オリンポス神界

それは一瞬だった。この場にいる誰もが安心し切っていたのだ。本来なら常時発動しておかなければならない探知魔法を全員切ってしまっていたのである。


俺の目の前で宙を舞う────それは顔だった。先程までの和やかな笑顔は見る影もない。そこにはただ、悲痛に塗れた顔が一つ舞っているだけだった。その情景はさながら、マリーアントワネットの処刑のようであり、その顔はまだ意識を持っているかのような表情を見せている。


死んだのはあってから一度も話したことのない無口な試験官。しかし、俺にはその情景が衝撃的でならなかった。何しろこの世界で初めて、死を目の当たりにしたのである。その血が、表情が、グロテスクな情景が俺を恐怖と絶望に陥れる。


残った二人の試験官は恐怖の顔を見せたが、すぐに戦闘態勢にはいった。腰からそれぞれ剣と杖を出し、探知魔法を発動して最大限の警戒にあたる。その動きには一切の澱みがなく、洗練されていた。二人は熟練の冒険者なので仲間が死ぬと言う経験にも慣れているのだろう。もっとも、いくら慣れていると言ってもその顔には苦悶の表情が見て取れるのだが………。


「おい坊主!死にたくなければお前も周りを警戒しろ!今は自分が生き残ることだけを考えろ!!」


俺はその言葉で我に帰った。そして『時空隠蔽カクレンボ』の探知魔法を使って再び警戒にあたる。しかし、半径100m以内にはそれらしき対象は見当たらない。今の数秒をもって探知範囲から脱したのだろう。これは魔法による身体強化でも不可能なので十中八九スキルによるものだろう。……となるとこのレベルであればかなりの上位スキルなのだと推測できる。経験則で言っても異常エクストラスキル以上。このレベルのスキルは人生で一度も見ることができないのがほとんどらしいが、すでに俺は2回も見てきている。一回目は猿魔、二回目はティアナである。


次の瞬間、探知範囲に急速で接近してくる何かが入ってきた。それが向かう方向は………試験官の一人、魔法使いの方である。どうやら試験官は接近に気づいていないようだ。あまりにも早すぎる速度だからだろう。俺の『時空隠蔽カクレンボ』でなければ探知にすら引っかからないのである。俺は即座に防御結界を詠唱棄却して発動した。


「ガキーーン!!!」


剣が防御結界に当たった音がする。俺はその瞬間に捕縛用の結界を半径20mにはった。やつは逃げようとしたが、後一歩で間に合わなかったようである。この間たったの一秒。あまりにも早すぎる速度だ。


「な……なんですか今のは!ハーディアさんが結界を発動しなかったら死んでいるところでした………」


「まだ気を抜くな!目の前にいるあいつが敵の正体だ。俺が結界を張ったからもうあいつは逃げられない。あいつの移動速度は並大抵じゃない。きっと異常エクストラスキル以上だ。」


「はっはっは。これはそんな大層なスキルではありませんよ。ただの非平凡アンコモンスキルです。名を『限界跳躍トランポリン』と言います。名前からして弱そうなスキルでしょう?ついでに私の名前も名乗っておきましょう。私の名はライアス。オリンポス神界の工作員です。」


こいつ────ライアスはそう簡単に言ってのけた。髪は黒く、目は青くて切長。その顔立ちは整っているが、どこか不気味さを醸し出している………。こいつの発言には情報量が多すぎる。まず、あの出鱈目なスキルが非平凡アンコモンスキルだと言うことだ。俺の創作オリジナルスキルの探知ですらもギリギリ見切れるかどうかという速度を出せるスキルが、である。さらにオリンポス神界という単語。これは前世でもあった、ゼウスを主神とするギリシャ神話の思想だ。そんな単語を使うとなると敵は異世界人なのだろうか?ライアスは自身のスキルだけでなく、自身の所属する組織すらも話した。工作員にも関わらずである。それほど俺たちを殺す自信があるのか……或いは他の目的があるのだろうか………。


「おやおや。どうやらかなり戸惑っているようですね。私はあなたを勧誘しにきたのです。あなたのお察しの通りオリンポス神界は異世界人によって作られた組織です。私は異世界人ではありませんがね。その中でも幹部たち────オリンポス十二神は全員が創作オリジナルスキルを持った異世界人です。しかし、その席は一つ空席で、今は十一神しかいないのです……。ですからあなたを勧誘しにきたというわけです。オリンポス神界には強い方がたくさんいますので所属している限りは命を保障することができます。何よりあなたはすぐに幹部になるので皆さんからチヤホヤされますよ!そういうのがお好きでしょう?異世界人は。」


「簡単に人を殺すような組織に入るわけないだろ!俺がお前をここで倒してハッピーエンドだ!」


「そういうと思いましたよ……。面白くないですね。では力ずくで連れていくとしましょうか。」


「今会話している間にラルム王国から援軍を呼びました。あいつを国存亡の危機と判断し、特S級と報告したので王国から騎士1000人もしくは英雄級が一人派遣されるはずです!到着までは1時間。それまで何としてでも耐えましょう!」


俺たちが会話をしていると、魔法使いの試験官が言った。なんとも判断が早いものだ。ただ、1時間もこいつを相手にするのは流石に辛いだろう。俺は一撃必殺スキル、『時空隠蔽カクレンボ』の能力、『完全消去』によってライアスを倒そうと考えた。これは猿魔を倒した時の能力である。しかし、このスキルを普通に使用すると、周りの試験官までも消去してしまう。そこで俺はティアナとの修行で編み出したある技を発動することにした。


「お前はここで死ぬ……。スキル発動『部分消去』!!!!!!」


部分消去。それは単一指向性の波動のようなものを対象に放ち、それが命中した全てのものを完全にこの世界から消去するという凶悪な能力である。


「なるほど……。これがあなたの能力ですか……。まだまだ伸び代がありそうですが、これでは私には勝てませんね。」


ライアスはそう言って、その波動をいとも簡単に避けてしまった。音速を遥かに超える波動をである。そしてライアスは宣言する。


「では次は私の能力も一つ見せてあげましょう。……くれぐれも死なないでくださいよ?」


そして、ライアスの攻撃が俺に向かって放たれる────

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異世界かくれんぼ ちょこねこ @ChocoNeko28

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