄ってくる。
「あれ以来、あいつらに襲われてないか?」
「昨日の今日ですよ。さすがに襲われないですよ」
「なら良いんだ。一応心配でさ、様子を見に来たわけ」
「それはどうも、ご親切に」
「デカ女。それで俺達に何の用だよ?」
伊藤が相手を下に見る態度で長身黒髪に用向きを尋ねた。
長身黒髪が伊藤に目を向け、あからさまに眉を顰める。
「デカ女じゃない。奥山美佳って名前がある」
「奥山でもウォークマンでもなんでもいいけどさ。とにかくデカ女が何の用だよ?」
「デカ女じゃない」
否定を呟きながら長身黒髪――本人曰く奥山美佳は眉を顰めた顔のまま伊藤の正面に移動した。
伊藤が若干見上げるようにして奥山の顔を仰ぐ。
「こうして並ぶと、余計にデカ……」
奥山さんが右足を上げるような素振りを見せたと思うと、次の瞬間には伊藤が後方へくの字になって吹っ飛んでいた。
蹴飛ばされた勢いのまま伊藤は教室の端にあるロッカーにズボリとケツが嵌り、がくりと身体から力が抜け落ちた。
ナイスシュート。
「デカいデカい言うな」
奥山さんは若干に傷ついた表情で訴えた。
「伊藤の馬鹿が気に障ること言って、ごめんな」
「お前が謝ることじゃない。あいつがデカいデカい言うからいけないんだ」
「後で注意しておくから、あんまり怒ってやらないでくれ」
強烈な一蹴で伊藤の奴も自分の非を自覚しただろう。
二発目を浴びたら冗談抜きで伊藤が幽霊になっちまう。
奥山は納得したらしく、不機嫌だった表情を緩めた。
「そうか。君が注意するならあいつも言うこと聞くだろ」
「伊藤の奴にまた失礼なこと言われたら、その時はもっと強く蹴ってもいいですからね」
「強すぎて死なないかな?」
「また蹴られるって脅しておけば、伊藤も大人しくしてますよ」
「君がそう言うなら任せておこう」
ほっとしたような顔になる。
そういう緩んだ顔をすると、周りの同年代の女子とさほどの差はないとわかる。
「そういえば名前を聞いてなかったな」
緩んだ表情のまま思い出したように伺ってくる。
「君はなんて言うんだ?」
「牧野周平。二年だ」
「おお、一個下だな」
何が嬉しいのか愉快気に言った。
俺が一個下、ということはこの人三年か。
同い年だったら負けた気分になるところだった。
「連絡先交換しよう」
「いきなりですね」
「君が不良に襲われたとき連絡してくれれば、私がやっつけてやるからさ」
これでも腕っぷし強いんだ」
「そんな結構ですよ」
「いいから、いいから。連絡しないならしないに越したことからさ」
「俺よりも伊藤の方が襲われますよ。目付けられてますから」
「あいつは知らん」
ひでえ扱い。日頃の行いの差かな?
「それじゃ一応」
俺は制服のポケットからスマホを取り出した。
奥山さんもスカートのポケットからスマホを出して、傍から見てもルンルンの表情でアドレスの載った画面を見せてくる。
アドレス登録すると、数少ない連絡先に奥山さんが追加された。
「登録完了。ありがとねー」
「あ、いえ」
「話したい時いつでも連絡してね。それじゃ」
俺に気安い言葉を告げると、軽く手を振ってから踵を返して教室の入り口から出て去っていった。
年上とはいえ、初めて女子と連絡先を交換した。
こっちから連絡を取ることはないだろうし、奥山さんにとっても俺は大勢の一人でしかないだろう。
連絡先を交換したぐらいで気にすることはない。自分にそう言い聞かせて俺はスマホを仕舞った。
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