許嫁として紹介されたのは女子不良グループのリーダーでした~不良グループ全員を敵に回してまで「破談にしたい」なんて言えない~

青キング(Aoking)

1章 思っていた許嫁と違うんですけど

1-1

 憂鬱な気分だ。

 教室の窓から頬杖を突いて望むグラウンドでは、五月晴れの下で野球部の一人が、ピッチングマシンのボールを打ち損じた音が聞こえてきそうだった。


「なあ牧野」


 背後からやたら親しげな声が掛けられた。

 振り向くと、八分刈りで長めの坊主頭が際立つ男子生徒が笑顔で立っている。

 同じクラスで元野球部の伊藤雅人だ。


「どうした伊藤?」

「今からゲーセン行かねぇ?」

「無理だ」


 俺はすぐさま答えた。

 えっ、と伊藤は期待の外れた顔をする。


「牧野、お前暇だろ。ゲーセン付き合えよ」

「朝の時に用事があるって言っただろ」

「けどよ。その用事に出たくねえようなこと言ってなかったか?」

「まあ、そうだけど。出ないとマズいからな。親から出ろって言われてて」

「前から思ってたんだけどよ。用事ってなんなんだよ?」

「お前には関係ない事だ」

「……そんな言われ方したら強引に聞けないだろ」


 諦めたような口ぶりで言った。

 強引に聞かれたとしても言いたくない。

 両親が勝手に取り決めた許嫁との顔合わせの席に出る、のが用事だって聞かせたら、首を突っ込まれそうだからな。

 それも今回が三回目で、前の二回は相手側に想い人がいて俺が破談工作に付き合わせただけなんて言ったら、絶対に笑われる。


「それじゃ仕方ねえな。家で寝てるか」


 伊藤は自分を納得させるように頷いた。

 帰り道だけでもこいつに付き合ってやろうと思い、俺も帰るわ、と告げてバッグを手に提げた。



 帰り道。伊藤と別れた途端、足が重くなるのを感じた。

 許嫁と顔合わせの席なんて、出なくていいなら出たくない面倒だ。

 相手がこちらに気があるならまだしも、許嫁なのに他に意中の人がいると来たら、誰だって遠慮したくなるだろう。


 もしも庶民並みの親だったら俺に許嫁など存在せず、普通に愛する者と付き合い結婚する道を辿っていたに違いない。俺の事を愛して結婚してくれる相手がいるかどうか今の時点ではさて置き。


 許嫁などは所詮、親が勝手に決めただけで、結婚する本人同士は許嫁の存在すら高校生ぐらいになってから知らされるのだ。


「坊ちゃま。おかえりなさいませ」


 声を聞いて顔を上げると、裏門の前でお手伝いの飯原さんが白髪の下の顔に穏やかな笑みを称えて佇んでいた。

 親なんて糞くらえの考え事をしていたら、いつの間にか自宅である広大な屋敷の前まで来ていた。

 ――屋敷である。正真正銘の屋敷である。

 クラスの連中には明かしていないが、俺は明治の頃より財を築いた家の直系に生まれ、世間一般とは金銭感覚のいくぶん離れた生活を送っている資産家の一人息子だ。

 俺は足を止めて、何度目かしれない注意の目を飯原さんに据えた。


「坊ちゃまって呼ばないでくれ、って言ってるだろ」

「しかし、実際に牧野家の坊ちゃまですので」


 申し訳ないという顔で言葉が返ってきた。

 牧野家の坊ちゃまであることは間違いないので、否定の仕様がない。


「ところで坊ちゃま。今日のご予定をお忘れではありませんか?」

「予定って許嫁との顔合わせのこと?」

「左様でございます。覚えていらっしゃるのなら構いませんが、万一忘れておられるなら周次郎様にお叱られになられますので」


 周次郎は俺の父だ。年齢は五十を超えているが未だに財界の一線を引かず気力が衰えることを知らない。

 ちゃんと出席するから安心して、と飯原さんに告げて、俺は屋敷の中に入った。



 顔合わせが午後六時からだったので、屋敷の奥まった所にある自室で時間をつぶし、制服から袴に着替えて顔合わせが行われる応接間へ移動した。

 応接間の向かい合わせに置かれた座布団の一方に腰を下ろして、残り三分許嫁が入ってくるのを待つ。


 じっと待っていると時間が長く感じるので、格好におかしな所がないかチェックしてみる。

 袴が作法どおり着られているし、汚れもない。髪も一応整えてきた。

 どうせ破談にせざるを得ない相手との顔合わせなのに、自分の姿は妙に気になってしまう。


 やはり結果はわかっているとはいえ許嫁と会うのは緊張する。

 以前二回の顔合わせとも相手は父が信頼する部下の中間さんの娘で、確か三姉妹の長女と次女だったか。いずれも美人で品のある女性だった。 


 しかし許嫁として俺と会うよりも先に交際している男性がいて、その人と結婚したいから許嫁の話はなかったことにして、と頼まれて長女も次女も両親の目を欺き破談に持ち込んでいる。

 その後、長女と次女がどうなったのか知らないが、おそらく両親を説得して交際していた男性と結婚したんだろう。


 過去二回の顔合わせを思い出しながら相手を待っていると、向かいの襖がゆっくりと開けられた。

 許嫁の登場、かと思いきや前掛けをはめた家事全般を担う女性お手伝いの井森さんだった。本人には言わないが、井森さんは四十路を超えた小太りの気のいいオバちゃんである。


「周平坊ちゃま。許嫁の方がいらっしゃいました。中間家のお嬢さんは三姉妹揃って上品そうで綺麗な方ばかりですね」

「うん、そうだね」


 やっぱりか。という思いで相槌を打った。

 長女と次女が来て、今度は三女か。


「ご年齢は周平坊ちゃまと同じで、今回は気が合いますでしょうね」

「へえ。そうなんだ」


 そういえば、過去二回の許嫁との縁談を断った理由に、気が合わないとか性格の不一致とか説明したな。

 とはいえ長女と次女も気が合わなかったわけではなく、ただ相手の意思を尊重するために気が合わないと理由を付けたに過ぎないんだけどな。


 俺が辟易した気持ちでいると、井森さんは廊下側を振り返った。

 許嫁の姿が廊下にあるのか、微笑んで丁寧に入室を促した。

 華美な着物の女性が顔を伏せながら、敷居を跨いで楚々と応接間に入ってくる。

 一瞬、黒髪の美人を想像した。

 しかし実見すると黒髪ではなく、ウェーブのかかった金髪を頭の後ろでアップにまとめていた。

 それでも醸し出る品の良さは、良家のお嬢さんという感じだ。


「それでは後はお二人で。邪魔者は退散いたしますね」


 顔合わせの相手が座布団に正座で腰を下ろすと、井森さんは傍迷惑な親切で告げて茶も出さずに応接間から立ち去っていった。 

 顔合わせの相手は井森さんに会釈するでもなく、黙然と顔を伏せている。

 途端に沈黙が降りる。

 なんとなく部屋の端にある違い棚を見た。

 向かいの女性を観察するよりかよほど失礼がないと思った。


「いったか?」


 井森さんが引いてしばらくすると、どこからかさばけた声が聞こえる。

 声のした方を見ると、向かいの金髪女性が顔を上げていた。

 余裕たっぷりな笑みを浮かべた勝気な面構えが、清楚な和服とミスマッチだった。


「いったか、って訊いてんだろ?」

「あ、ごめん」


 面倒そうに眉をしかめて訊き直してくる。

 凄みはあるが、長女と次女の面影を微かにあって顔の造りはそのものはかなり整っている。


「互いに気の毒だよな」


 俺に同情の言葉をくれるなり、正座の足を崩して胡坐をかいた。

 はあ、とだけ俺は返して相手の反応を待つ。


「お前。名前、なんていうんだよ」

「俺か。牧野周平だけど」

「あたしは中間真由だ。姉二人が迷惑かけたな」

「ああ」


 初対面の距離感じゃない。前にどこかで会ったことあるのか? 

 記憶を探ってみるが、長女と次女の似た顔は思い出せたが、目の前の彼女と同じ顔は見当たらない。


「突然に許嫁なんて言われても困るよな?」

「まあ、そうだな」


 彼女も姉二人と同様に想い人でもいるのだろうか。

 伺うような目で彼女を見ていると、突然はにかむよむな笑顔が返ってきた。


「あたしモテないからさ。姉みたいにそういう相手いないんだよな」

「……あれ。いないの?」

「許嫁でもいない限り、結婚なんて出来ないかもしれないし」

「ちょっと待て」


 俺は思わず手を突き出していた。

 虚を突かれた顔で彼女は俺の掌を見ている。


「んだ。どうした急に」

「破談にする理由はないのか」

「ないな。それに無理して破談にする必要もないだろ」

「……」


 破談にする必要がないってことは、つまり俺と結婚してもいいと?

 こんな展開、聞いてないんですけど。




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