1-2
「互いにまだ高校二年だろ。結婚相手決めるには早すぎる」
許嫁との顔合わせの席で、俺は年齢を盾に食い下がっていた。
中間真由は気にしていない顔をする。
「断る理由もないのに破談にするのは筋が通らないからな」
「筋とかそういう問題じゃなくて。破談にしないってことは互いの親からすれば婚約してるのと一緒なんだぞ」
「相手の人となりも知らねえのに結婚しないと決めつけることないぜ。とりあえず面倒だし、このままにしとこうや」
「だから、このままにしたら何れ結婚することになるぞ」
「当分先だろ」
言って、深刻さの欠片もなくニヒヒとお気楽に笑った。
確かにすぐに結婚というわけではないが、破談にしなければ親族に婚約が合意したと流布されかねない。
――自分が愛する相手と結婚したい。
しばし会話が途切れただけで、中間真由が貧乏ゆすりを始める。
「周平?」
不意に呼び捨てで声を掛けられた。
何、という目で見返す。
「今、何時だ?」
「六時ちょっと過ぎだと思うけど」
「ヤバいな」
何がヤバいんだろう。
この後に切羽詰まった予定でも入っているのか?
「帰っていいか?」
「用事でもあるの?」
「おう。六時過ぎからおっぱじまってんだよ」
「何が?」
「それは言えねえ。けど急がないとヤバい」
「……そう」
別に帰りたいなら帰ればいいのである。
中間真由は周りを気にし出した。
「勝手に帰ってお前が親御さんに叱られないか?」
「相手に用事があったから別れたって言えば、わかってくれると思う」
父が眉を顰めはするだろうが。
俺が答えると、ほっと顔を緩ませた。
「なら帰っても大丈夫そうだな。詫びには近いうち来るから、今日のところは帰らせてもらうぜ」
「どうぞ」
「じゃあな周平」
そう別れを告げると、身軽に立ち上がって入ってきた襖を開けて廊下に出る。
着物の裾がまくれそうな勢いで駆け出し、すぐに応接間から姿が見えなくなった。
清楚なのは見かけだけだな。
なんとも失礼な感想を抱きながら、嵐のような許嫁が去った廊下をしばらく眺めていた。
許嫁との顔合わせから一日が経った放課後。
教室の窓から頬杖をついて望むグラウンドで
「なあ牧野」
伊藤の声が背後から聞こえた。
イラッとして振り返る。
「伊藤。お前早すぎ」
「早すぎってなんだよ」
「早〇ってことだ」
「早〇じゃねえよ。むしろ遅い方だわ」
ったく、放課後になるとうるさい奴だ。
「そんな興奮すんなよ。バナナやるからさ」
「お前のせいだろ。というか俺の事なんだと思ってるんだよ」
「冗談だ。気にするな」
「……気にするよ」
涙声になって訴えた。
さすがに可哀そうなので、そろそろ話を聞いてあげよう。
「で、なんだ伊藤」
「聞いてくれよ牧野。昨日の夕方にさ、コンビニで肉まん買ったんだよ」
「それで、お礼で仲間に毛づくろいしてもらったのか?」
「……話が進まないんだけど」
「すまん。続けてくれ」
「知らない奴がぶつかってきてさ。肉まんが地面に落ちたんだよ。俺は思わずぶつかった奴に、何してくれてんだよって文句を言ったんだ」
「それでどうなるんだ?」
「気が付かなかった俺も悪いんだけどさ。ぶつかってきた奴が実は隣町で有名な桃色の特攻服を着た不良集団の一味でさ。その時も五人ぐらいでつるんでたから、ちょっと厳しかったよ」
「厳しかったってどういうことだ?」
「あ? いや、分が悪かったってこと」
「あーそう」
また伊藤のホラ話か。
実際はケツ巻いて逃げたんだろう。とはいえホラ話を事実として聞いてやるぐらいの寛容さは持ってるつもりだけどな。
「で、その話のオチはなんだ?」
「え? 終わりだけど」
肩透かしを食らったような顔で伊藤は話の幕を閉じた。
つくづく詰まらん奴だ。
伊藤に不足を感じていると、伊藤本人が気を取り直したように含んだ笑みを向けてきた。
「なあ今日は暇だろ。ゲーセン行こうぜ」
「仕方ねえな。付き合ってやるよ」
「一人で行っても詰まんないからね」
俺の返答を聞いて、嬉しそうに言った。
土地だけ広くて肩身が狭い家に帰るよか、伊藤とつるんでる方がよっぽど気が楽だ。
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