1-3
下校路を少し寄り道して商店街のゲーセンに入ると、俺達と同じ学校帰りであろう他校の制服を着た生徒達が、それぞれのグループで集まってまばらに店の中を埋めていた。
「伊藤。ゲーセン来たけど何するんだ?」
「決まってんだろ。時間潰せるメダルゲームだ」
「時間潰すために来たのか」
「新台入れ替えしたらしいんだ。さっそく手あたり次第触ってこうぜ」
俺を促しながらメダルゲームのコーナーへ進み出した。
十八超えたらお前パチンコやりそうだな、聞こえないぐらいの声でぼやきつつ伊藤の後を着いていく。
伊藤はメダルゲームコーナー前にあるメダル保管のロッカーから映画館で供されるポップコーンの器のような場専用のバケツを取り出し、それを抱えて最も手前の筐体に近づく。
メダルゲームは人気がないのか、俺と伊藤以外誰もいなかった。
「まずはこれだな」
誰に言うでもなく伊藤は言い、薄暗がりで明かりを発する筐体の前のスツールに腰掛けた。
メダルを投入しながら隣の筐体を指さす。
「隣空いてるから、牧野やれよ」
正直、やる気ない。
「いや、いい。とりあえずお前の台を見とく」
「見習い研修ってやつだな。よーく見とけよ俺の神がかり的な腕前」
伊藤は一人で勝手に気分を上げて、前のめりで筐体に向き合った。
ピカピカ光り出したが、あまり面白くはなさそうだ。
しばしの間、何気なく伊藤のプレイを見ていたが、やはりやる気が起きない。
見飽きて他のゲームコーナーに行こうと入り口付近に目を遣ると、薄暗がりでも目立つ桃色の特攻服を着た五人連れの女子が、誰かを探しているように周囲を見回しながら入ってきた。
五人連れの一人の目がこちらを向くと、他の四人に教えるようにこちらに顎をしゃくり、頭を指さして特徴を伝えた。
五人ぐらいでつるんでる、桃色の特攻服を着た不良集団の一味。
教室で訊いた伊藤のフレーズが不意に蘇る。
背筋に寒気が走り、嫌な予感を伝えた。
「なあ伊藤?」
「今いいとこなんだよ! 邪魔すんな」
心配してやってんのに、そんな態度ないだろ。
聞く耳を持たない伊藤に苛立つ中、五人連れが段々とこちらに近づいてきていた。
もう伊藤なんて知らん。
俺は何も言わずにコーナーの隅にあるお手洗いへ移動する。
お手洗いに入ったと同時ぐらいで、薄いドア越しに女子らしい若干高めのドスの訊いた声が響いた。
「うるせえな牧野。いいとこだつってんだ……ろ」
おそらく伊藤は、振り向いた目の前に昨日悶着のあった不良集団がいてビビり倒してんだろう。
「ああん? うるせえのはどっちの方だぁ?」
「な、なんだよ。やろうってのかよ?」
やめとけ伊藤。五対一じゃ分が悪すぎる。
「上等だ、こら。てめえ面出ろ」
「……やろうってのか?」
「やるから面出ろってんだろうがよ」
「やろうってのか?」
伊藤。お前それ以外言えないのか。
「面倒だな。表出るぞ」
「ひいいいいいいいいいいいい!」
スツールの倒れたような音。
「いいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」
ドップラー効果で小さくなっていく悲鳴からして、伊藤が引きずられていったのだろう。
――――三分くらいしたら様子見に行ってあげよう。
きっかり三分経ってから店先に出ると、伊藤はケツを上に突き出した情けない姿勢で地面に伸びていた。
死んでいないか確かめるために近づき、脈を取ってみた。
脈は微かに拍動している。残念だ、死んでない。
「あんた。そいつの連れか?」
突如俺の前にパンプスを履いた両足が現れて、随分と高いところから声が降ってきた。
顔を上げると、腰まである真っすぐな黒髪に俺と同校のセーラー服を着た女子生徒が、スクールバッグを肩掛けしながら伺う視線で俺を見下ろしていた。
受け答えしようと腰を上げて、思わず身が硬直する。
デカい。
目の前の黒髪女子の顔が、一七五センチある俺よりも若干上にある。
思わぬ背丈に圧倒される俺に、長身黒髪は友好的な笑みを向けてきた。
「プリンセスの奴らに襲われてたから一応助けてやったんだ。あたしが見つけた時にが、もうボロボロだってけどな」
「それはどうも。で……」
場違いな単語が混じっていて、どういう意味か無性に気になる。
「プリンセスってなんだ?」
「あ……いや、なんでもない。それよりも、あんたはそいつの連れか?」
誤魔化すように苦笑してから、地面に伸びる伊藤を指さした。
「連れか。まあそんなとこだ」
「だったら、怪我してるかも知れねえから介抱してやってな」
ええ嫌だ。
こんな奴の介抱したくない。
長身黒髪が薄情者を見る目を俺に据えた。
「連れなら介抱してやれよ。可哀そうだ」
「可哀そうなもんか。こいつは自業自得だ。やろうってのか、って自分から吹っ掛けてたからな」
心配して様子を見に来ただけでも充分に優しくしたと思う。三分待ったけど。
半分本気半分冗談で俺が返すと、何故か大いに納得したように目を見開いた。
「ほう。そいつにも非があるわけだな」
「そういうことだ。けど路上に放置したら通行人の邪魔だろうから、ゲーセンの店員に頼んで店の中に寝かせといてやるよ」
「それなら安心だな」
俺の提案に同意し、気が緩んだように微笑んだ。
背丈が高くてビックリしたけど、笑うと案外可愛いな。
長身黒髪に女子を意識してしまい、急に照れ臭くなって目線を逸らしながらしゃがんで伊藤の腕を肩に回した。
「店の中に運ぶの手伝ってやるよ」
「大丈夫だ。これくらい一人で運べる。伊藤の馬鹿が迷惑かけたな」
不良集団を蹴散らした上に、さらには怪我人の運搬を手伝ってもらえば、自分を情けなく感じてしまいそうで癪だった。
「そうか。じゃあ頼んだぜ」
俺に伊藤の介抱を任せると、商店街の道を足早に歩き去っていった。
男子高校生一人を担ぐのは楽じゃなかったが、ゲーセンの店員に頼んでお手洗いの小便器に座らせてやった。
清掃中の看板もおまけに立てて。
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